オースミロッチ

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オースミロッチ
欧字表記 Osumi Roch[1]
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 鹿毛[1]
生誕 1987年4月20日[1]
死没 2014年1月31日(27歳没)
アーテイアス[1]
ロッチアイ[1]
母の父 ファバージ[1]
生国 日本の旗 日本北海道門別町[1]
生産者 野島牧場[1]
馬主 山路秀則[1]
調教師 中尾正栗東[1]
競走成績
生涯成績 30戦8勝[1]
獲得賞金 3億4306万円[1]
勝ち鞍
GII 京都記念 1992年
GII 京都大賞典 1992年
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オースミロッチ(欧字名:Osumi Roch1987年4月20日 - 2014年1月31日)は、日本競走馬種牡馬[1]。主な勝ち鞍に1992年京都記念京都大賞典主戦騎手武豊から複数乗り替わりの後、松本達也が一貫して務めた。

その全勝利を京都競馬場で挙げ、「淀の申し子」の異名を取った。なお京都では18回出走し、着外は3回である。

経歴[編集]

デビューまで[編集]

1987年4月20日に野島牧場で生まれる。父・アーテイアスは欧州にてエクリプスステークスサセックスステークスの2つのG1競走を制した後、1984年に種牡馬として日本に輸出された。当時最高クラスの輸入種牡馬として期待されていたが産駒が伸び悩んでいた中、2世代目の産駒として本馬が誕生した。母・ロッチアイは母系に旧年4歳で有馬記念を制した名牝・スターロツチを持つ血統で、ノーザンダンサーミスタープロスペクターの血統を持たない馬であった。母の父・ファバージは日本にてハードバージビクトリアクラウンを輩出している。本馬は「オースミ」の冠名で知られる山路秀則に購入され、冠名+母系「ロッチ」よりオースミロッチと名付けられた。

競走馬時代[編集]

1989年10月7日京都競馬場第4競走の3歳新馬戦[注 1]武豊を鞍上に迎えデビューすると、単勝1.2倍の1番人気に応え1着。続く白菊賞でも優勝したが、その後の不安定さに左右され、長期休養を挟んだ翌年の神戸新聞杯では2番人気にもかかわらず10着と大敗した。その後京都新聞杯で3着に入り、そのまま菊花賞に挑んだがメジロマックイーンの10着と大敗した。この後は、年末から万下レースで3戦2勝し態勢を整えるがまたも長期休養に入り、翌年1991年10月毎日王冠南井克巳と挑み5着。続く白秋ステークス(1500万下)では6着と前走より着順を落としたが、翌月のウェルカムステークス(1500万下)では3着となりなんとか復調した。

1992年は寿ステークス(1500万下)2着を経て、すばるステークス(OP)を勝利しようやくオープン馬となる。翌週に田原成貴を鞍上にGII京都記念[2]に4番人気で挑み、2着に1馬身1/2差をつけて快勝、重賞初制覇を飾る。しかし初の中山競馬場でのレースとなった中山記念では12頭中10着と惨敗。OP戦3着を挟んで挑んだ宝塚記念では引退までのパートナーとなる松本達也を迎え、ブービー人気であったものの、洋芝とメジロパーマーのペースに他馬は苦戦し、その中で4着に入ることができた。次走の高松宮杯では11着に敗れるも、3番人気で挑んだ京都大賞典[3]では宝塚記念で敗れたメジロパーマーらを尻目に、1番人気ヒシマサルに1馬身1/4差をつけて2.24.6のレコード勝利を飾った。その後3度目のGI参戦となる天皇賞・秋では12着に敗れたものの、続くトパーズステークス(OP)を勝利。年末の有馬記念では5着と掲示板を確保し、この年のレースを終えた。

1993年日経新春杯から始動。その後のすばるステークス、京都記念まで3連続で2番人気に推されたが、斤量ハンデや雨天の影響もありいずれも勝つことはできず、昨年勝利した京都記念は雨の中ブービー負けを喫した。その後産經大阪杯8着を経て宝塚記念を単勝70.1倍のブービー人気で迎えた。単勝1.5倍のメジロマックイーンに注目が集まるレースであったが、当日は雨の影響もあって、阪神競馬場コース内側が大荒れであった。またロンシャンボーイの突進でスタートとファンファーレのやり直しが行われるなど波乱の気配がみられた。スタート直後から1番1枠を生かさんと大荒れの内ラチをピタリと本馬が進んでいく中、メジロマックイーンらは馬場のいい外側へと進んでいく展開となり、3コーナー手前でメジロパーマーが脚元を滑らせて失速する中、本馬は垂れることなく内ラチを進んで行くと第4コーナーから最後の直線に入ると先頭に立った。しかし直線半ばでメジロマックイーンに抜かれ最後はイクノディクタスにも差され3着と健闘。この走りは後に「オースミロッチ戦法」と呼ばれることとなる。

その後は高松宮杯6着、京都大賞典3着、天皇賞秋13着の戦績を残し、この天皇賞を最後に現役を引退することとなった。通算成績は30戦8勝て、その全勝を京都競馬場のレースであった。また本馬で優勝した1992年の京都大賞典が、鞍上を務めていた松本達也にとっての最後の重賞勝利であった。

引退後[編集]

引退後は九州の吉永ファームで種牡馬となるが、5世代17頭の産駒はいずれも中央競馬で勝利を挙げることはなく、2000年6月用途変更され[4]種牡馬を引退した。その後は霧島高原乗馬クラブで乗馬となり[5]、乗馬も引退すると、いくつかの施設を巡ったのち2008年の10月に鹿児島県湧水町ホーストラスト功労馬として迎えられ、大野恭明スタッフらにより世話を受け余生を送った。晩年は蹄のトラブルに悩まれ続けたという[6]

2013年11月下旬に左後肢を挫石したことで痛みが発生し、1月初旬の排膿の後のレントゲン撮影の結果、蹄葉炎が重症化していることが判明した。年が明けた2014年1月30日に「治る確率がほとんどない」と獣医師に告げられ、その晩には立つことができなくなり、1月31日午後12時11分にオーナーらが見守る中で息を引き取った[7]。27歳没。「蹄葉炎が悪化して立てなくなり、安楽死となりました」とホーストラストの小西英司マネージャーよりブログで報告があった。

競走成績[編集]

以下の内容は、netkeiba.com[8]およびJBISサーチ[9]に基づく。Rはレコード。

競走日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ
(人気)
着順 タイム
(上り)
着差 騎手 斤量
[kg]
1着馬(2着馬) 馬体重
[kg]
1989.10.07 京都 3歳新馬 芝1400m(良) 12 8 11 001.20(1人) 01着 R1:24.2(48.3) -0.0 0武豊 52 (ダンディスピリット) 488
0000.11.05 京都 白菊賞 400万下 芝1600m(良) 7 6 6 002.50(1人) 01着 R1:36.3(47.8) -0.1 0武豊 54 (ワンダーレッスル) 490
1990.09.23 中京 神戸新聞杯 GII 芝2000m(良) 12 6 7 005.50(2人) 10着 R2:02.0(37.3) -1.7 0武豊 56 センターショウカツ 500
0000.10.14 京都 京都新聞杯 GII 芝2200m(重) 15 8 14 016.60(9人) 03着 R2:12.4(47.5) -0.1 0武豊 57 メジロライアン 492
0000.11.04 京都 菊花賞 GI 芝3000m(重) 17 6 13 016.30(7人) 10着 R3:08.1(49.5) -1.9 0武豊 57 メジロマックイーン 490
0000.12.09 京都 御池特別 900万下 芝1800m(良) 9 8 8 001.40(1人) 02着 R1:47.2(47.0) -0.4 0武豊 55 ワイドバトル 492
0000.12.22 京都 河原町特別 900万下 芝2000m(良) 13 8 13 001.50(1人) 01着 R2:01.0(46.9) -0.7 0武豊 56 (キョウエイカレラ) 492
1991.01.13 京都 寿S 1500万下 芝2000m(良) 14 7 12 001.60(1人) 01着 R2:00.4(47.8) -0.1 0武豊 56 (リキダイヤモンド) 490
0000.10.06 東京 毎日王冠 GII 芝1800m(稍) 13 4 5 014.40(9人) 05着 R1:46.8(36.3) -0.7 0南井克巳 57 プレクラスニー 488
0000.10.26 東京 白秋S 1500万下 芝2000m(稍) 10 5 5 001.70(1人) 06着 R2:01.3(37.1) -0.9 0加藤和宏 57 クラシックダンサー 486
0000.11.24 東京 ウェルカムS 1500万下 芝2000m(良) 16 8 17 002.50(1人) 03着 R2:01.9(36.0) -0.8 0武豊 58.5 ブラウンビートル 496
1992.01.18 京都 寿S 1500万下 芝2000m(良) 16 2 4 002.10(1人) 02着 R2:02.9(46.6) -0.1 0武豊 57 タイティアラ 496
0000.02.15 京都 すばるS OP 芝2000m(良) 11 8 10 002.90(2人) 01着 R2:02.2(47.2) -0.2 0武豊 55 (ヤマニンシアトル) 500
0000.02.23 京都 京都記念 GII 芝2400m(良) 10 7 8 006.60(4人) 01着 R2:28.4(45.7) -0.2 0田原成貴 56 (メイショウハブオー) 500
0000.03.15 中山 中山記念 GII 芝1800m(良) 12 7 10 003.50(1人) 10着 R1:49.3(35.4) -0.8 0田原成貴 57 ダイナマイトダディ 496
0000.05.03 京都 オーストラリアT OP 芝1800m(良) 10 8 10 002.90(2人) 03着 R1:47.8(47.5) -0.3 0南井克巳 58 ステイジヒーロー 494
0000.06.14 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 13 2 2 046.5(12人) 04着 R2:20.6(53.8) -2.0 0松本達也 57 メジロパーマー 498
0000.07.12 中京 高松宮杯 GII 芝2000m(稍) 18 7 13 011.60(6人) 11着 R2:02.2(38.1) -1.6 0松本達也 58 ミスタースペイン 496
0000.10.11 京都 京都大賞典 GII 芝2400m(良) 14 3 4 013.70(3人) 01着 R2:24.6(47.0) -0.2 0松本達也 58 ヒシマサル 496
0000.11.01 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 18 8 16 026.30(8人) 12着 R1:59.6(37.8) -1.0 0松本達也 58 レッツゴーターキン 500
0000.11.29 京都 トパーズS OP 芝2000m(良) 10 7 9 002.00(1人) 01着 R2:00.3(47.1) -0.4 0松本達也 59 (ヤマニンシアトル) 496
0000.12.27 中山 有馬記念 GI 芝2500m(良) 16 5 9 033.4(11人) 05着 R2:33.8(35.2) -0.3 0松本達也 56 メジロパーマー 502
1993.01.24 京都 日経新春杯 GII 芝2200m(良) 12 7 10 004.90(2人) 04着 R2:14.3(47.3) -0.3 0松本達也 58 エルカーサリバー 498
0000.02.13 京都 すばるS OP 芝2000m(良) 10 8 9 004.30(2人) 06着 R2:01.2(48.4) -1.0 0松本達也 56 ヤマニンフォックス 500
0000.02.21 京都 京都記念 GII 芝2400m(稍) 13 4 4 005.40(2人) 12着 R2:26.8(48.9) -0.8 0松本達也 59.5 パリスハーリー 500
0000.04.04 阪神 産経大阪杯 GII 芝2000m(良) 16 2 4 043.60(9人) 08着 R2:04.9(49.9) -1.6 0松本達也 58 メジロマックイーン 504
0000.06.13 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m(良) 11 1 1 070.1(10人) 03着 R2:18.1(38.6) -0.4 0松本達也 56 メジロマックイーン 498
0000.07.11 京都 高松宮杯 GII 芝2000m(良) 14 3 3 015.10(5人) 06着 R2:00.0(35.8) -1.0 0松本達也 58 ロンシャンボーイ 490
0000.10.10 京都 京都大賞典 GII 芝2400m(良) 10 8 10 024.40(5人) 03着 R2:23.3(36.3) -0.6 0松本達也 58 メジロマックイーン 490
0000.10.31 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m(良) 17 7 13 029.5(12人) 13着 R2:00.7(37.5) -1.8 0松本達也 58 ヤマニンゼファー 492

血統表[編集]

オースミロッチ血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 ラウンドテーブル系
[§ 2]

*アーテイアス
Artaius
1974 鹿毛
父の父
Round Table
1954 鹿毛
Princequillo Prince Rose
Cosquilla
Knight's Daughter Sir Cosmo
Feola
父の母
Stylish Pattern
1961 鹿毛
My Babu Djebel
Perfume
Sunset Gun Hyperion
Ace of Spades

ロッチアイ
1981 鹿毛
*ファバージ
Faberge
1961 鹿毛
Princely Gift Nasrullah
Blue Gem
Spring Offensive Legend of France
Batika
母の母
ネバーロッチ
1972 栗毛
*ネヴァービート Never Say Die
Bride Elect
スターロツチ *Harroway
コロナ
母系(F-No.) クレイグダーロツチ系(FN:11-c) [§ 3]
5代内の近親交配 Nasrullah:4×5 9.38% [§ 4]
出典
  1. ^ [10]
  2. ^ [10]
  3. ^ [10][11]
  4. ^ [10][11]


脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ この新馬戦には、後にマイルチャンピオンシップ2連覇などの戦績を残すダイタクヘリオスも出走。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o オースミロッチ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2022年7月15日閲覧。
  2. ^ 京都記念|1992年2月23日 | 競馬データベース”. netkeiba.com. 2022年8月5日閲覧。
  3. ^ 京都大賞典|1992年10月11日 | 競馬データベース”. netkeiba.com. 2022年8月5日閲覧。
  4. ^ オースミロッチ(JPN) - 血統書サービス、2022年8月8日閲覧。
  5. ^ [mixi九州の牧場情報 - 九州産馬 | mixiコミュニティ]”. mixi. 2022年8月5日閲覧。
  6. ^ オースミロッチを訪ねて~ホーストラスト | 馬産地コラム”. 競走馬のふるさと案内所. 2022年8月5日閲覧。
  7. ^ 名脇役“淀の申し子”オースミロッチの生涯 | 競馬コラム”. netkeiba.com. 2022年8月5日閲覧。
  8. ^ オースミロッチ | 競走馬データ”. netkeiba.com. 2022年8月5日閲覧。
  9. ^ オースミロツチ”. JBISサーチ. 2022年8月5日閲覧。
  10. ^ a b c d "オースミロッチの血統表|競走馬データ". netkeiba.com. ネットドリーマーズ. 2022年8月6日閲覧
  11. ^ a b "血統情報:5代血統表|オースミロッチ". JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2022年8月6日閲覧

外部リンク[編集]