平木浮世絵美術館

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平木浮世絵美術館 (ひらきうきよえびじゅつかん)は、平木信二浮世絵コレクションを展示していた館。現在は公益財団法人平木浮世絵財団がコレクションを管理し、各地の美術館・博物館へ展示企画や、貸出を行っている。

沿革[編集]

平木信二は、コレクションを広く公開し、かつ散逸を防ぐ為に、1971年12月に財団法人平木浮世絵財団を立ちあげ、全ての浮世絵を財団に寄贈した[1][注釈 1]。翌72年3月に文化庁より法人認可を得るが、平木は前年12月30日に亡くなっていた[3]。72年9月16日、東京都中央区銀座リッカーミシン本社ビルにて、「リッカー美術館」が、日本初の浮世絵美術館として開館した[5][6]

ところが1984年7月23日、リッカーは、東京地方裁判所和議を申請、事実上倒産する[注釈 2]。コレクションの散逸が危惧された[注釈 3][注釈 4]が、財団理事[5]水島廣雄が引き受けることとなり、1993年3月14日、神奈川県横浜市西区高島横浜そごう内に、「平木浮世絵美術館」の名称で再開館し[注釈 5]、不定期に『美術館便り』を発行した[7]

その後、横浜そごうは、他のそごうグループ同様、2000年7月12日に民事再生法の適用を申請、事実上倒産する[注釈 6]。美術館は2001年3月に閉館する[注釈 7]。 財団は、東京都港区新橋に移転するが、展示施設は無かった[注釈 8]

2006年10月に、東京都江東区豊洲アーバンドックららぽーと豊洲内に「平木浮世絵美術館 UKIYO-e TOKYO」として、展示活動を再開した[注釈 9]が、2011年3月11日の東日本大震災で、施設が被害を受けたこともあり、海に近い場所で展示するのは危険との考えに至り[注釈 10][注釈 11]、2013年3月24日に休館[9]、そのまま閉館となった。

それ以降、自前の展示施設を持たないが、展覧会を企画し、各地の博物館・美術館に、年1回以上出展されている[10][注釈 12]

なお、公益法人制度改革関連3法により、2013年4月1日、「財団法人平木浮世絵財団」から、「『公益』財団法人平木浮世絵財団」に名称変更した[11]

財団ホームページ(下記参照)のトップページでは、「平木浮世絵美術館」のままになっている[注釈 13]

コレクション[編集]

平木が浮世絵に興味を持ったのは、20歳ころ、則ち1930年頃である。蒐集を始めるのは、太平洋戦争後で、藤懸静也高橋誠一郎から、浮世絵の海外流失を憂える話を聞いたからだった[12]。コレクションが巷間に知れ渡ったのは、1960年代前半、「斎藤コレクション」と「三原コレクション」を一括して買い取ったことによる[1]

前者は、京都の松木善右衛門が、明治期に国外に売却するため、国内各地から浮世絵を買い取っていたが、そのうち、良品と呼べるものを売らず、自身の手元に置くようになる。それらは1924-25年に『浮世絵版画精粋』として発刊する[13]が、その直後に手放される。渋沢栄一はそれを憂慮し、神田銀行頭取の神田鐳蔵に相談、購入させる。ところが1927年の金融恐慌で再度流失、宮城県仙台市斎藤報恩会の手に渡るが、1943年に大坂の洋服店主、木村貞造の下に納まる[14]。  

後者は、日本郵船株式会社の重役であった三原繁吉が蒐集したもの[3]で、斎藤コレクションほどの移動は無かったが、こちらも木村貞造に渡ることとなり[15]、そして両者を平木が買い取るのである。

1963年にリッカービル新館が落成し、そこで平木はコレクションを公開した。それ以降は、浮世絵の歴史を辿れる系統的な蒐集を心掛け[1]、結果、菱川師宣杉村治兵衛の最初期浮世絵[16]から、小林清親[17]楊洲周延 [18]等の明治浮世絵、川瀬巴水吉田博らの大正昭和期の新版画 [19]前川千帆らの昭和創作版画 [20]まで手を広げることとなり、重要文化財4件11点[3]重要美術品380点[1]を含む、約6000点[21]のコレクションを形成するのである。

収蔵品[編集]

重要文化財[編集]

  • 鳥居清倍 「市川團十郎の暫」大々判 丹絵 宝永年間(1704-11年)頃 大田南畝旧蔵。
  • 石川豊信 「花下美人」大々版 漆絵 延享年間(1744-48年)。
  • 鳥居清長 「大川端夕涼み」大判 錦絵 1784(天明4年)頃。
  • 歌川広重 「江戸近郊八景」大判 錦絵 「吾嬬杜夜雨」「玉川秋月」「池上晩鐘」「芝浦晴嵐」「行徳帰帆」「羽根田落雁」「小金井橋夕照」「飛鳥山暮雪」の8枚揃 大判 錦絵 1837-38年(天保8-9年)頃。

以上、[3]

重要美術品[編集]

  • 杉村治兵衛 「小式部内侍」 大々版 墨摺筆彩 貞享年間(1684-88年)頃。
  • 懐月堂度繁 「立美人」 大々版 墨摺絵 正徳年間(1711-16年)頃。
  • 鈴木春信 「座敷八景」 中版 錦絵 8枚揃 1766年(明和3年)頃。
  • 鳥居清長 「六郷渡船」大判2枚続 錦絵 1784年(天明4年)頃。
  • 窪俊満 「六玉川の内 高野」 大判 錦絵 1785-89(天明5-9年)年頃。
  • 東洲斎写楽 「二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉」 大判 錦絵 1794年(寛政6年)。
  • 鳥高斎栄昌 「郭中美人競 若松屋内緑木」 大判 錦絵 1795-96年(寛政7-8年)。
  • 一楽亭栄水 「兵庫や内月岡」 大判 錦絵 享和年間(1801-04年)頃。
  • 鳥園斎栄深 「鷹匠」 大判 錦絵 寛政年間後期(1795-1801年)頃。
  • 鳥文斎栄之 「上野三枚橋」 大判錦絵3枚続 1793年(寛政5年)頃。

など[22]

浮世絵以外[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 平木は江戸時代後期以降の南画や、明治時代末期以降の「日本画」も所有していたが、こちらは東京国立博物館に寄託した[2][3]。他に陶磁器も蒐集していた[4]
  2. ^ 朝日新聞』1984年7月24日朝刊。
  3. ^ 先述の通り、美術館は財団法人化されているので、株式会社のリッカーとは別組織であり、所蔵品が差し押さえられることは、無い。但し、東邦生命社長で、太田記念美術館理事長の太田新太郎は、リッカー側に所蔵品管理を申し出ている。また文化庁は、「国が買い上げた方がいいのでは」と発言している。『朝日新聞』1984年8月5日朝刊3頁。
  4. ^ 法人は設立当初、リッカー株を所有していたが、1977年以降、国債に買い替え、倒産時には所有していなかった。『日本経済新聞』1984年9月12日付朝刊32頁。
  5. ^ 『日本経済新聞』1993年2月14日地方経済欄。
  6. ^ 『日本経済新聞』2000年7月12日神奈川県版。
  7. ^ 財団事務所に確認する。
  8. ^ 『日本経済新聞』2003年6月27日朝刊44頁。
  9. ^ 『日本経済新聞』2006年8月23日夕刊24頁。
  10. ^ 財団事務所に確認する。
  11. ^ 但し、同年8月発行のミニコミ誌において、同館学芸員は「幅広い年齢層に見ていただけそうな新興都市豊洲に移転してきました。」と答えている[8]
  12. ^ 展覧会(公益財団法人平木浮世絵財団主催)”. 2020年7月30日閲覧。
  13. ^ 財団事務所に確認したところ、名称は「美術館」ではなく、「財団」を使ってほしいとのこと。ホームページが「美術館」のままなのは、そこまで手が回らないとのこと。

出典[編集]

  1. ^ a b c d 田中 1975, p. 129.
  2. ^ 田中 1975, pp. 128-129.
  3. ^ a b c d e 森山 2020, p. 14.
  4. ^ 中央大学 2009, p. 8佐藤光信「平木コレクションについて」
  5. ^ a b リッカー 1972.
  6. ^ 田中 1975, p. 125.
  7. ^ そごう 1994.
  8. ^ 無署名 2011, p. 20.
  9. ^ 財団 2013, p. 7.
  10. ^ 財団 2013, pp. 2-3.
  11. ^ 財団 2013, pp. 1、8.
  12. ^ 平木 1966, p. 1.
  13. ^ 松木 1924.
  14. ^ 田中 1975, pp. 126-128.
  15. ^ 田中 1975, pp. 127.
  16. ^ 佐藤 2020, pp. 20-22.
  17. ^ 池田 1971.
  18. ^ UKIYO-e 2012.
  19. ^ 佐藤 2014.
  20. ^ リッカー 1977.
  21. ^ 森山 2020, p. 15.
  22. ^ 松村・森山 2020, pp. 290-309.
  23. ^ 山口 2007.
  24. ^ 池田 2015, pp. 311-312.

参考文献[編集]

  • 松木善右衛門編『浮世絵版画精粋』4巻、松木善右衛門、1924年。解説編のみ1925年刊行。
  • 平木信二「私と浮世絵」『浮世絵5 平木コレクション 清長編 付録』高橋誠一郎編、毎日新聞社、1966年9月、1頁。
  • 池田英泉、ほか『浮世絵20 平木コレクション 英泉・国貞・国芳・芳虎・貞信・清親編』毎日新聞社、1971年。
  • 財団法人平木浮世絵財団・リッカー美術館編『開館記念展 浮世絵師とその系譜』、1972年9月16日。
  • 田中日佐夫「戦後美術品移動史31-平木信二の浮世絵蒐集」『芸術新潮』第307号、1975年7月1日、 124-129頁。
  • 財団法人平木浮世絵財団・リッカー美術館編『前川千帆名作展』平木浮世絵財団・リッカー美術館、1977年9月9日。
  • 財団法人平木浮世絵美術館『美術館便り』第1号、財団法人平木浮世絵財団・平木浮世絵美術館、1994年10月10日、 12号(2000年7月1日)まで発行確認。
  • 山口真理子「伊藤若冲の「著色花鳥版画」研究」『鹿島美術財団年報・別冊』第24号、2007年11月15日、 454-464頁。
  • 中央大学文学部編『浮世絵百華-平木コレクションのすべて 中央大学創立125周年記念特別展』、2009年11月。たばこと塩の博物館開催。
  • 無署名「アートの時間を楽しもう-平木浮世美術館UKIYO-e TOKYO」『深川』第202号、2011年8月25日、 29-31頁。
  • 財団法人平木浮世絵財団編『没後100年楊洲周延』財団法人平木浮世絵財団・平木浮世美術館UKIYO-e TOKYO、2012年9月1日。
  • 財団法人平木浮世絵財団編『平木浮世美術館のあゆみ』、2013年。
  • 佐藤光信監修『美しき日本の風景 川瀬巴水と吉田博を中心として 平木コレクション』平木浮世絵財団、2014年3月15日。
  • 池田芙美「花鳥版画」『若冲と蕪村サントリー美術館編、読売新聞社、2015年3月18日、311-312頁。ISBN 978-4-903642-19-2
  • 佐藤光信監修『The UKIYO-E 2020 日本三大浮世絵コレクション』日本経済新聞社ほか、2020年7月23日。東京都美術館開催。
    • 森山悦乃「平木コレクションについて」『The UKIYO-E 2020 日本三大浮世絵コレクション』、2020年7月23日、14-15頁。
    • 松村真佐子、森山悦乃、ほか「出品目録・主要作品解説」『The UKIYO-E 2020 日本三大浮世絵コレクション』、2020年7月23日、290-330頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]