戦争を知らない子供たち

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戦争を知らない子供たち
ジローズシングル
リリース
規格 シングル
ジャンル フォーク
時間
レーベル エキスプレス/東芝音楽工業
作詞・作曲 作詞:北山修
作曲:杉田二郎
ゴールドディスク
チャート最高順位
ジローズ シングル 年表
戦争を知らない子供たち
(1972年)
青春のわかれ道
1972年
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戦争を知らない子供たち」(せんそうをしらないこどもたち)は、1970年に発表された、ジローズ(第二次)のヒット曲。作詞は北山修、作曲は杉田二郎

1971年2月5日にレコードが発売されるとオリコンチャート最高11位、累計で30万枚以上[1]を売り上げるヒット曲となった。ジローズはこの年の第13回日本レコード大賞新人賞を、北山修は作詞賞を受賞した。1972年公開の映画『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』では挿入曲として流れ、1973年には、この曲の歌詞を原案にした同名の映画が制作された。

解説[編集]

世はベトナム戦争の真っ最中であり(武力衝突開始1960年、終結は1975年。なお不正規戦争で宣戦も講和もない)、憲法の制約のある日本政府もアメリカ合衆国の戦争遂行に基地の提供といった形で協力していた。日本国内でも、一部の文化人学生を中心に、反戦平和運動は盛り上がりを見せていた。そのような中で発表されたこの曲は、日本における代表的な反戦歌となった。

大阪万博でのコンサートで初めて歌われた。

元々、歌詞が先に出来ており、北山は真っ先に盟友加藤和彦に作曲してもらおうと思ったら、鼻で吹いて突っ返されてしまい、やむなく杉田の元に持って行ったという(2002年11月17日ザ・フォーク・クルセダーズ新結成記念解散音楽會での北山の発言より)。加藤とは逆に杉田は、北山の詞に素直に感動し、喜んで曲を付けたという。その後も、北山は自身割り切れなさを感じることも多かったというこの歌詞に素直に曲を付け、胸を張って歌い続けた杉田の姿には励まされたと、5年後の杉田のシングル「男どうし」に寄せたコメントに書いている。

替え歌・パロディー[編集]

この楽曲には替え歌がいくつも存在する。ちなみに北山は、(替え歌を作られるのは)大好きだと発言している[2]

続編・オマージュ[編集]

教科書問題が話題になった1983年にきたやまおさむが続編「戦争を知らない子供たち'83」の作詞に取り組んだ。様々なミュージシャンに作曲を依頼したが、引き受けたのは、「花嫁」でコンビを組んだ坂庭省悟

高石ともや&ザ・ナターシャー・セブン」が1983年に京都市の円山公園音楽堂で行われた「第2回 コンサート 夏の時代」で歌唱・演奏。その日、ステージで曲の説明をした坂庭省悟(クレジットは「坂庭賢亨」名義)によると、作詞のきたやまおさむの原詩が長過ぎたことから、ザ・ナターシャー・セブン」バージョンに短縮して、編曲しなおしたという。

原曲は、きたやまおさむのライブでその後歌われ、CDブック『今語る あの時 あの歌 きたやまおさむ ―ザ・フォーク・クルセダーズから還暦まで―』(2007年)の付録CDに収録されている。

2002年、アフガニスタン戦争の状況にふれた今川夏如が、「戦争しか知らない子どもたち」を作詞・作曲。野田淳子や太田真季らがライブで歌い、CD化されている。

2010年、シンガーソングライターの中村中が、アルバム「少年少女」の中で「戦争を知らない僕らの戦争」という曲を発表した。

カバー[編集]

シングル盤データ[編集]

  1. A面 「戦争を知らない子供たち」 (3:04)
  2. B面 「愛とあなたのために」
    • 作詞:北山修、作曲:杉田二郎、編曲:馬飼野俊一

その他[編集]

1974年を舞台としたさくらももこ原作のアニメ『ちびまる子ちゃん』、1995年11月5日放送の『まる子文化祭へ行く』の劇中で、まる子が出掛けた文化祭のステージ発表で中学生がこの歌を歌っている。 2015年通販生活CMで歌われた。

脚注[編集]

  1. ^ 読売新聞』1992年7月29日付大阪夕刊、14頁。
  2. ^ 「六輔交遊録」『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』 TBSラジオ、2009年8月29日

外部リンク[編集]