ザブ・ジュダー

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ザブ・ジュダー
ZabJudah2010 cropped.jpg
基本情報
本名 ザブディエル・ジュダー
通称 ザ・スーパー
階級 ウェルター級
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1977年10月27日(36歳)
出身地 ニューヨーク州ニューヨーク市
ブルックリン
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 53
勝ち 42
KO勝ち 29
敗け 9
無効試合 2
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ザブ・ジュダーZab Judah、男性、1977年10月27日 - )は、アメリカ合衆国プロボクサー。本名はザブディエル・ジュダーZabdiel Judah)。ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン出身。 黒人だが敬虔なユダヤ教徒であり、ダビデの星をあしらったトランクスを試合で毎回使用して登場している。

第15代IBF世界スーパーライト級王者。第12代WBO世界スーパーライト級王者。元WBAWBCIBF世界ウェルター級スーパー王者。抜群の反応とハンドスピードが武器のオールラウンダー。「Super (スーパー)」の異名を持つスピードスター。好不調の波が激しいが、好調時にはフロイド・メイウェザー・ジュニアコンスタンチン・チューミゲール・コットを翻弄するなどの強さを見せる。

鋭いカミソリのような左ストレートに加え、左アッパー・右フックなどのカウンターも得意としている。

ショウタイムのボクシング中継では不定期ではあるが飛び入りもしくはゲスト解説として主演している。オスカー・デ・ラ・ホーヤゴールデンボーイプロモーションズ所属。

来歴[編集]

アマチュア時代[編集]

1977年ブルックリンで生まれ、彼の父親のヨエル・ジュダーの手ほどきでボクシングを始めた。アマチュア時代の戦績は115戦110勝。

プロボクサー時代[編集]

1996年9月20日、18歳でプロデビュー。順調に勝利を重ね1998年6月7日にUSBA(全米)スーパーライト級暫定王座を獲得した。1999年1月16日にはIBF世界スーパーライト級暫定王座を獲得し、2000年2月12日のヤン・ベルグマン南アフリカ)との王座決定戦で正規王者の地位に就いた。初防衛戦では当時無敗のジュニア・ウィッターイギリス)を12回判定勝ちで退け初防衛に成功した。その後王座を4度防衛する。

2001年11月3日、当時WBAWBC王者のコンスタンチン・チューロシア)と王座統一戦を行うが2回TKOで敗れてしまう。しかも、負けに納得のいかないジュダーは、試合後にレフェリージェイ・ネイディに掴みかかり、リングを降りる際にはイスを投げつけた。このことでネバダ州アスレチック・コミッションから罰金75,000ドルと6か月のライセンス停止処分を受けた。

2003年7月12日、デマーカス・コーリーアメリカ合衆国)を判定で破り、WBO世界スーパーライト級王座の獲得に成功した。同王座を1度防衛した後、階級を上げるために返上した。

2004年4月10日、階級をウェルター級に上げてコーリー・スピンクス(アメリカ合衆国)に挑戦するが、12回判定で敗れる。しかし、同年5月15日にラファエル・ピネダを破って空位のWBOインターコンチネンタル王座を獲得し、2005年2月5日にコーリー・スピンクスに再戦を挑み、9回TKOで勝利し、WBA・WBC・IBFの3団体統一世界ウェルター級王座を獲得した。

しかし、WBA・WBC・IBF王座を賭けて2006年1月7日にアルゼンチンカルロス・バルドミールと防衛戦を行ったが、まさかの判定負けを喫した。ところが、勝ったバルドミールが試合後にWBC以外にはタイトル承認料の支払いを拒否したため、この試合はWBCのみのタイトルマッチということになった。ウェルター級のリミット内での敗戦のためWBA王座は剥奪されたが、IBF王座はジュダーの手元に残った。

2006年4月8日、そのIBF王座を賭けてフロイド・メイウェザー・ジュニア(アメリカ合衆国)と対戦したが、これも判定負けを喫して王座から陥落した。この試合はメイウェザーを大いに苦しめた試合となりその点は専門家にも評価された。また、2Rにはメイウェザーから「幻のダウン」を奪っている(レフェリーはダウンを取らなかったが、映像では明らかにグローブがリングについていたため実質ダウンであった)。しかし、この試合では10R目にメイウェザーにジュダーがローブローを放ってしまったあと、体勢を崩しているメイウェザーにパンチを出したところ、あやまって後頭部への反則打、ラビットパンチになってしまい、メイウェザーの叔父でチーフセコンドを務めるロジャー・メイウェザーがリングに入りセコンドと乱闘になっている。乱闘は関係者と警備員に止められ、5分後に試合が再開された。

2007年6月9日、再び世界戦線に浮上し、ミゲール・コット(プエルトリコ)の持つWBA世界ウェルター級王座に挑戦する。得意の左でコットを苦しめる場面もあったが、1回、3回にコットのローブローを受けてジュダーの攻撃は寸断され、結果は11回TKOで敗れて王座獲得はならなかった。これで無効試合を挟んで3連敗となった。

2007年11月3日、IBC世界スーパーライト級王座決定戦でライアン デービス(アメリカ合衆国)と対戦し、3-0(119-109、109、118-110)の判定勝ちで王座を獲得した。

2008年8月2日、IBF世界ウェルター級王座決定戦でジョシュア・クロッティガーナ)と対戦。9回負傷判定負けを喫し、王座返り咲きに失敗した。その後、約1年ほど試合から遠ざかる。

2010年7月16日、元WBCライト級暫定王者ホセ・アルマンド・サンタクルスメキシコ)と対戦。3回TKO勝ちで8ヶ月ぶりのリングを白星で飾った[1]

2010年11月6日、ルーカス・マティセーアルゼンチン)とNABO北米スーパーライト級王座決定戦で対戦し、、10回にダウンを奪われるも2-1(114-113、114-113、113-114)の判定勝ちで王座を獲得した。この試合はIBF王座とWBO王座への挑戦者決定戦を兼ねていた為、IBF王座とWBO王座の挑戦権を獲得した。

2011年3月5日、階級をスーパーライト級に戻して世界再挑戦。空位となっていて、かつて保持していたIBF世界スーパーライト級王座をカイザー・マブザ(南アフリカ)と争い、5回にダウンを奪われるも7回にダウンを奪い返してのTKO勝ちを収めて、およそ6年ぶりの世界王座返り咲きを果たした。

2011年7月23日、ラスベガスにてWBA世界スーパーライト級王者アミール・カーン(イギリス)と対戦し、序盤からカーンのスピードについていけず5回終盤にカーンの右ボディを受けダウン。そのまま10カウントとなり、KO負けを喫し王座から陥落した[2]

2012年3月24日、26戦無敗のバーノン・パリス(アメリカ合衆国)とIBFスーパーライト級挑戦者決定戦を行い、9回TKO勝ちでIBF王座への挑戦権を獲得した。

2013年4月27日、ニューヨークブルックリンバークレイズ・センターにて、WBAWBC世界スーパーライト級王者ダニー・ガルシア(アメリカ合衆国)と対戦し8回にダウンを奪われるも後半のラウンドには逆転を狙い懸命に反撃しポイントを奪うも、0-3(112-114、112-115、111-116)の中差判定負けでタイトル獲得とはならなかった[3]

2013年12月7日、バークレイズ・センターにて、デボン・アレクサンダーと対戦する予定だったが代替試合として元WBA世界ウェルター級王者ポール・マリナッジNABF北米ウェルター級王座決定戦で対戦し、0-3( 111-116、110-117、110-117)の12回判定で敗れた。

獲得タイトル[編集]

メジャー団体世界王座
地域王座
マイナー団体世界王座
  • IBC世界スーパーライト級王座(防衛0=返上)
備考

脚注[編集]

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  1. ^ ジュダー、サンタクルス倒す ボクシングニュース「Box-on!」 2010年7月17日
  2. ^ カーン、ジュダーを5回KO S・ライト級統一戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年7月25日
  3. ^ ガルシア、ジュダー倒し判定勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2013年4月28日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

暫定王座決定戦 対戦者
ウィルフレド・ネグロン
IBF世界スーパーライト級暫定王者

1999年1月16日 - 1999年2月(剥奪)

次暫定王者
剥奪により消滅
前王者
テレン・ミレット
第15代IBF世界スーパーライト級王者

2000年2月12日 - 2001年11月3日

次王者
コンスタンチン・チュー
前王者
デマーカス・コーリー
第12代WBO世界スーパーライト級王者

2003年7月12日 - 2004年(返上)

空位
次タイトル獲得者
ミゲール・コット
前WBA・WBCスーパー王者
コーリー・スピンクス
WBA世界ウェルター級スーパー王者

2005年2月5日 - 2006年1月7日(剥奪)

次スーパー王者
剥奪により消滅
前王者
コーリー・スピンクス
第31代WBC世界ウェルター級王者

2005年2月5日 - 2006年1月7日

次王者
カルロス・バルドミール
前王者
コーリー・スピンクス
第9代IBF世界ウェルター級王者

2005年2月5日 - 2006年4月8日

次王者
フロイド・メイウェザー・ジュニア
空位
前タイトル保持者
デボン・アレクサンダー
第24代IBF世界スーパーライト級王者

2011年3月5日 - 2011年7月23日

次王者
アミール・カーン