うずしお型潜水艦

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うずしお型潜水艦
JS Uzushio (SS-566).jpg
艦級概観
艦種 潜水艦
建造期間 1968年 - 1977年
就役期間 1971年 - 1996年
前級 あさしお型潜水艦
次級 ゆうしお型潜水艦
性能諸元
排水量 基準:1,850トン
水中:2,450トン
全長 72.0m
全幅 9.9m
吃水 7.5m
機関 ディーゼル・エレクトリック方式
川崎V8V24/30mAMTL型ディーゼルエンジン 2基
SG-4型主発電機 2基
SM-4型主電動機 1基
スクリュープロペラ 1軸
出力 水上:3,400馬力
水中:7,200馬力
速力 水上12ノット / 水中20ノット
潜行深度
乗員 80名(たかしお,やえしおは75名)
兵装 HU-602 533mm魚雷発射管
72式1型 魚雷80式 魚雷
6門
魚雷発射
指揮装置
レーダー ZPS-4/5 対水上捜索用 1基
ソナー 統合ソナー
ZQQ-1(1~2番艦)
ZQQ-2(3~5番艦)
ZQQ-3(6~7番艦)
アクティブ
SQS-36J(6~7番艦)

うずしお型潜水艦(うずしおがたせんすいかん、英語: Uzushio-class submarine)は、海上自衛隊が運用していた通常動力型潜水艦の艦級。水上航行能力を相応に重視していた在来型船型を改め、水中性能を重視した涙滴型船型を採用した初の艦級である[1]

第34次防衛力整備計画により、昭和42年度から48年度にかけて7隻が建造された。順次に改良が重ねられているため、計画番号は、42・43SSがS118、44〜46SSがS119、47・48SSがS119Aとなっている。なお、当初は8番艦の計画もあったが、第一次オイルショックによる建造費高騰を受けて中止された[2]

来歴[編集]

海上自衛隊では、かつて、第2次防衛力整備計画の3年目にあたる昭和40年度計画で建造する潜水艦(40SS)において、涙滴型船型・1軸推進方式への移行を検討していた。これは、従来採用されていたマッコウクジラ型船型・2軸推進方式の艦と比して流体力学的に合理的で、水中運動性能に優れると考えられていた。しかし一方で、当時の技術では運用実績と安全性の懸念を解消できなかったことから、結局、従来のあさしお型の設計に基づいて建造されることとなった[1][3]

一方、アメリカ海軍においては、1953年に涙滴型船型・1軸推進方式の実験潜水艦「アルバコア」を就役させたのち、1959年より、その成果を反映したバーベル級潜水艦を艦隊配備していた。また日本においても、昭和35年度より技術研究本部で艦船模型による水槽実験を重ねるとともに、工作上の技術的検討も進められた結果、第3次防衛力整備計画では涙滴型船型・1軸推進方式の潜水艦を建造できる目処がついた。これに基づいて建造されたのが本型である[3]

設計[編集]

上記の経緯により、本型は涙滴型船型・1軸推進方式を採用しており、SSS(Single Screw Submarine)と通称された。これによって水中速力は20ノットに向上しており、また水上航行には不利な船型ではあるものの、推進力の強化によって12ノットの水上速力を確保している[3][4]

構造様式はSSKと同様の完全複殻式に回帰している。また耐圧殻構造材としては、従来のNS46に加えて、新開発のNS63調質高張力鋼が一部に採用された。これはアメリカ海軍がパーミット級原子力潜水艦以降で採用したHY80(降伏耐力56 kgf/mm²)を越えることを目標として国内開発されたもので、その名の通り、降伏耐力63 kgf/mm²の性能を確保した[5]。S119計画艦以降では採用範囲がさらに拡大され、潜入深度の増大に寄与している。これに伴い、S119計画艦以降では、艦外につながるハッチの数は5ヶ所から4ヶ所に減らされている。なお本型では、蓄電池搭載口について、従来は耐圧殻上部に鋲接合で設けられていたものを、昇降口を兼ねた準専用のものとしており、これによって電池換装後の再接合の手間を省略できるようになっている。耐圧殻はシェイカー型とされており、最大径が8メートルに達したことから、甲板は従来の2層から3層構造となった。艦内区画は5区画であり、1区画に浸水しても浮上可能なように設計されている[2]。このスペース増を利用して、急速浮上用の非常ブロワー装置や、二酸化炭素吸収剤を再利用可能なモノエタノールアミンとした空気清浄装置などが装備化された。また操舵装置は三次元自動操舵装置(ジョイスティック式)となり、あさしお型2番艦以降で搭載された自動針路保持装置や自動深度調整装置に加えて、旋回やトリムを自動的に行う装置などが装備された。なおソナーへの悪影響を避けるため、潜舵はセイル・プレーン式とされた[4]

ディーゼル主機関としては、V型16気筒川崎/MAN V8V24/30mAMTL型(850 rpm、水上2,100馬力/シュノーケル運転時1,950馬力)が2基搭載された。これはあさしお型で搭載されたV8V 24/30mMALを元に、シュノーケル運転時の水中速力向上にあわせて空気冷却器の採用など出力増加をはかったものである。主機は機械室に並列配置とされており、主発電機として、出力1,420 kWのSG-4がそれぞれに接続されている。ディーゼル主機関の出力増強にあわせて、これらの主発電機の容量も、SSLのSG-3シリーズと比して18パーセント増大している。またS119計画艦以降では、回転数を2,000 rpmに低減したSG-4B型に更新された[6]

上記の通り、本型は1軸推進方式を採用していることから、主電動機は1基で大出力を発揮できるものが必要とされた。このことから、電機子2個をタンデムに結合して一体化し、7,200馬力を確保したSM-4型(S119計画艦ではSM-4B、S119A計画艦ではSM-4Cに更新)が開発されて搭載された。S118計画艦の場合、蓄電池と電機子の接続は、速力(推進器回転数)に応じて下記のように行われる[6]

低速力(24~60 rpm)
主蓄電池は1群ずつを並列、電機子は直列に接続。
第1中間速力(100~155 rpm)
主蓄電池は2群ずつを並列、電機子は直列に接続。
第2中間速力(100~155 rpm)
主蓄電池は2群ずつを並列、電機子も並列に接続。
高速力(158~234 rpm)
主蓄電池は2群ずつを直列、電機子は並列に接続。

本型の設計に当たっては、電動機のコイルが磁力線を切る際に生じる電磁騒音まで問題になるほどの静音化が施されたとされている[7]。なお推進器はかわらず5翔式であるが、直径は3.6メートルと大型化されている(従来は2メートル径)[6]

装備[編集]

装備における最大の革新が、ZQQ-1統合ソナーの装備である。これは従来併載されてきた探信儀(アクティブ・ソナー)と聴音機(パッシブ・ソナー)の機能を統合したもので、送受波器を3個ずつのステーブにまとめて円筒形に配列することで全方位の同時監視機能を獲得した。艦首部は、その性能を発揮するためのドームとして優先して設計されており、このために魚雷発射管は艦尾よりの中部に移動した。なお、S119計画艦ではZQQ-2、S119A計画艦ではZQQ-3に更新されており、S119A計画艦ではさらにこれとは別に探信儀としてSQS-36(J)が搭載されたほか、魚雷発射指揮装置として用いられていたTDC(Torpedo Data Computer)が廃止されて、武器コンソールはCRT表示に変更されるなどの改良が行われている[8]

魚雷発射管としては、533mm径のHU-602を片舷3門ずつの計6門装備した。魚雷としては、対水上用・非誘導式の72式魚雷と、対潜用・誘導式のMk.37が用いられており、また昭和54年度以降、Mk.37の後継として80式魚雷が装備化された[8]

S118 S119 S119A
主発電機 SG-4 SG-4B
主電動機 SM-4 SM-4B SM-4C
ソナー ZQQ-1 ZQQ-2 ZQQ-3
SQS-36(J)

同型艦[編集]

4番艦「なるしお」は、1974年11月9日に発生した第十雄洋丸事件に際し、消火困難に陥った第十雄洋丸を海没処分すべく災害派遣出動し、航空機による爆撃護衛艦による砲撃、同艦による魚雷攻撃で撃沈した。

はるしお型の配備開始を念頭に、1987年より除籍と特務潜水艦(ATSS)への種別変更が開始された。3番艦「いそしお」は特務潜水艦に変更後、水中吸音材などの試験任務等に従事。1992年3月24日に除籍後、新型魚雷の試験のため実艦的として処分された。

計画番号 艦番号 艦名 建造 起工 進水 竣工 特務潜水艦への
艦種変更
除籍
S118 SS-566 うずしお 川崎造船
神戸工場
1968年
(昭和43年)
9月25日
1970年
(昭和45年)
3月11日
1971年
(昭和46年)
1月12日
------- 1987年
(昭和62年)
3月24日
SS-567 まきしお 三菱重工業
神戸造船所
1969年
(昭和44年)
6月21日
1971年
(昭和46年)
1月27日
1972年
(昭和47年)
2月2日
------- 1988年
(昭和63年)
3月11日
S119 SS-568
ATSS-8001
いそしお 川崎造船
神戸工場
1970年
(昭和45年)
7月9日
1972年
(昭和47年)
3月18日
1972年
(昭和47年)
11月25日
1989年
(平成1年)
3月34日
1992年
(平成4年)
3月25日
SS-569
ATSS-8002
なるしお 三菱重工業
神戸造船所
1971年
(昭和46年)
5月8日
1972年
(昭和47年)
11月22日
1973年
(昭和48年)
9月28日
1990年
(平成2年)
6月8日
1993年
(平成5年)
3月17日
SS-570
ATSS-8003
くろしお 川崎造船
神戸工場
1972年
(昭和47年)
7月5日
1974年
(昭和49年)
2月22日
1974年
(昭和49年)
11月27日
1991年
(平成3年)
3月20日
1994年
(平成6年)
3月1日
S119A SS-571
ATSS-8004
たかしお 三菱重工業
神戸造船所
1973年
(昭和48年)
7月6日
1975年
(昭和50年)
6月30日
1976年
(昭和51年)
1月30日
1992年
(平成4年)
7月6日
1995年
(平成7年)
7月26日
SS-572
ATSS-8005
やえしお 川崎造船
神戸工場
1975年
(昭和50年)
4月14日
1977年
(昭和52年)
5月19日
1978年
(昭和53年)
3月7日
1993年
(平成5年)
8月14日
1996年
(平成8年)
8月1日

参考文献[編集]

  1. ^ a b 水上芳弘「自衛艦建造の歩み2 潜水艦」、『世界の艦船』第402号、海人社、1989年1月、 112-115頁。
  2. ^ a b 「海上自衛隊潜水艦史」、『世界の艦船』第665号、海人社、2006年10月、 1-140頁、 NAID 40007466930
  3. ^ a b c 中名生正己「海上自衛隊潜水艦整備の歩み」、『世界の艦船』第665号、海人社、2006年10月、 111-115頁、 NAID 40007466930
  4. ^ a b 幸島博美「船体 (海上自衛隊潜水艦の技術的特徴)」、『世界の艦船』第665号、海人社、2006年10月、 118-123頁、 NAID 40007466930
  5. ^ 「写真特集 海上自衛隊潜水艦の歩み」、『世界の艦船』第767号、海人社、2012年10月、 21-37頁、 NAID 40019418426
  6. ^ a b c 阿部安雄「機関 (海上自衛隊潜水艦の技術的特徴)」、『世界の艦船』第665号、海人社、2006年10月、 124-129頁、 NAID 40007466930
  7. ^ 藤木平八郎「自衛艦の技術レベルを検証する」、『世界の艦船』第650号、海人社、2005年11月、 106-111頁、 NAID 40006903911
  8. ^ a b 「兵装 (海上自衛隊潜水艦の技術的特徴)」、『世界の艦船』第665号、海人社、2006年10月、 130-133頁、 NAID 40007466930

関連項目[編集]