新田義雄 (香川県権令)

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新田 義雄(にった よしお、1843年2月20日(天保14年1月22日)- 1881年明治14年)5月3日[1])は、明治期の内務官僚。第二次香川県権令。初名・弘、通称・三郎、号・凌雲[1]

経歴[編集]

大和国添下郡郡山で生まれる[1]

明治政府に出仕し、郡山県大参事[2]兵部省七等出仕[2]左院五等議官[1]、少督学[3]、内務少丞[1]などを歴任。1875年10月24日、第二次香川県権令に就任し、1876年8月21日、同県が愛媛県に編入となり退官した[4]

1880年沖縄県久米島に渡航し病となり、翌年に死去した[1]

栄典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 『明治過去帳』新訂初版、150頁。
  2. ^ a b 「郡山県大参事新田義雄外一名兵部省七等出仕被命并御沙汰止ノ件」
  3. ^ 「少督学新田義雄内務少丞ニ被命ノ件 外」
  4. ^ 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』98頁。
  5. ^ 『太政官日誌』 明治7年 第1-63号 コマ番号110

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。
  • 大植四郎編『明治過去帳』新訂初版、東京美術、1971年(原著私家版1935年)。
  • 太政官「郡山県大参事新田義雄外一名兵部省七等出仕被命并御沙汰止ノ件」明治4年。国立公文書館 請求番号:本館-2A-018-00・任A00001100
  • 太政官「少督学新田義雄内務少丞ニ被命ノ件 外」明治7年。国立公文書館 請求番号:本館-2A-018-00・任A00019100