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広島護国神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
廣島護國神社

拝殿
所在地 広島県広島市中区基町21-2
位置 北緯34度24分4.2秒 東経132度27分31.5秒 / 北緯34.401167度 東経132.458750度 / 34.401167; 132.458750座標: 北緯34度24分4.2秒 東経132度27分31.5秒 / 北緯34.401167度 東経132.458750度 / 34.401167; 132.458750
主祭神 広島県西部出身の国事殉難者
広島原爆犠牲の動員学徒・女子挺身隊等
社格 別表神社
創建 1868年明治元年)
例祭 春季大祭(4月第2日曜日)
原爆慰霊祭(8月6日)
英霊感謝祭(8月15日)
秋季大祭(10月第3日曜日)
地図
廣島 護國神社の位置(広島県内)
廣島 護國神社
廣島
護國神社
地図
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拝殿と鳥居
1975年1月の広島城。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成本丸左下付近が境内にあたる。

廣島護國神社(ひろしまごこくじんじゃ)は、広島県広島市中区にある護国神社

概要

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祭神は第二次世界大戦までの広島県西部(旧安芸国)出身の戦死者のほか、広島市への原子爆弾投下によって犠牲になった勤労奉仕中の動員学徒および女子挺身隊等など含め約9万2千柱である。

広島城内に敷地が存在し、位置的には広島市中央公園(広島城地域)[1]の内部であるが、神社の敷地については1956年(昭和31年)に公園区域からは除外されている[2]

毎年中国地方で最も多くの初詣客が訪れ[3]、毎年1月1日から7日までの初詣参拝者数は50万人を超える。市の中心部に位置し交通の便が良いことから、広島市民の多くが初詣に訪れる。同県には厳島神社があるが、こちらはJR宮島連絡船もしくは宮島松大汽船を利用しないと行けないため、広島護国神社よりも少ない。

また、地元プロ野球球団・広島東洋カープが必勝祈願のためチームとして参拝することでも知られている[5]。キャンプインの1月に行われることが多い。

沿革

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歴史

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原爆被災
1945年(昭和20年)広島市への原子爆弾投下当時、護国神社は旧広島市民球場周辺にあった。原爆投下時に大鳥居を除き、当神社の建物は全て原爆で失われた。1956年(昭和31年)に現在地に移設の上で再建された。唯一残された大鳥居に関しては、中国放送横に移設された。以後小祠を設けて祭祀を続けられている。
平成の拡張工事
1998年(平成10年)に創建130周年を迎え、それに伴い施設の拡張工事を行っていたが、2009年(平成21年)に全ての工事を竣功した。その際、当神社は広島城本丸の南西部(江戸時代には馬場があった場所)に所在しているため、広島市から著しい景観変更を伴う改築をしないように答申されたため、社頭整備に11年もの歳月を要した。

ギャラリー

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アクセス

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鉄道・新交通システム

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車・バス

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紙屋町バス停・紙屋町県庁前バス停・広島バスセンターから北へ徒歩約15分

駐車場

  • 最寄りの広島中央駐車場(地下)か基町パーキング(地下)などに駐車することはできる。駐車場から北へ徒歩約10分。
  • それ以外にも広島市内中心部には、広島城駐車場(観光バス専用)や広島市営駐車場など多数があるため、選択できる駐車場所は沢山ある。

脚注

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  1. ^ 広島市公園条例 - 広島市
  2. ^ 中央公園の今後の活用に係る基本方針(令和2年3月) - 広島市
  3. ^ 神社人 - 神社初詣参拝者数ランキング”. jinjajin.jp. 2024年5月4日閲覧。
  4. ^ 河口豪『栄光の広島カープ風雪25年』恒文社、1975年、115 - 116頁。 
  5. ^ 旧広島市民球場が開場した1957年、カープはオールスター戦まで32勝26敗と健闘したが、オールスター戦後は市民球場が開場したにも関わらず、22勝49敗と大幅に負け越してしまい5位に終わった。そのため市民の間で、「市民球場には何か祟りがあるのではないか」と噂されるようになってしまった。当時、球団代表の河口豪も知り合いの神職から、「この球場の左翼あたりは原爆により多数の市民が爆死した場所だから、その霊を慰めるよう神に祈願をかけなさい」とアドバイスを受けたため、1958年以降、シーズン前に広島護国神社、厳島神社へチーム全員が参拝必勝祈願することが恒例となった[4]
  6. ^ 『全國護國神社會五十年史』(1997年3月1日、全國護國神社會発行)268 - 269頁。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『全國護國神社會五十年史』(1997年3月1日、全國護國神社會発行)269頁。
  8. ^ 昭和天皇 広島行幸 初のカラー映像 昭和22年12月7日
  9. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、100頁。ISBN 978-4-10-320523-4 
  10. ^ a b c 『全國護國神社會五十年史』(1997年3月1日、全國護國神社會発行)270頁。

関連項目

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外部リンク

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