漣川郡

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京畿道 漣川郡
位置
경기도 연천군.png
各種表記
ハングル: 연천군
漢字: 漣川郡
片仮名転写: ヨンチョン=グン
ローマ字転写 (RR): Yeoncheon-gun
統計
面積: 695.61 km²
総人口: 47,123(2006年1月1日現在) 人
行政
国: 韓国の旗 大韓民国
上位自治体: 京畿道
下位行政区画: 2邑8面
行政区域分類コード: 31350
漣川郡の木: ナツメ
漣川郡の花: チョウセンレンギョウ
漣川郡の鳥: ハト
自治体公式サイト: 漣川郡

漣川郡(ヨンチョンぐん)は大韓民国京畿道の北部にある郡である。郡の西部から北西部にかけて軍事境界線が通っている。

歴史[編集]

  • 1895年旧暦閏5月1日 - 漢城府漣川郡に改編。
  • 1896年8月4日 - 京畿道漣川郡に改編。
  • 1906年 - 江原道鉄原郡官仁面を編入。
  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、積城郡麻田郡朔寧郡の一部(乃文面・寅目面・馬場面を除く)・楊州郡の一部(嶺斤面)が漣川郡に編入。漣川郡に以下の面が成立(13面)。
    • 郡内面・郡南面・中面・官仁面・北面・西南面・東面・南面・積城面・嵋山面・旺澄面・百鶴面・嶺斤面
  • 1934年4月1日 - 東面・北面が合併し、朔寧面が発足(12面)。
  • 1937年 - 郡内面が漣川面に改称(12面)。
  • 1941年 - 嶺斤面を全谷面に改称(12面)。
  • 1945年8月15日 - ソ連軍管理下に置かれる。ただし、南面・積城面および百鶴面・全谷面の各一部は米軍管理下に置かれる(4面)。
  • 1945年11月4日 - 米軍管理下の南面・百鶴面・積城面・全谷面が坡州郡に編入。漣川郡消滅。
  • 1946年12月 - ソ連軍管理下の京畿道漣川郡漣川面・官仁面・中面・朔寧面・西南面・旺澄面・嵋山面・百鶴面・全谷面・郡南面、抱川郡青山面・蒼水面を江原道漣川郡として編成。
  • 1954年11月17日 - 収復地区臨時行政措置法により、漣川面・郡南面・官仁面・嵋山面・旺澄面・西南面・中面・朔寧面・全谷面・百鶴面を漣川郡として「収復」(8面)。
    • 坡州郡全谷面・百鶴面を編入し、「収復」された全谷面・百鶴面にそれぞれ統合。
    • 坡州郡積城面の一部が嵋山面に編入。
    • 西南面、長湍郡江上面が旺澄面に編入。
    • 朔寧面が中面に編入。
    • 長湍郡大江面・長道面および長南面の一部が百鶴面に編入。
  • 1963年1月1日(9面)
    • 江原道鉄原郡新西面を編入。
    • 長湍郡長南面が百鶴面に編入。
    • 坡州郡積城面の一部が全谷面に編入。
  • 1965年5月1日 - 百鶴面元堂出張所を設置。
  • 1979年5月1日 - 漣川面が漣川邑に昇格(1邑8面)。
  • 1983年2月15日(1邑8面)
    • 官仁面が抱川郡に編入。
    • 抱川郡青山面の一部を編入し、青山面が発足。
  • 1985年10月1日 - 全谷面が全谷邑に昇格(2邑7面)。
  • 1987年1月1日 - 嵋山面の一部が百鶴面に編入(2邑7面)。
  • 1989年1月1日 - 抱川郡官仁面の一部が漣川邑に編入(2邑7面)。
  • 1989年4月1日 - 百鶴面の一部(元堂出張所の管轄地域)が分立し、長南面が発足(2邑8面)。

行政[編集]

警察[編集]

消防[編集]

教育[編集]

高等学校[編集]

(すべて公立)

交通[編集]

鉄道[編集]

名所・観光スポット[編集]

  • キムチ村 - 青山面哨城里に2008年9月に開設。キムチ体験テーマパーク、キムチ博物館、多目的体験場、低音貯蔵庫などを備える[1]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]