グラム・パーソンズ

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1972年撮影
カントリー・ミュージックの殿堂の展示スペース

グラム・パーソンズGram Parsons1946年11月5日-1973年9月19日)は、アメリカ合衆国フロリダ州出身のミュージシャンシンガーギタリスト。本名Cecil Ingram Connor.III。バーズのアルバム『ロデオの恋人』に参加し、カントリーロックという新たな流れを生み出したことで知られる[1]

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第86位。

略歴[編集]

フロリダ州生まれ、ジョージア州で育ち。

1966年にインターナショナル・サブマリン・バンドを結成、1968年にはアルバムを発表。その後バーズに加入し、『ロデオの恋人』に全面参加。グラムによるカントリーからの影響は、バーズに新風を与えた。また、ローリング・ストーンズキース・リチャーズとは大変親交が深かった。しかし、『ロデオの恋人』が発売される1か月前に突然バーズを脱退し、フライング・ブリトー・ブラザーズを結成。1969年に『黄金の城』、1970年に『ブリトー・デラックス』を発表した。キース・リチャーズとはこの頃から親交を深めるようになり、フライング・ブリトー・ブラザーズクリス・ヒルマンはこの時のグラムの様子に「グラムは僕らとではなく、キースと一緒にいたかったんだよ」と語っている。バンドが南アフリカでツアーを行うことに決まった際、グラムは出発当日に南アフリカ行きをキャンセルし、キースやストーンズのメンバーと共にスタジオを訪れていたという。こうした経緯から、グラムはストーンズの楽曲「ワイルド・ホース」をカヴァーしている。また、1970年には、ジャニス・ジョプリンザ・バンドグレイトフル・デッドバディ・ガイと共にカナダを鉄道で回るツアーを行う。その模様は、後に映画『フェスティバル・エクスプレス』として公開された。


その後、グラムはソロに転じ、1973年に初のソロ・アルバム『GP』を発表。ジェームズ・バートンエルヴィス・プレスリーのバック・ギタリスト)、リック・グレッチ(元ブラインド・フェイス)、エミルー・ハリス等の豪華ゲストを起用した作品である。しかし、商業的に成功を収めることはできなかった。そして、ソロ第2弾『グリーヴァス・エンジェル』を制作するが、発売される前の1973年9月19日カリフォルニア州ヨシュア・トゥリーのモーテルで、麻薬の過剰摂取のため亡くなる。26歳。1974年になって、『グリーヴァス・エンジェル』は彼の遺作として発表された。

ディスコグラフィー[編集]

THE BYRDS[編集]

  • Sweetheart Of The Rodeo1968年

THE FLYING BURRITO BROTHERS[編集]

ソロ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Gram Parsons | AllMusic - Artist Biography by Stephen Thomas Erlewine

外部リンク[編集]