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ルイス・アキーノ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ルイス・アキーノ
Luis Aquino
トロント・ブルージェイズ時代
(1987年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区サントゥルセ
生年月日 (1964-05-19) 1964年5月19日(60歳)
身長
体重
184 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1981年 アマチュアFA
初出場 MLB / 1986年8月8日
NPB / 1996年3月31日
最終出場 MLB / 1995年9月12日
NPB / 1996年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ルイス・アントニオ・コロン・アキーノLuis Antonio Colón Aquino , 1964年5月19日 - )は、プエルトリコ出身の元プロ野球選手投手)。

経歴

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1981年トロント・ブルージェイズと契約[1]1986年8月8日にメジャーデビュー[1]

1988年カンザスシティ・ロイヤルズに移籍し、ロイヤルズでは主に先発投手として活躍。1993年には、この年創設されたフロリダ・マーリンズに移籍。1995年モントリオール・エクスポズ、同年途中にサンフランシスコ・ジャイアンツとチームを渡り歩いた[1]この年の1月には中日ドラゴンズのテストを受けていた。[要出典]

1996年近鉄バファローズに入団[1]
同年は、チームトップの11勝を挙げる。特に対西武戦には滅法強く[2]11勝のうち6勝が西武からの勝ち星だった。[要出典]チームトップの勝ち星を挙げていたにもかかわらず、同年オフに突如解雇される。近鉄フロント陣は「ピッチングパターンを覚えられてしまった」「大阪ドームへの本拠地移転にあたって人心を一新したかった」という不可解なコメントに終始した。ロッカールームでゲイトラブルがあったので選手からたまらんと苦情があり契約延長しなかったとも言われている。[要出典]

帰国後、1997年デトロイト・タイガースのキャンプに参加したが契約には至らなかった[1]

1998年はアメリカ独立リーグアトランティックリーグに加盟していたナシュア・プライド及びニューバーグ・ブラックダイヤモンズでプレーし、同年限りで現役引退。

プレースタイル・人物

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変化球を主体とした技巧派で、腕をくにゃくにゃと曲げながら投げる投法は「オクトパス投法」と呼ばれた。武器はスライダー、決め球はチェンジアップ。[要出典]

典型的なプエルトリカンの顔つきで、鼻ひげを豊かに蓄えていたことから「投げるマリオ」とも呼ばれていた。[要出典]

詳細情報

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年度別投手成績

[編集]




















































W
H
I
P
1986 TOR 7 0 0 0 0 1 1 0 -- .500 50 11.1 14 2 3 1 0 5 1 0 8 8 6.35 1.50
1988 KC 7 5 1 1 0 1 0 0 -- 1.000 136 29.0 33 1 17 0 1 11 1 1 15 9 2.79 1.72
1989 34 16 2 1 0 6 8 0 -- .429 591 141.1 148 6 35 4 4 68 4 0 62 55 3.50 1.29
1990 20 3 1 0 0 4 1 0 -- .800 287 68.1 59 6 27 6 4 28 3 1 25 24 3.16 1.26
1991 38 18 1 1 0 8 4 3 -- .667 661 157.0 152 10 47 5 4 80 1 0 67 60 3.44 1.27
1992 15 13 0 0 0 3 6 0 -- .333 293 67.2 81 5 20 1 1 11 1 1 35 34 4.52 1.49
1993 FLA 38 13 0 0 0 6 8 0 -- .429 471 110.2 115 6 40 1 5 67 4 0 43 42 3.42 1.40
1994 29 1 0 0 0 2 1 0 -- .667 214 50.2 39 3 22 4 3 22 2 0 22 21 3.73 1.20
1995 MON 29 0 0 0 0 0 2 2 -- .000 171 37.1 47 4 11 1 3 22 3 0 24 16 3.86 1.55
SF 5 0 0 0 0 0 1 0 -- .000 28 5.0 10 2 2 1 0 4 0 0 10 8 14.40 2.40
'95計 34 0 0 0 0 0 3 2 -- .000 199 42.1 57 6 13 2 3 26 3 0 34 24 5.10 1.65
1996 近鉄 25 25 2 1 0 11 9 0 -- .550 658 156.0 158 22 55 1 4 58 3 0 75 70 4.04 1.37
MLB:9年 222 69 5 3 0 31 32 5 -- .492 2902 678.1 698 45 224 24 25 318 20 3 311 277 3.68 1.36
NPB:1年 25 25 2 1 0 11 9 0 -- .550 658 156.0 158 22 55 1 4 58 3 0 75 70 4.04 1.37

年度別守備成績

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投手(P)












1986 TOR 7 1 1 0 0 1.000
1988 KC 7 2 2 1 1 .800
1989 34 11 23 0 3 1.000
1990 20 4 10 0 2 1.000
1991 38 14 21 3 3 .921
1992 15 4 16 0 1 1.000
1993 FLA 38 10 30 1 5 .976
1994 29 5 10 0 2 1.000
1995 MON 29 1 4 0 1 1.000
SF 5 2 0 0 1 1.000
'95計 34 3 4 0 2 1.000
1996 近鉄 25 8 42 0 2 1.000
MLB 222 54 117 5 19 .972
NPB 25 8 42 0 2 1.000
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

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NPB

背番号

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  • 32 (1986年)
  • 27 (1988年 - 1994年)
  • 72 (1995年)
  • 33 (1996年)

脚注

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  1. ^ a b c d e プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、8ページ
  2. ^ ただし、シーズン終盤の対西武戦では、垣内哲也に3打席連続本塁打を浴びるなどで攻略されている。

関連項目

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外部リンク

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