積算

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積算(せきさん)とは、一般的には数値を次々に加えていくことをいう。数学ではこのことを総和と言い、積算は経済分野での用語である。

このほか使用される積算の用法は、不動産の新規賃料を求める手法の積算法、一定期間内の放射線の総量を表す積算線量(integral dose; cumulative dose)集団を対象にした集団積算線量(collective effective dose)、電力(electric power)を時間積分した積算電力量、ある期間の電気諸量の積分値を表示・指示する電気計器である積算電気計器などがある。走行距離を測る計器を積算走行距離計といい、トリップメーター(Tripmeter)やオドメーターが代表例。 このほかにマイレージサービスのマイル積算がある。

建設業界[編集]

建設業界では、歩掛材料費・労務費・機械経費など)に基づき工事費を構成する費用を積み上げ、全体の工事費を計算する方法またはその業務のことをいう。

公共事業などでよく言われる、「工事費の予定価格」は発注者(地方自治体など)が積算した価格で、「工事費の見積価格」は請負者が積算した価格である。

日本に「積算」という言葉が使われるようになったのは明治に入ってからのことであるという。 これは英語の「ESTIMATION」が 直訳されたものと言われている。 積算という言葉の定義は、これには学術的なしっかりとした定義はない。 建設業法でも建築基準法などの中にもこの言葉はみられない。

日本で法律用語としての「積算」は、平成2年に旧建設省(現在の国土交通省)の告示においてである。 その後積算のうち、建築積算とは建築物の設計図書に基づき、工事に関する内訳書を作成する業務、として位置付けられた。

歴史[編集]

積算という行為について、書物で残っているものでは「戦争の方法もこのように計画を立てなければ……」という例えに、見積の話が使われている新約聖書ルカ福音書14章28 ~ 32節で、「なぜか、あなたたちの中で櫓を建てようと思うとき、まず座って、はたして造り上げるだけの金があるかと、その費用を計算しない者がいるだろうか。そうしないで土台だけを据えただけで完成ができない時には、見る人がみな笑うであろう」と書かれており、見積るという行為があったように思われている。

日本では8世紀の平安時代から見積るという行為があって、積算の歴史の資料として残っているのが「延喜式」(927年完成 967年施行・10世紀)として知られている。これは一種の建築法律で「養老律令」の施行細則をまとめた法典となっている。「延喜式」には、当時の宮内省の建設官司である木工寮(もくりょう)に「笇師(さんし)」という積算部門を担当する役職があり、官司の予算を作り建設工事の積算や決算などを担当しており、また、計画段階における積算は「勘定支度」や「用途支度」と呼ばれていたことが知られている。なおこの「支度」とは、用材や費用の見積りを含めた造営計画という意味である。 当時の建物は当然のことながら国営で、国家予算を使って工事をするためには積算が必要であるが、「延喜式木工寮式」の「削材」という項に大工が一日にどれくらいの木を削れるかという歩掛り例をみると、4月から7月の日の長い月(長功)で6,000平方寸、メートル法換算で5.平方メートル、幅15 ~16センチメートルの柱で33メートル、春や秋の時期(中功)では5,000平方寸、冬の日の短い時期(短功)で4,000平方寸と記されている。

中世(1185 ~ 1333年・鎌倉時代以降)では「損式(そーしき・そんしき)」というものがあり、「堂舎損式検録帳」(11世紀前半・元興寺)という記録が残っている。これは災害で倒れた建物の修復をするにはいくらの予算が必要かと、概算見積りを立てる計算方法を示したものであり、このようなルールに従って複数の大工棟梁が受注を競うようになっている。この頃から競争見積り入札が始まったものと考えられている。

近世江戸時代)に入り、様々な物事を決めるのに入札行為が登場している。当時は「入札(いれふだ)」と呼んでいるが、「入れ札」の語源としては徳川家康大阪冬の陣(1614年)が終結した時、各武将に「戦いの様子を入れ札で知らせなさい」と告げたこととしている。これは誰がよく働いたとか誰が裏切った、誰が逃げた、など口にし難いものを紙には書き易いという利点を利用したものである。この後、幕府の建物を建てるのに「入れ札」が盛んに登場していく。

英国では、早くから積算士w:quantity surveyor, QS)という職能が確立していた[1]。1772年には、SurveyorClubが設立され、1882年にはRICSが設立された。そして、英国から日本に来たトーマス・ウォートルスジョサイア・コンドルなどの「造家師」と呼ばれた設計士や建築家によって積算技術が伝えられた。これを明治10年に設立された工部省工部大学校(後の東京大学)により、本格的に教育がなされるようになる。これが日本の近代積算の夜明けである。

近代から発祥した鉄道の場合は [2]にあるとおり、当初は人力主体の工事なため個人の経験則で積算されており、工事状況に応じ必要とする費用を算出していた。また終戦後しばらくは物価統制令によって代金請求がすべて公定価格によることと、工事費は材料費、労務費、諸役務費、諸経費に区分しての請求が定められており、1947年からは政府に対する不正手段による支払い請求の防止等に関する法律に基づき、材料費が統制額を超えない価格、労務賃金は当時の労務賞告示の一般職種別賃金基本日額を超えない額とされ、法律廃止以降もしばらくは継続して準拠された。そして諸経費の積算に運用する諸経費は1949年当時の大蔵省通達によっていた。

鉄道に関する積算は技術者固有の門外不出の暗黙知として供され継承されていた。 現在のような組織的な歩掛などの基準書はなく、ベテランの技術者が積算を担当、歩掛などの基準根拠は鍵のかかる机にしまっているなど、外部には極秘であった。積算担当者の指示で若い技術者が積算に必要な数量を算出、数量算出者は積算書や設計書チェックの際にメモをして対応していた。そして現場の監督員の際にみずから人工等の収集につとめ、この蓄積で積算をしていた。これは東海道新幹線開業当時までもこのような形で進められており、その後に続く新幹線建設と主要幹線鉄道の複線化や輸送力増強に務める必要から1965年から臨時工事積算室を設置し、組織として積算方式の統一化と積算業務の合理化、工種別積算基準の整備、積算標準化に取り組む。これと同時に電子計算機による積算業務の一括処理システムの導入、またこの前段として作業単位別に労務賃金と材料単価、機械経費と運送単価等を適用して各地区別の作業単価を計算しておき、これを複合単価表として用いる方式を採用。また新幹線工事対応のため高架橋工事屋トンネル工事の自動積算システムの開発と導入を果たしている。

豊富な実績の調査分析により、80年代以降は標準化による手法が進むこととなる。

郵政や電信電話の建築積算 においても逓信省営繕課時代から逓信省職員自ら工事費積算の根拠を整え、十分な予算を確保し、逓信省の監督技師が請負者を指導していたことが指摘されている。

電信局郵便局という特殊な建物を建設していたこともあり、設立当初からそれぞれ独自の仕様書をベースに独自に設計、積算、施工を実施していた。電信電話公社時代まで内部で積算指針、数量積算基準、歩掛表率表等積算を行ううえでの必要図書は整備させており、日々の出面表(作業人員表)の報告をとって工事費積算に堅実な根拠を与えることなど、独自の施策を施工面に加え、初期の業界における規範的位置を確保していた。

昭和40年代までに多くの公共工事発注機関では直接工事に対する「率(パーセント)」により簡便に共通仮設費を算出している方法を採用するようにしていた。

それに対し、郵政建築などでは [3] (PDF) によると、1974年に日本建築学会において「山留め設計施工指針」が発行されると、郵政の監督員出身者等が担当する形で、実際の現場に即し、発注者自ら揚重計画、山留計画、仮囲い、誘導員配置計画、仮設建物、外部足場等の配置計画、工程計画を延床面積、階数等に基づくものだけでなく、工事種別毎に細かな工期設定を行ったうえで全体工期を算出等、プロジェクト毎に仮設計画図、工程表を作成整備し、工事発注及び積算の根拠とするなど、独自技術にこだわり独自の歩掛調査等に基づく積み上げ積算の導入、施工計画策定など、独自技術へのこだわりが見られる。

郵政や電信電話もその後積算にあたっては、国発行の建築積算要領に基づき、数量拾いは基本的に外注し、値入れと呼ばれる複合単価や市場単価の算出を行い、工事費全体額を算出している。

NTT建築では [4] (PDF) によると、NTTファシリティーズが1992年の分社後、工事発注積算であった積算指針等を一般市場に適合するよう過去から続く歩掛や独自複合単価での積み上げ方から、物価本とよばれる一般物価資料・市場単価での積算を採用。数量算出については改修工事や小規模工事、仮設計画及び工法計画以外は積算事務所に委託している。

造園に関する積算の場合、 日本で公園営造工事は[5]によると、営造植栽で樹木費,植付材料費,人件費の各項目から工事費用に対する取扱変遷の過程があきらかになっている。日本では横浜彼我公園(横浜公園)に於けるものをその嚆矢としているが、横浜彼我公園の営造植栽では神奈川県から政府に対する工事設計に植栽工事一式をもって取扱われており、その設計変更に樹木費用での調整をおこなっている。これは明治初期の段階では植栽工事そのものが少なかったことも反映している。

東京府の場合でも、初期は植木職人からの工事請負の見積方式において対応している。この請負見積方式は植付材料費の割合を多くとることが特徴となっている。この後東京では、公園行政の機構近代化と共に、関東大震災復興事業をへて以後植栽工事の費用精算方法が植付材料費重視の請負見積方式から、東京市公園課による直営積算方式に変わり、営造植栽の技術的な円滑化をはかる為に設計積算においても植木職を重視する傾向に変化していく課程で、東京市公園課の行政側で営造植栽に対する技術的裏付を持った積算設計がなされていく。公園営造の積算では樹木費用は主な植栽工事一式から植付材料費が主な請負見積方式をへて,人件費に配慮した直営積算方式という段階の基本的過程がみられる。

積算が必要な理由[編集]

店頭などで売られている商品には「定価」「売価」などの値段がついている。この値段とは、その商品を作って売るまでに要した費用(原価コストなどという。製造費、運搬費、保管費、広告費など)に、製造者や販売者が受け取る利益を上乗せして設定しているものである。

これら商品の買い物をする際、消費者はいちいち積算などはしない。それは、その商品が銘柄は違えど規格はほぼ同じで選択肢が多く、消費者が普段培っている自分の生活感覚で値段の高低が判断しやすく(いわゆる、モノには相場があり、大体の相場を知っている。)、また製造者や販売者のほうも、大量生産などの手段により原価を一定とすることができるため、自ずと流通価格が確立するためである。

しかし、建設工事の場合は主として屋外かつ現地における単品生産であり、その工事の条件(設計、構造物、気象、環境、制約、施工方法)によって、同じもの(例えば)を作るとしても要する費用がまったく異なってしまう。すなわち建設工事という商品は、買い物をする方(発注者)は選択肢が少ない上に値段の高低が判断しにくく、また作る方(請負会社)は原価を一定にすることが困難であり、流通価格など無いに等しい。従って、工事費を確定するためには積算が必要となるわけである。

なお、国、地方自治体など官公庁が発注する工事においては、会計法(昭和22年法律第35号)などの法律に基づき、発注者が自ら積算を行って予定価格を定めて入札に付すが、民間会社が発注する工事においては、請負者が積算して作成する「見積書」をベースに協議によって契約することが多い。

関連項目[編集]