前川千帆

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前川 千帆(まえかわ せんぱん、1888年10月5日 - 1960年11月17日)は日本版画家漫画家

来歴[編集]

1888年、京都市に石田政七の三男に生まれる。名は重三郎。1904年に父政七が死去すると、母方の親戚前川氏を名乗る。関西美術院浅井忠鹿子木孟郎洋画を学ぶ。その後、上京して東京パック社に勤め、1918年には読売新聞社に入り、漫画を専門に描き、次第に漫画家として認められる。その傍ら、木版画を製作、1919年には第1回日本創作版画協会展に「病める猫」を出品している。その画風は飄逸な持ち味を持ち、生活的な風景画など個性的なものであった。日展帝展にも作品を出品しており、日本版画協会創立時の会員で、同協会の相談役も務めた。1960年11月、幽門狭窄の手術を行った後、17日に心臓衰弱により没した。

作品[編集]

  • 「雪の余呉湖」 木版画 1924年
  • 「梅林」 木版画 1927年
  • 「軽井沢外人街」 木版画
  • 「日本の民俗図譜 浦佐の裸祭り」 木版画 ボストン美術館所蔵 1946年

参考文献[編集]