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別本

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

別本(べっぽん)とは、源氏物語写本のうち、青表紙本河内本のいずれにも属さないものをいう。またそのような写本によって伝えられる本文を指すこともある。

概要

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「別本」の呼称は池田亀鑑により1942年(昭和17年)に出版された源氏物語の校本である「校異源氏物語」において初めて用いられたもので、後に「源氏物語大成」などにも採用されて広く普及することになった。そもそも「別本」とは青表紙本でもなく河内本でもないと認められる諸写本を、その性格・系統などを考慮に入れず一様に「別本」という一つの呼称で扱おうとするあくまで便宜的な用語であつて、青表紙本や河内本のように特定の祖本から分かれた何らかの共通の性格を持った一群の写本が存在するわけではない。この術語を提唱した池田亀鑑によれば、「青表紙本や河内本が「青表紙本系統」や「河内本系統」と呼ばれたりするのと同様に別本を「別本系統」と呼ぶのは誤りであり、別本という呼称やその性格は源氏物語の本文の研究が進んで青表紙本や河内本の性格が明らかになった後で改めて検討され、分類・整理されるべきものである」としていた。

種類

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池田亀鑑は別本の中には次のようなものが含まれるとしている。

  • 古伝本系の別本
  • 混成本文系の別本
  • 注釈的本文系の別本

実際には青表紙本であるという確証もなく河内本であるという確証も無いというだけでどのような性格を持った写本なのか不明な「別本」も少なくない。

古伝本系

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古伝本系別本とは青表紙本や河内本が成立する以前の本文を伝えていると考えられている写本をいう。なお、古伝本系別本であるかどうかは書写年代によって決まるものではない。確かに河内本の元になったとされる従一位麗子本など、青表紙本や河内本が成立する以前に存在した写本は、すでに失われたと考えられる紫式部の自筆本等を含め、全てこの古伝本系別本ということになるが、写本の性格は書写の元になった写本の性格によって決まるため、河内本や青表紙本の成立以後、例えば江戸時代に作られた写本であっても元になる写本が古伝本系別本であれば出来上がった写本も古伝本系別本でありうる。

混成本文系

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混成本文系の別本とは、青表紙本や河内本が成立して以後に成立した複数の系統の本文が混じった本文を有する伝本のことをいう。混成本文系別本に分類される別本については、

  • 青表紙本と河内本との混成
  • 青表紙本と古伝本との混成
  • 河内本と古伝本との混成

といったさまざまな形での混成が考えられている。

また混成の原因には元々あった本文に異なる系統の本文を校合することによる混成の発生と一部分が欠けた写本に残った部分の本文と異なる系統の本文を持つ写本によって補ったことによって発生した混成とが存在すると考えられている。

注釈的本文系

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注釈的本文系の別本とは、絵詞・古註釈・古系図等に引用されて残存する註釈的意図によって取扱われた本文をいう。これらの中に含まれる本文は、通常の写本の中にある本文と比べて何らかの意図により改変されている可能性があると考えられることから、通常の写本の中にある本文とは別の扱いをする必要があると考えられており、そのためにこれらをまとめて一つのグループとして取り扱っている。

二分類説

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阿部秋生により唱えられたもので、「もし青表紙本が藤原定家の目の前にあったある写本(当然これは古伝本系の別本の一つである)の中の一つを忠実に写し取ったものであるならば、青表紙本とは実は古伝本系別本の一つであるということになる。」という考え方をもとに、青表紙本を別本に含めて考えることにより、源氏物語の本文を河内本と別本の二系統に分類する考え方である。

主な写本

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このうち一部の写本では、一揃いのうちある部分の巻が別本であり、他の巻は青表紙本あるいは河内本ということもある。

  • 陽明文庫本
    鎌倉中期の書写と見られる34帖にはじまり江戸時代の書写と見られる3帖まで各帖ごとに書写者を異にしている。『源氏物語別本集成』の底本として採用されている。重要文化財に指定されている。源氏釈の引用本文に近い本文を含んでいる。[1]
  • 国冬本
    江戸時代頃に豪華な表紙に改装されたと見られるが、多くの錯簡を含んでいる。54冊からなるが「匂ふ兵部卿」の表題を持つ巻の中身は「夕霧」の後半部分であり、「匂宮」の内容を持つ部分は存在しないため、実際には53巻54冊。鎌倉末期の津守国冬の書写による12冊と室町末期の複数人の書写による42冊からなる。天理大学図書館蔵[2]
  • 阿里莫本
    雲隠六帖を含む全六十帖からなる。雲隠六帖の部分を含めて高坂松陰の一筆。本文は青表紙本、河内本、別本が混在する。阿里莫神社旧蔵。東京の古書籍商の手を経て一時期池田亀鑑の元にあり源氏物語大成に校異が一部取られたがその後行方不明になったとされる。現在は天理図書館蔵[3]
  • 麦生本
    各巻に「天正十五年主麦生鑑綱筆」との記述を持つことから麦生鑑綱筆と考えられてきた写本。東京の古書籍商の手を経て一時期池田亀鑑の元にあり源氏物語大成に校異が一部取られたがその後行方不明になったとされる。現在は天理図書館蔵[4]
  • 穂久邇文庫本
  • 御物本
    鎌倉時代中期の書写。青表紙本や河内本の本文を持つ巻も含まれた混成本。
  • 桃園文庫本
    東海大学桃園文庫蔵
  • 東京大学本
    室町時代中期の書写。54帖の揃い本であり、本文は10帖ほどが河内本、4帖ほどが別本であるほかは青表紙本である。東京大学総合図書館
  • 鶴見大学本
    室町時代末期書写
  • 中京大学本[5]
    麦生本・阿里莫本と同系統の本文を持つ。若菜上下、橋姫、総角、早蕨の5帖のみ現存する。
  • 日本大学本
  • 飯島本
    54帖の揃い本。25帖ほどが別本とされ、その他に青表紙本や河内本とされる帖がある。冷泉為和の書写とされる。飯島春敬が入手し、源氏物語大成にその一部の校異がとられている。その後長く東京国立博物館に寄託されていたが、現在は社団法人書芸文化院春敬記念書道文庫にある。
  • 甲南女子大本 「梅枝」巻
    藤原為家の書写とされる。勝海舟の蔵書印が捺してある。[6]
  • 大沢本
    54帖中28帖が別本。奈良の大沢家のもとにあったため大沢本と呼ばれる。現在は宇治市源氏物語ミュージアムで保管されている。[7]
  • 保坂本
    浮舟を欠く53帖が現存。このうち桐壺から絵合までの17帖は室町中期の青表紙本による補写で、松風以降の36帖が鎌倉期の書写とみられる。別本25帖、河内本7帖、青表紙本4帖とされるが、他本による校合書入れや訂正が数多い。もともと松平定信の所有であり、その後も松平家のもとにあったと見られる。1935年(昭和10年)2月に保坂潤治が入手し世に出た。現在は東京国立博物館蔵。
  • 言経本
  • 橋本本
  • ハーバード大学本
  • 伏見天皇本
  • 角屋本

校本

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校異を収録した本として、次のようなものがある。

  • 『源氏物語大成 校異篇』池田亀鑑編(中央公論社、1953年〜)
  • 源氏物語別本集成』(全15巻)伊井春樹他源氏物語別本集成刊行会(おうふう、1989年3月~2002年10月)
  • 『源氏物語別本集成 続』(全15巻の予定)伊井春樹他源氏物語別本集成刊行会(おうふう、2005年~)

参考文献

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脚注

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  1. ^ 伊藤鉄也「陽明本『源氏物語』(陽明文庫蔵)」人間文化研究機構国文学研究資料館編『立川移転記念特別展示図録 源氏物語 千年のかがやき』思文閣出版、2008年(平成20年)10月、p. 91。 ISBN 978-4-7842-1437-2
  2. ^ 岡嶌偉久子「源氏物語国冬本 その書誌的総論」『ビブリア』第100号. 天理図書館、1993年(平成5年)5月、pp. 66-96。
  3. ^ 岡嶌偉久子「源氏物語阿里莫本 -『源氏物語大成』不採用二十六帖について-」『ビブリア』第90号. 天理図書館、1988年(昭和63年)5月、pp. 34-46。
  4. ^ 岡嶌偉久子「源氏物語麦生本 その書誌学的考察」『ビブリア』第121号. 天理図書館、2004年(平成16年)5月、pp. 41-62。
  5. ^ 岡嶌偉久子「中京大学図書館蔵『源氏物語』について -麦生本・阿里莫本との関係-」『中京大学図書館学紀要』第13号、1993年(平成5年)、pp. 28-44。
  6. ^ 鷺水亭 より. ─折々のよもやま話─(旧 賀茂街道から2) 源氏千年(67)源氏写本発見というエセ新聞報道に異議あり
  7. ^ 産経新聞記事