武徳殿

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大内裏の図。オレンジ色の部分は武徳殿の位置

武徳殿(ぶとくでん)は、

  1. 平安時代大内裏にあった殿舎の一つ。
  2. 大日本武徳会の本部道場。1.に因んで「武徳殿」と名付けられた。全国各地(外地を含む)の武徳会の支部道場も「武徳殿」と名付けられた。

大内裏の武徳殿[編集]

宮中競馬などを観覧する際に用いられた。大内裏の西方に位置し、右近衛府右兵衛府の間を通り、殷富門に面していた。武徳殿の東は馬場宴の松原などが広がっていた。

大日本武徳会の武徳殿[編集]

明治28年(1895年)に設立された大日本武徳会の本部道場は、かつて大内裏にあった武徳殿に因んで「武徳殿」と名付けられた。
全国各地(外地を含む)の武徳会の支部道場も、本部に倣って「武徳殿」と名付けられた。地方の武徳殿は、第二次世界大戦以前は現在の都道府県立や市町村立の武道館に相当する機能を果たしていた。

現存する古い道場建築が少なくなっているため、現存するものは文化財としての価値が高いものがある。大日本武徳会本部の旧武徳殿京都府京都市左京区)では毎年、武徳祭大演武会が開催された。

現存する武徳殿[編集]

京都旧武徳殿
山梨県甲府武徳殿
芦北町立武徳殿
台南武徳殿
龍潭武徳殿
天津武徳殿
日本

台湾[編集]

州庁級武徳会支部
郡市級武徳会支所
街、庄級武徳会分会
刑務所系

中国[編集]

  • 天津武德殿(市指定文化財)

脚注[編集]

  1. ^ 青蓮院ブログ > 2月護摩のお話

関連項目[編集]

外部リンク[編集]