鴻池新田

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鴻池新田(こうのいけしんでん)とは、かつて河内国(現在の大阪府東大阪市)で開墾された新田のひとつ。

概要[編集]

江戸時代中期に、大阪の豪商・鴻池家三代目、鴻池善右衛門宗利によって開墾された。 当初の入植者は8軒ほどで、二回目に10数軒が入植。2010年現在、13代目位の人々が住んでいる。

主な入植者居住場所は鴻池本町(会所の北東エリア)となっており、最も古い地域となる。

歴史[編集]

宝永元年(1704年)に大和川付け替え工事が行なわれ、旧河川・水位が減少した湖沼に広大な敷地が生じた。そのうちの新開池という大きな池のあった辺り(現在の東大阪市北部の鴻池町周辺)二百町歩あまりの開発権利を、大和屋六兵衛・庄屋長兵衛 両名が落札した。それを 鴻池善右衛門が譲り受け、新田開発をおこなった。

新田開墾のため伊勢から農民を入植させた。村高は「天保郷帳」・「旧高旧領」共に1706石余。宝永2年(1705年)に工事が開始され、大和川付け替え工事でできた新田の中でも最大の開発面積(約119ヘクタール)となった。

当地はもともと低湿地だったため、米作には向かず、木綿(いわゆる「河内木綿」)の作付けが中心だった。レンコンの栽培も行なわれていた。 昭和時代後期以降の宅地開発によって、耕作地は住宅地へと変貌していった。

1889年明治22年)に中河内郡北江村が成立した際にその大字になっている。

旧鴻池新田会所[編集]

鴻池新田会所(正面入口)

鴻池新田会所とは、東大阪市鴻池元町にある建築物。もとは、鴻池新田にある田畑や水路・道路等の維持管理を行なうための事務所として建設された。会所には船着き場がある。敷地北側(JR側)に堀の跡が残る。

会所概要[編集]

鴻池新田の管理事務所として、宝永4年(1707年)に完成した。当時の建築物や濠がほぼそのまま現存しており、貴重な文化遺産であるため、敷地は1976年(昭和51年)に日本国の史跡に指定され、また本屋、屋敷蔵、文書蔵、米蔵、道具蔵の5棟が1980年(昭和55年)に日本国の重要文化財に指定された。 現在は東大阪市が所有・管理している。

平成9年9月より、郷土資料館として一般公開されている。

かつての敷地の西半分には新田管理人の役宅があったが、現在は鴻池合資会社が経営するグラナリーコートというショッピングモールになっている。

利用案内[編集]

  • 開館時間: 午前10時~午後4時
  • 休館日: 月曜日、祝日の翌日(月曜日が祝日の場合はその翌日)、年末年始(12月29日~1月4日)
    • 展示準備・保全のため休館する場合あり。
  • 観覧料: 一般者 = 300円(団体20人以上、1人1回 250円)、小中学生 = 200円(団体20人以上、1人1回 150円)

交通アクセス[編集]

外部リンク[編集]

鴻池新田会所

座標: 北緯34度41分53.7秒 東経135度35分59.3秒 / 北緯34.698250度 東経135.599806度 / 34.698250; 135.599806