嘉義市

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中華民国 台湾省 嘉義市
別称: 諸羅山・桃城
Chiayi City Montage.png
時計回りに上から: 嘉義市の夜景、嘉義孔子廟蘭潭ダム湖、港坪運動公園体育館、射日塔国立嘉義大学
地理
Taiwan ROC political division map Chiayi City.svg
座標: 北緯23度29分0秒 東経120度27分0秒 / 北緯23.48333度 東経120.45000度 / 23.48333; 120.45000
面積: 60.0256 km²
各種表記
繁体字: 嘉義市
日本語読み: かぎし
漢語: Jiāyì Shì
通用: Jiayì Shìh
ウェード式: Chia¹-i⁴ Shih⁴
注音符号: ㄐㄧㄚ ㄧˋ ㄕˋ
片仮名転写: ジャーイーシー
台湾語: Ka-gī-chhī
客家語: Kâ-ngi-sṳ
行政
嘉義市旗
嘉義市徽
嘉義市旗
嘉義市徽
行政区分: 省轄市
上位行政区画: 台湾省
下位行政区画: 2区
政府所在地: 嘉義市東区中山路199号
嘉義市役所
嘉義市長: 涂醒哲(Green Taiwan in White Cross.svg民主進歩党
公式サイト: 嘉義市政府
情報
総人口: 270,463 人(2016年4月)
戸数: 98,681 戸(2016年4月)
郵便番号: 600
市外局番: 05
嘉義市の木: 洋紫(バウヒニア)
嘉義市の花: 洋紫

嘉義市(かぎし/ジャーイーし)は、嘉義都市圏の中心都市、台湾南部に位置する(日本の中核市に相当するけど、その下に市轄区が置かれる広域普通地方公共団体)で、南部地方第三の都市である。市政府(日本の市役所に相当する。)所在地は東区

歴史[編集]

嘉義市の旧称は諸羅山(Tirosen)である。台湾原住民平埔族ホアニア族ロツァ支族の集落「ツウロウサン」と台湾語音が類似する諸羅山社 (Chu-lo5-san) に宛てた。別称には桃城があるが、これはこの地に築城された古城が桃に似ていたことから命名された。現在でも古城が位置した中央七彩噴水一帯を桃仔尾と称している。

諸羅山は中国大陸からの移民の拠点の一つとして発展した。1621年、福建漳州より顔思斉が笨港より上陸し付近の開墾に着手した。1624年、オランダ人による台湾統治が開始されると、当初は台南を中心にしていたが、その後諸羅山一帯の平埔族集落を占領すると、嘉義地区の経営にも着手した。

1661年鄭成功がオランダ勢力を駆逐、台湾に一府二県を設置した。2県は新港渓(現在の塩水渓)を境界とし、嘉義は天興県に属することとなった。1683年、台湾を領有した清朝は翌年台湾府を設置、3県を統括することとなり、嘉義は諸羅県の管轄とされ、県治は佳里興(現在の台南市佳里区)に設置された。1704年、県治が佳里興より諸羅山(現在の嘉義市)に移され、木柵の築城が見られた。雍正年間、知県の孫魯は木城を土城に改築、1727年には知県の劉良により門楼、砌水洞、砲座が設置された。このように防備を固めた県城は1786年林爽文の反乱が発生し諸羅城を10ヶ月に亘り包囲した際にも陥落することは無く、またこの際に城内の住民が清軍に協力して防衛したことから清朝より「嘉其死守城池之忠義(城を死守した忠義を嘉す)」との聖旨を受け。翌年11月3日に詔勅を以って「諸羅」を「嘉義」と改称した。1885年、台湾に省が設置されると、清朝は台湾に3府1直隸州11県3庁を設置、嘉義県は台湾府に帰属し、県治が嘉義市地区に設置された。

1895年下関条約により日本に割譲された台湾では、台湾総督府によりたびたび地方改制が実施された。1906年嘉義大地震が発生すると、清代に建築された県城は東門を除いて全壊する。災害復興に際し総督府は都市計画を実施し新生嘉義市の建設に力を注ぐこととなる。近代都市として再生された嘉義市は商業及び交通の発展により、南部地域の中心都市としての地位を確立することとなった。1920年の第8次改革では台南州嘉義郡の管轄下での地方自治が開始されることとなり「嘉義街」が成立した。その後も発展を続け、1930年には市に昇格する。

戦後、嘉義市は中華民国の省政府直属の省轄市に指定され、1950年の地方改制により県轄市に一旦改編されたが、1982年7月1日、再び省轄市に昇格し現在に至っている。

地理[編集]

嘉義市は台湾西南部の嘉南平原北端に位置し北回帰線が市内南部を通過している。東西約1.5km、南北約10.5kmであり、周囲は嘉義県に囲まれている。地形は東部の一部が竹崎丘陵地になっている以外は平原に属し、地勢は東から西にかけて緩やかな下り勾配を形成している。

主要河川には八掌渓朴子渓があり、それぞれ市内の南北を流れており、嘉義県との境界を形成している。土壌はきめ細かい粘土質であり保水性に乏しく、そのため水は八掌渓の蘭潭水庫及び仁義潭水庫より灌漑されている。

気候[編集]

気候は熱帯モンスーン気候に属し、気温は7月が最高、1月が最低であり、年間平均気温は23.3℃である。年間降水量は2,000mm、温暖な気候と豊富な降水量により農業が発展する有利な条件を有している。

Chiayi (1971-2000)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 21.8
(71.2)
22.0
(71.6)
24.7
(76.5)
27.9
(82.2)
30.3
(86.5)
32.2
(90)
32.9
(91.2)
32.2
(90)
31.6
(88.9)
29.8
(85.6)
26.9
(80.4)
23.7
(74.7)
28.0
(82.4)
日平均気温 °C (°F) 16.1
(61)
16.8
(62.2)
19.4
(66.9)
22.9
(73.2)
25.5
(77.9)
27.6
(81.7)
28.4
(83.1)
27.8
(82)
26.7
(80.1)
24.3
(75.7)
20.9
(69.6)
17.4
(63.3)
22.8
(73)
平均最低気温 °C (°F) 12.1
(53.8)
13.3
(55.9)
15.5
(59.9)
18.9
(66)
21.8
(71.2)
24.0
(75.2)
24.9
(76.8)
24.6
(76.3)
23.2
(73.8)
20.6
(69.1)
16.8
(62.2)
13.0
(55.4)
19.1
(66.4)
雨量 mm (inch) 27.6
(1.087)
57.7
(2.272)
62.2
(2.449)
107.6
(4.236)
189.2
(7.449)
350.7
(13.807)
304.3
(11.98)
422.1
(16.618)
148.9
(5.862)
22.7
(0.894)
12.2
(0.48)
20.9
(0.823)
1,726.1
(67.957)
平均降雨日数 (≥ 0.1 mm) 5.4 7.0 7.4 8.4 11.1 14.4 14.9 18.1 9.8 3.6 3.0 3.7 106.8
湿度 81.8 83.1 83.7 84.1 84.5 82.0 80.4 83.6 84.7 84.1 81.4 80.3 82.8
平均月間日照時間 153.2 121.8 143.0 150.3 156.8 176.9 208.6 184.1 186.9 174.0 151.7 158.7 1,966
出典: [1]

地域[編集]

嘉義市地域区分

年表[編集]

  • 1920年 - 行政区域改革により、嘉義庁嘉義区が台南州嘉義郡嘉義街となる。
  • 1930年 - 嘉義郡嘉義街が市制施行し、嘉義市が発足。
  • 1945年 - 国民党政府が台湾を接収後、嘉義市は省轄市となり台湾省に帰属するようになった。東門区西門区北門区南門区八獎区竹囲区北鎮区東山区八区を設置。
  • 1946年 - 行政区域調整が実施され、8区を6区に統合。(6区)
    • 東門区・東山区が合併し、新東区が発足。
    • 西門区・竹囲区が合併し、新西区が発足。
    • 南門区・八獎区が合併し、新南区が発足。
    • 北門区・北鎮区が合併し、新北区が発足。
    • 台南県嘉義区水上郷を編入、区制施行し、水上区となる。
    • 台南県東石区太保郷を編入、区制施行し、太保区となる。
1946年-1950年嘉義市地域区分
  • 1950年 - 行政区域調整が実施され、6区を4鎮2郷に統合(4鎮2郷)と台南県嘉義区・台南県東石区が合併し、嘉義県を設置。
    • 新東区が新東鎮に改称。
    • 新西区が新西鎮に改称。
    • 新南区が新南鎮に改称。
    • 新北区が新北鎮に改称。
    • 水上区が水上郷に改称。
    • 太保区が太保郷に改称。
  • 1951年 - 新東鎮・新西鎮・新南鎮・新北鎮が合併し、嘉義市を設置し、県轄市となる。
  • 1982年 - 嘉義市は県轄市より省轄市に昇格。
  • 1990年 - 区制施行し、東区西区二区を設置。

日本統治時代嘉義市の町名一覧[編集]

  • 新高町
  • 栄町
  • 山下町
  • 西門町
  • 宮前町
  • 新富町
  • 東門町
  • 末広町
  • 朝日町
  • 黑金町
  • 檜町
  • 堀川町
  • 北門町
  • 玉川町
  • 元町
  • 白川町
  • 南門町

歴代市長[編集]

氏名 所属政党 任期
初代 許世賢 無所属 1982年7月1日-1983年7月1日
代理 江慶林 Emblem of the Kuomintang.svg中国国民党 1983年7月1日-1983年12月15日
補選 張博雅 無所属 1983年12月15日-1985年12月20日
第2代 張博雅 無所属 1985年12月20日-1989年12月20日
第3代 張文英 無所属 1989年12月20日-1993年12月20日
第4代 張文英 無所属 1993年12月20日—1997年12月20日
第5代 張博雅 無所属 1997年12月20日—2000年5月22日
代理 陳麗貞 無所属 2000年5月22日-2001年12月20日
第6代 陳麗貞 無所属→Green Taiwan in White Cross.svg民主進歩党 2001年12月20日—2005年12月20日
第7代 黄敏恵 Emblem of the Kuomintang.svg中国国民党 2005年12月20日—2009年12月20日
第8代 黄敏恵 Emblem of the Kuomintang.svg中国国民党 2009年12月20日—2014年12月25日
第9代 涂醒哲 Green Taiwan in White Cross.svg民主進歩党 2014年12月25日—(現任)

交通[編集]

嘉義BRT
嘉義駅駅舎
嘉北駅駅舎
阿里山森林鉄路北門駅第二代の駅舎
種別 路線名 乗り場 その他
ROC Taiwan Railways Administration Logo.svg台湾鉄路管理局 縦貫線 嘉義駅(中心となる駅)、嘉北駅
ROC Forestry Bureau Seal.svg林務局阿里山森林鉄路 阿里山線 嘉義駅、北門駅
BRT Chiayi CIS (English Type 1).svg嘉義BRT 7211(BRT1)、7212(BRT2)
嘉義市公車 市区1、市区6、市区7
嘉義県市区公車 101、102、106、108
公路客運 嘉義客運の路線バス 中山総站(嘉義站)、嘉義市交先期交通転運中心、火車站
公路客運 嘉義県公共汽車管理処の路線バス 大雅站、嘉義站
公路客運 台西客運の路線バス 嘉義站、後湖站
公路客運 員林客運の路線バス 嘉義市先期交通転運中心、後湖站
国道客運(高速バス) 阿羅哈客運 嘉義市先期交通転運中心、嘉義北站
国道客運 和欣客運 嘉義市先期交通転運中心、嘉義交流道站
国道客運 国光客運 嘉義市先期交通転運中心、竹子脚站
国道客運 統聯客運 嘉義市先期交通転運中心、北港路站
国道客運 台中客運 嘉義市先期交通転運中心
国道 TWHW1.svg 国道1号 嘉義交流道(嘉義IC)
省道
Tai 1.svg
台1線
民雄郷 - 嘉義市 西区 - 水上郷
省道
Tai 18.svg
台18線
嘉義市 東区 - 嘉義市 西区 - 太保市
県道
Kendou 159(taiwan).svg
県道159号
太保市-嘉義市 西区 -嘉義市 東区 - 竹崎郷
県道
Kendou 159甲(taiwan).svg
県道159号甲線
嘉義市 西区 -嘉義市 東区 - 番路郷 - 竹崎郷
県道
Kendou 163(taiwan).svg
県道163号
嘉義市 西区- 水上郷

ショッピングセンター[編集]

教育[編集]

小学校[編集]

国民小学は日本の小学校に相当する。

中学校[編集]

国民中学は日本の中学校に相当する。

高等学校[編集]

高級中学・高級職業学校は日本の高等学校に相当する。

特別支援学校[編集]

特殊教育学校は日本の特別支援学校に相当する。

大学[編集]

国立嘉義大学新民キャンパスの正門

体育[編集]

2018世界大学野球選手権大会主開催地。

嘉義市国民民運動中心

催事[編集]

嘉義市の吹奏楽は台湾一番有名なので、管樂之都(吹奏楽の都)とも呼ばれる[2]

観光地[編集]

台湾基督長老教会嘉義西門教会礼拝堂
台湾基督長老教会嘉義西門教会礼拝堂の紹介(日本語は右)
檜意森活村
文化路夜市
蘭潭·月影潭心

名物[編集]

福義軒本店

(嘉義BRT新光三越遠東駅 徒歩約3分)

姉妹都市・提携都市[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ Statistics > Monthly Mean”. Central Weather Bureau. 2013年4月21日閲覧。
  2. ^ 嘉義市国際バンドフェスティバル” (日本語). 台湾観光年暦. 2018年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月4日閲覧。
  3. ^ [:zh]
  4. ^ “[【祝】 広島県尾道市と嘉義市が友好交流協定を締結 今年13件目の日台都市間提携 お知らせ-日台姉妹交流]” (日本語). 日本李登輝友の会. 2018年2月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年2月13日閲覧。
  5. ^ http://www.chiayi.gov.tw/2015web/04_hot_news/content.aspx?id=49954

関連項目[編集]

外部リンク[編集]