棚
![]() |
棚(たな、英:shelf; rack)とは、板を水平にかけ渡したもので、物をのせる装置[1]。
概要[編集]
板を水平に固定する方法としては、垂直な棒や板を用いて(それと組み合わせて)固定する方法や、水平板を壁に(直接)取り付けて固定する方法などがある。
「棚」に対応するの英語は「shelf シェルフ」である。
「rack ラック」の方は、元々は物をひっかけておくための棒状のものなどであり、それに棚(水平の板)をひっかけて用いることもあるので、結果として、棒状の部品と水平板で構成される構成物全体を指す用法も定着したのである。
様々な棚[編集]
移動できる棚を「置き棚」と呼ぶ。移動できる棚には(一部の)戸棚、茶棚、書棚などがある[1]。 移動できない棚には、例えば、書院造の「床脇棚」などがある。移動できない棚としては、壁につくりつけた棚全般が当てはまるが、押入れの中板(棚板)もこの一種と見なすことができる。
本棚は本を置くための棚。食器棚は食器を置くための棚。 商品棚は、商品の陳列に用いられる棚である(後述)。 何かを見せるための棚を「見世棚(みせだな)」と言う。
「神棚」は、神道の神具などを置いておく棚、「閼伽棚」は仏教の閼伽を置く棚である。
博物館の展示室には、展示品を載せ来館者に見せるための棚が設置してあることもある。防犯目的などでガラスケースで覆われているものもある。博物館のバックヤードには、(見せるためではなく)収蔵品を保管しておくための棚もある。
置く物と「棚」を組み合わせて、「~棚」と呼んでいるが、実際には棚の用途は融通がきく場合も多い。たとえば、本棚は本来は本を置くためのものであるが、実際には趣味の品を観賞するために並べておくという利用法もある。食器棚は食器を置くのに加えて、主婦がへそくりを隠すために使っている場合もある。
蔓棚は、蔓が這って茂ってできる状態を「棚」に見立てたものである。
歴史[編集]
日本での歴史[編集]
古くは、垂仁紀(4世紀)に「板挙、これをば拕儺(タナ)と云ふ」と記述されており、古代から言葉に変化はない。
平安貴族の什器=日用家具の一つとして、下段に両開きの扉が付いた棚である「二階厨子(ずし)」があり、上に「唾壺(だこ)」(唾を吐き入れる器)などを置いた[2]。また、「二階棚」も貴族にとって必需品であり、上に「半挿(はんぞう)」(湯や水を注ぐ器)を置いた。このように、平安期における棚は、器を置くものであった。
鎌倉時代になり、武家社会において書院造が登場し、南北朝から室町期に整えられていく過程で、床の間と共にその脇壁に設置された「違い棚」(「床脇棚」の一つ)が登場する事となる(壁設置式の棚)。江戸期では、客に合わせ、この違い棚にその人が好みそうな本などを置いてもてなした[3](古くは、上段と下段では置く物が決められていた)。近世江戸期に登場する「神棚」も分類的には、壁設置式の棚である。
「床脇棚」のような壁設置式棚の利点として、地震が起きた際、本棚のように人に向かって倒れたり、人めがけてぶつかって来るといった凶器とならない点があり、欠点としては、重量が大きいものは載せられないという点がある(棚下の空間を確保するその構造上、中腹部に脚立といった支えるものがない為)。
草庵の形式として、部屋の外に設置する「閼伽棚」が存在する(神棚と同様、宗教で用いられる棚であるが、神棚が部屋内に対し、閼伽棚は外に設置される)。
近代法制の成立によって、現在ではほとんど用いられなくなった棚もあり、一例として、「冠棚」がある。冠棚とは、元服時にかぶせられる冠を置く棚(日本では烏帽子が用いられたため、実質、「帽子棚」)をいう[4]が、近代以降、成人の定義を法的に定めたため、元服の文化自体がなくなり、冠棚の言葉自体、用いられなくなった(一部、行事で烏帽子が用いられる)。
日本の「見世棚」商法[編集]
商店において、道側に陳列台を造り、その上に品物(売り物)を載せ、道行く人に売る方法があるが、この陳列台を「見世棚(みせだな)」という[5]。言葉自体は鎌倉時代末頃より登場し、それは台を高くして「見せる」から「見世」となり、室町期になり、「店」となった[6]。この見世棚を用いた商法は、当時の中国・朝鮮にはあまり見られず、永享年間(15世紀初めから中頃)に来日した朝鮮通信使の朴瑞生(ぼくずいせい)が京都の町の様子を見聞した際の報告として、「日本の市の人々は店の軒に板を使って壇を設け、物を売るから塵にまみれず、買う人も見やすい。我が朝鮮の市では魚肉などの食物も地面に置いて売っている。日本の風にならって改良したいものだ」と見世棚について感心したことが記述されている。このことからも中世の日本において登場した見世棚が衛生上と商業上の両面で東アジア各国から見ても画期的だったことがわかる。以降、現代に至るまで、商品陳列に棚は欠かせない存在となっている。
近世では見世棚に関連した句も書かれており、松尾芭蕉の『薦獅子(すすめじし)』(冬)では、「塩鯛の 歯ぐきも寒し 魚(うお)の店(たな)」の一句が例。
棚に由来する神名[編集]
8世紀の『万葉集』巻10・2029番にも記される「織姫(たなばたつめ=はたおりひめ・おりひめ)」は、「棚機津女」とも記すが、その由来は、水辺に掛け造りした棚の上で、聖なる来訪者=神(孫星)を待って機を織っている婦人からきたという説があり[7]、古代から機織りのために水辺で棚が作られ、用いられていたと考えられている。
この棚の解釈については、棚状の建物(巨棚)の上で、神の嫁となる神聖な女性が神が訪れるのを待つ「水神の祭り」が源流であったとする説もあり[8]、日本古来の宗教行事と棚が深く繋がっていたことを示す。『古事記』に記載される足一騰宮(東征以前の神武帝をむかえるために築かれた宮)の構造についても、『古事記伝』の解釈に従うなら、棚に似た形式であり、ウサツヒコがこの宮=巨棚を建てたのは、神を祀る形式であり、カムヤマトイワレヒコを神として迎えいれ、もてなしたことになる。このように古代日本では、海・河・池などの水辺に「棚造り」の建物を築いていたと想定される[9](祀る形式としては社より古いことになる)。
備考・その他[編集]
- 階段状になったものを棚と表現する事もある。大陸棚、棚田など。ただし、雛人形を飾る「雛壇」(これも階段状の棚板)は通俗的には棚と呼称されない。
- 和美術の分類で棚などに配置する事を目的として作られた作品を「棚物」という。例として、「盆栽棚」がある(盆栽の項に複数棚の画像が見られる)。
- 棚という語を用いた日本のことわざとして、「棚に上げる」、「棚から牡丹餅」などがある。
- よく用いられる家具であることから、へそくり(資金)を隠す場所に選ばれる面がある。類例として、落語の演目『水屋の富』において、当たった富くじの大金をどこに隠すかで、「戸棚や神棚に隠すべきか(泥棒の裏の裏をかいている内にコロコロ変わる)」と悩む語りがあり、近世頃から資金を隠す場所として諸々の棚がポピュラーであったことがわかる。
- 棚は建物の内外に設置されるものが身近であるが、近代以降の鉄道車両、バス、船舶、旅客機といった乗り物にも座席上部に手荷物用の棚が設置されている。鉄道車両の場合は、板で組まれた棚から、揺れても荷物が落下しない「網棚」に代わり、その後は不燃化の要求で金属製(ステンレス製のパイプや網)となり、さらに意匠性の高い棚板(アルミや強化ガラス製)も現れた。ロングシートと称される座席配置の車両では、車体側面に片持ち式で取り付けられ、スタンションポール(つかみ棒)を経て座席袖に繋がっているのがほとんどである。手摺りを兼ねた脚で支えられているとも言える。
- 航空機では、扉が無く寸法の小さなものをハットラック、蓋付きの大容量のものをオーバーヘッド・ビン(ズ)(Overhead bins)などと呼ぶこともある。
- 本棚など大きく重たい棚は、地震の際、人に倒れて凶器となる恐れがあり、地震が多い日本などの国では、地震対策として固定器具といった関連商品が推奨されている。例として、「転倒防止(免震)マット(ゲル)」があり、歴史上、棚が人に倒れてくることが多かったゆえ発展した道具といえる。
- 釣り用語で狙う魚の遊泳層(深さ)を棚(しばしば「タナ」と表記)という。仕掛けを棚に調整することをタナ取り(またはタナ合わせ)という。
脚注[編集]
- ^ a b 広辞苑第六版【棚】
- ^ 『新訂 総合国語便覧』 第一学習社 ISBN 4-8040-3301-7 p.25.p.24に写真あり。
- ^ NHK系列番組 『美の壺』を一部参考
- ^ 参考・『広辞苑 第六版』 岩波書店、儒教四大礼式「冠婚葬祭」の冠に当たる。
- ^ 鈴木旭著 『面白いほどよくわかる 戦国史』 日本文芸社 2004年 p.49.
- ^ 同鈴木旭著 p.73より。
- ^ 参考・川口謙二著 『続 神々の系図』 東京美術 初版第8刷1996年(1刷1980年) ISBN 4-8087-0062-X p.143.
- ^ 倉林正次 『祭りの構造 饗宴と神事』 NHKブックス 1975年 p.29.
- ^ 同『祭りの構造』 pp.28 - 29
関連項目[編集]
- 家具
- 店 - 日本語における「みせ」「たな」の読みは、見世棚に由来する(上述)
- 精霊棚
- 茶棚 - 袋棚
- ワイヤーシェルフ(メタルラック、スチールラック、スチールシェルフ、ホームエレクター、マキーノ) - 棚の高さが自由に調整出来る組み立て式金属棚。止め具には円柱型プラスチックが用いられ、円柱型ポール棒および棚四方隅配置円柱型穴の3者が咬み合い固定される仕組みとなっている。棚はメッシュ構造である為、殆どの部品が金属製であるにも関わらず全体重量は同サイズの家具より比較的軽い。重量など物理的衝撃には頑丈な反面、棚留めにプラスチックを使用している為、火災がもたらす高温熱に対しては脆弱(留め具が溶解して、全体形状を保てず倒壊する)。主にホームセンターやDIY取り扱い店で販売されている。