新開 (さいたま市)

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新開
—  町丁大字  —
桜環境センター
■新開の位置(埼玉県内)
■新開
新開
新開の位置
座標: 北緯35度50分48.12秒 東経139度37分11.22秒 / 北緯35.8467000度 東経139.6197833度 / 35.8467000; 139.6197833
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Saitama Prefecture.svg 埼玉県
市町村 Flag of Saitama, Saitama.svg さいたま市
桜区
地域 Urawa Saitama chapter.JPG浦和地区
人口 (2017年(平成29年)9月1日現在)[1]
 - 計 1,595人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 338-0834[2]
市外局番 048[3]
ナンバープレート 大宮

新開(しびらき)は、埼玉県さいたま市桜区町名。現行行政地名は新開一丁目から新開四丁目及び大字新開。住宅地のほか鴨川堤防に近い地域では墓地や桜環境センターが立地する。郵便番号は338-0834[2]

地理[編集]

さいたま市桜区南部に位置する。付近は概ね東を新開通、西を鴨川、南を鴻沼川、北を油面川に囲まれておりで、桜田、町谷、道場、南元宿(飛地)、関(飛地)、西堀(飛地)、田島に囲まれている。鴨川の旧堤防から東は田んぼが広がり、大雨になると川の水が氾濫し、昭和までは水害の常襲区域であった。地区内では堤防沿いに桜並木が多く見られる。

河川[編集]

小字[編集]

小字については本村、沖田、平野原などがある。

歴史[編集]

1590年天正18年)の小田原征伐により後北条氏方の岩槻城が落城し、城から落ち延びた旗本の士浪人が土着し一村を開いた。村は「新開村」(新たに開かれた村)とよばれ地名の由来となった。

開村当初は天領だったが1655年明暦元年)に氷川神社領となる。1694年元禄7年)に検地が行われた。後年、村民により平野原地区が開墾されたが、これらの地域は天領とされた。

1889年明治22年)4月1日に周辺の10カ村と共に合併して土合村となり、新開村は消滅し大字となる。その後、土合村は浦和市に、浦和市はさいたま市に吸収合併されたが、新開という地名は大字として残り現在に至っている。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
新開一丁目 490世帯 1,079人
新開二丁目 222世帯 491人
新開三丁目 20世帯 25人
732世帯 1,595人

明治年間の新開地区の人口

  • 15戸、男57人、女45人 計102人

小・中学校の学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

丁目 番地 小学校 中学校
新開一丁目 全域 さいたま市立新開小学校 さいたま市立田島中学校
新開二丁目 全域
新開三丁目 全域
新開四丁目 全域

施設[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b さいたま市の人口・世帯(時系列結果)”. さいたま市 (2017年9月5日). 2017年9月20日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月25日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ さいたま市立小・中学校通学区域一覧”. さいたま市 (2017年8月23日). 2017年9月20日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]