抱川市

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京畿道 抱川市
포천 아트밸리 beeniru 15.JPG
採石場跡を利用した抱川アートバレーにある天柱湖
位置
抱川市の地図
各種表記
ハングル: 포천시
漢字: 抱川市
片仮名転写: ポチョン=シ
ローマ字転写 (RR): Pocheon-si
統計(2016年
面積: 826.5 km2
総人口: 154,763 人
世帯数: 68,354 世帯
行政
国: 大韓民国の旗 大韓民国
上位自治体: 京畿道
下位行政区画: 1邑11面2洞
行政区域分類コード: 31270
抱川市の木: マツ
抱川市の花: 九節草
抱川市の鳥: オシドリ
自治体公式サイト: 抱川市
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抱川市庁

抱川市(ポチョンし)は大韓民国京畿道の北部にある市である。

歴史[編集]

高句麗時代には馬忽郡があった。新羅時代には堅城郡となり、統一新羅に入り青城郡と呼ばれた。

高麗時代、当初は抱州が置かれ、後に抱川郡となった。当時は楊広道に属した。

李氏朝鮮の太宗の代、1413年に抱川県となり、19世紀末に抱川郡となった。

  • 1914年4月1日 - 郡面の統廃合により、永平郡抱川郡に編入。抱川郡に以下の面が成立。[1](12面)
    • 郡内面・加山面・内村面・蘇屹面・西面・新北面・青山面・永中面・蒼水面・永北面・一東面・二東面
  • 1938年1月1日 - 西面が抱川面に改称。[2](12面)
  • 1945年
    • 9月2日 - 米軍管理下に置かれる。ただし、永北面および青山面・蒼水面・永中面・二東面・一東面の各一部はソ連軍管理下に置かれる。[3](南11面、北6面)
    • 11月 - ソ連軍の管理下に置かれる抱川郡の地域をもって、永平郡を設置。
    • 11月4日 - 米軍政の下で行政区画を調整。[4](南8面、北6面)
    • 青山面が蒼水面に編入。
    • 永中面が新北面に編入。
    • 二東面が一東面に編入。
  • 1946年12月 - ソ連軍管理下の永平郡永中面・永北面・二東面・一東面が江原道鉄原郡に、青山面・蒼水面が江原道漣川郡にそれぞれ編入。ソ連軍管理下の永平郡は消滅。[5](8面)
  • 1953年7月27日 - 朝鮮戦争休戦に伴い、38度線以北を韓国が収復
  • 1954年11月17日 - 収復地区臨時行政措置法により、38度線以北地域の施政権が回復。12面に戻る。[6]
    • 青山面・永中面・永北面・二東面の行政機能を復活。
  • 1973年7月1日 - 抱川面塔洞里が楊州郡東豆川邑に編入。[7]
  • 1979年5月1日 - 抱川面が抱川邑に昇格。[8](1邑11面)
  • 1983年2月15日(1邑12面)[9]
    • 官仁面を漣川郡から移管。
    • 青山面の半分が漣川郡に移管、残りの半分が新北面に編入。
    • 内村面花峴出張所を花峴面に昇格。
  • 1996年2月 - 蘇屹面が蘇屹邑に昇格(2邑11面)。
  • 2003年10月19日 - 抱川郡が抱川市に昇格。[10][11](1邑11面2行政洞)
    • 抱川邑が2つの行政洞に分割。

行政[編集]

行政区域[編集]

行政洞・邑・面 法定洞・法定里
抱川洞 新邑洞、魚龍洞
仙壇洞 自作洞、仙壇洞、雪雲洞、東橋洞
蘇屹邑 松隅里、二東橋里、茂林里、梨谷里、直洞里、古毛里、二加八里、初加八里、茂峰里
郡内面 旧邑里、龍井里、柳橋里、左儀里、鳴山里、稷頭里、上城北里、下城北里
加山面 馬山里、甘岩里、坊築里、加山里、鼎橋里、金峴里、友琴里、麻田里
内村面 真木里、馬鳴里、陰峴里、内里、巣鶴里、薪八里
花峴面 花峴里、明徳里、芝峴里
新北面 加採里、機池里、新坪里、万世橋里、深谷里、渓流里、古日里、三星堂里、三政里、葛月里、琴洞里、徳屯里
永中面 梁文里、金珠里、居士里、城洞里、永平里、永松里
蒼水面 楸洞里、注阮里、可養里、伍佳里、姑蘇城里、雲山里、新興里
永北面 雲川里、自逸里、山井里、夜味里、紋岩里、大回山里、小回山里
一東面 吉明里、柳洞里、機山里、禾垈里、社稷里、水入里
二東面 場岩里、都坪里、燕谷里、芦谷里
官仁面 中里、三栗里、初果里、炭洞里、冷井里、射亭里

警察[編集]

消防[編集]

交通[編集]

鉄道は通っていない。

バス[編集]

観光[編集]

  • 山井湖水
  • 鳴声山
  • 韓佳園
  • 抱川アートバレー

姉妹都市[編集]

出身人物[編集]

  • 金裕宅(バスケットボール選手)

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 朝鮮総督府令第111号(1913年12月29日
  2. ^ 군청소재 면명을 군명에 따라 개정 동아일보, 1937.12.16.
  3. ^ 포천의역사 - 포천문화원
  4. ^ 군정법령 제22호 시,도직제(1945年11月3日
    시,도직제에는 '창수면청산면을 합면하고, 영중면신북면에 편입한다'고 규정되었지만, 영중면, 창수면, 청산면은 계속 유지되었다.(→양곡매입 면장회의 동아일보, 1948.10.22.)
  5. ^ 강원도의 행정구역 북한지리정보 강원도, 2017년 6월 25일 확인.
  6. ^ 법률 제350호 수복지구임시행정조치법(1954年10月21日
  7. ^ 大統領令第6542号 市・郡・区・邑・面の管轄区域変更に関する規定、1973年3月12日制定。
  8. ^ 大統領令第9409号 渼金邑等53個邑設置に関する規定(1979年4月7日
  9. ^ 大統領令第11027号 市・郡・区・邑・面の管轄区域変更及び面設置等に関する規定(1983年1月10日
    大統領令第11027号
    旧行政区画 新行政区画
    青山面哨城里、大田里、長灘里、宮坪里、白蟻里 漣川郡青山面
    青山面三政里、葛月里、琴洞里、徳屯里 抱川郡新北面の一部
    漣川郡官仁面 抱川郡官仁面
    内村面花峴里、明徳里、芝峴里 抱川郡花峴面
  10. ^ 法律第6928号 京畿道楊州市・抱川市都農複合形態市の設置等に関する法律(2003年7月18日
  11. ^ 大韓民国地方自治法第7条第2項の3による