藤原良平

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藤原 良平
埼玉西武ライオンズ #28
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県朝来市
生年月日 (1986-02-15) 1986年2月15日(30歳)
身長
体重
181 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2011年5月4日
年俸 950万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤原 良平(ふじわら りょうへい、1986年2月15日 - )は、兵庫県朝来市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。埼玉西武ライオンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

兵庫県朝来市出身。鳥取城北高等学校時代は甲子園経験はなく、3年夏の全国高等学校野球選手権鳥取大会ではエースとしてベスト4進出。

家業の大工を継ぐため「建築の勉強と野球ができる大学に」と第一工業大学に進学。3年秋からエースとして活躍し、公式戦15試合で10勝2敗、防御率0.99の成績を記録。4年春の2007年には鹿児島大学連盟春季リーグで最優秀投手賞を獲得した。

西武時代[編集]

2007年11月19日に行われた大学・社会人ドラフト埼玉西武ライオンズから3巡目で指名を受けた。第一工業大および朝来市出身者では初のプロ野球選手となった。

2011年5月4日の対千葉ロッテマリーンズ戦(西武ドーム)で一軍初登板を果たしたが、4死球を与えるなど制球面に課題を残した。

2012年は、7月7日に敗戦処理として登板するも打ち込まれ、すぐに一軍登録を抹消される。同年の一軍登板はこれだけであり、シーズン途中からサイドスローへ転向した。

2013年イースタン・リーグで最多勝と最多奪三振を獲得したが、一軍では2試合の登板にとどまり結果も残せなかった。

2014年6月13日に対広島東洋カープ戦(西武ドーム)で先発。5回1/3を無失点に抑え、チームが7-0で勝利したことによりプロ入り7年目で初勝利・初先発勝利を果たした。

選手としての特徴・人物[編集]

元々はスリークォーターだったが、2012年度シーズン途中からサイドスローに転向し[2]、2013年度シーズン終了後の秋季キャンプではシンカーを習得中である[3]

ストレートの投げ方が独特であり、他の投手とは対照的にボールの縫い目の弧が大きい方を外側にして投げている[2]

鳥取城北高等学校出身のプロ野球選手は川口和久能見篤史に続いて3人目である。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 西武 5 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 35 7.2 8 0 2 0 4 5 1 0 3 3 3.52 1.32
2012 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 18 2.1 8 1 3 0 0 0 1 0 5 5 19.29 4.71
2013 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 10 2.0 3 1 1 0 1 2 0 0 4 4 18.00 2.00
2014 20 8 0 0 0 2 6 0 3 .250 229 50.1 56 2 25 0 6 30 3 0 30 27 4.83 1.61
2015 7 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 52 11.1 10 1 8 0 1 7 0 0 9 9 7.15 1.59
2016 10 0 0 0 0 2 0 0 1 1.000 52 13.0 11 0 3 0 1 9 0 0 3 3 2.06 1.08
NPB:6年 45 8 0 0 0 4 7 0 5 .364 396 86.2 96 5 42 0 13 53 5 0 54 51 5.30 1.59
  • 2016年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 28 (2008年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 西武 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月11日閲覧。
  2. ^ a b ナベQストレート後継者現る! 横手投げ6年目右腕アピール”. スポニチ Sponichi Annex (2012年2月22日). 2013年11月16日閲覧。
  3. ^ 伊原監督 秋季キャンプ強化指定に「藤原」指名!”. スポニチ Sponichi Annex (2013年11月6日). 2013年11月16日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]