帷子川

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帷子川
Katabira River running through Kanagawa, Japan 2013-09-20.JPG
帷子川(2013年9月20日、柳橋付近にて撮影)
水系 二級水系 帷子川
種別 二級河川
延長 17 km
平均流量 -- /s
流域面積 57.9 km²
水源 神奈川県横浜市旭区若葉台
水源の標高 100 m
河口・合流先 横浜港
流域 神奈川県横浜市
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帷子川(かたびらがわ)は、神奈川県横浜市を流れる二級河川。工業用水三級。

地理[編集]

帷子川本流の全域が神奈川県横浜市内を流れている。旭区若葉台団地に隣接し国道16号との間に挟まれた上川井町の警察犬訓練施設脇の畑と産業廃棄物埋め立て地に源を発し、源流から程ない場所に二重構造の人工河川として「上川井町小川アメニティ」が整備されている[1]。ここに湧き水のように見える排出口の開いた穴のついた岩があるが、これは人工河川用の揚水ポンプであり、自然の源泉ではない。その側にコンクリートで河岸の固められた細い本流があり、それを遡ると源泉にたどり着く。

保土ケ谷区を南東に流れ、西区みなとみらい地区神奈川区ポートサイド地区にまたがる場所で横浜港に注ぐ。

もともとは蛇行の激しい暴れ川で水害の多い川であったが、多くの地点で連綿と河川改良が進められた。近年、川の直線化や護岸工事など大規模な改修が進められ、西谷から横浜駅付近に流す地下分水路や、親水公園、川辺公園などが造られた。

保土ケ谷区上星川付近には、かつて捺染業が多く存在した。この染色・捺染の染料を流すこと(生地を水に晒す工程)や周辺の生活排水や工場廃水などが増え始め、一時期は汚染が進んだ。また、上流域の旭区にゴミ処理場があり、その影響も心配された。しかし、近年の環境問題に社会の関心が向いたことにより下水道の普及など状況は改善されつつあることや魚の放流などもなされた結果、自然が戻りつつあり、アユや神奈川県でも珍しいギバチも確認されている[2]

また、平成27年度の神奈川県調査によるとBODは年平均して0.97であり、これは環境省基準のAAクラスの水質である。横浜市内でトップクラスの水質の良さと言える。[3][4]

横浜駅付近の川沿いには十数軒のトタン製のおでん屋台が軒を連ねており名物となっている。付近には警察からの「無許可営業の店舗は撤去する」旨の警告看板が立っているが、実態はどの店も数十年来営業を続けている。

流域の自治体[編集]

神奈川県

歴史[編集]

  • 平安時代:袖ヶ浦と呼ばれた入り海が、現在の横浜市保土ケ谷区東端部まで湾入しており、現天王町付近の河口は帷子湊(かたひらみなと)と呼ばれ、橘樹神社付近は「かたひらの宿」「かたひらの里」として栄えた。
  • 江戸時代:河口に河岸があり、薪炭などの物流の地として栄えた。
  • 1707年宝永4年):富士山の大噴火による降灰で川筋が埋まり、河口も下流へ移動。現浅間町付近に新河岸が成立、旧河岸と対立を深める。
  • 1732年享保16年):川幅と河身の改修工事が行われる。こののち、明治時代にかけて袖ヶ浦の埋め立てが進み、平沼等が成立。埋め立て地に帷子川本流と新田間川・派新田間川・石崎川・幸川が残され、さらに一部はその後埋め立てられた。
  • 明治時代:スカーフの輸出増大を受けて、染色・捺染工場が集まる。八王子からの「絹の道」が通り、天王町が栄えた。
  • 1923年大正12年)9月 関東大震災後:国の復興事業として改修工事が行われる。
  • 1958年昭和33年):台風22号(狩野川台風)による水害
  • 1970年度(昭和45年度):都市基盤河川改修事業による改修工事が行われる。
  • 1982年度(昭和56年度)〜1996年度(平成8年度):地下トンネルと帷子川分水路が整備される(神奈川県・横浜市の事業)。
  • 2004年(平成16年)10月:台風22号により、横浜駅西口付近で氾濫。飲食店街地下部分が水没した。

名称の由来[編集]

現在の横浜市保土ケ谷区天王町一帯は片方が山で、片方が田畑であったため、かつては「かたひら」と呼ばれていた。その地を流れていたので「かたびらかわ」と呼ぶようになったともされているが、名称の由来については諸説ある。

神奈川の名称の由来説[編集]

神奈川の地名の由来は、帷子川(かたびらがわ)へ関東ロ-ム層のなかの酸化した鉄分が流れだし 川をあかがね色に染めるからだといい「金川」と書くこともあるとする説もある。 神奈川の名称は文永三年(一二六六)五月の鶴岡八幡宮文書に「神奈河郷」として史上にあらわれる。神奈河郷は東京湾に注ぐ帷子川の河口を中心に数十村で形成する湊の郷村であった。江戸時代には四〇カ村を含む地域名”神奈川”となり、東海道にそった集落が神奈川宿と定められ、水陸交通の要地となった。 明治元年(一八六八)九月、明治政府は神奈川宿を中心に方一〇里の土地を管轄していた神奈川府を神奈川県と改称した。 これが県名神奈川のはじまりだが、管下の土地は旧幕領であったため分散していた。 明治五年二月、神奈川県は西は相模川、東は多摩川、北は多摩郡の地域を管下におさめ、 同九年五月伊豆国をのぞく足柄県を合併、同二十六年四月の三多摩分離まで最大の県域であった。(「神奈川県の歴史」 旧版より引用)

並行する交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

観光[編集]

公園・散歩道・その他スポット

支川・派川[編集]

支川
  • 二俣川
  • 中掘川
  • 新井川
  • くぬぎ台川
  • 市沢川 - 市沢谷戸から陣ヶ下渓谷を形成する。
  • 矢指川
  • 今井川
派川
  • 帷子川分水路 - 上流の旭区白根町付近から分水し、下流の神奈川区で派新田間川に合流する分水路(地下トンネル)。
  • 石崎川
  • 新田間川
    • 派新田間川(新田間川の派川)
    • 幸川(新田間川下流と帷子川を結ぶ)

生物[編集]

魚類
鳥類
植物
その他

その他[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 帷子川の源流までってどうなってるの?(はまれぽ.com 2013/08/05)
  2. ^ “旭区版 : 帷子川 : 絶滅危惧種「ギバチ」生息 : ボランティアグループが発見 水質改善の裏づけに”. タウンニュース (株式会社タウンニュース社). (2010年2月18日). オリジナル2013年7月24日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20130724123934/http://www.townnews.co.jp/0105/2010/02/18/19126.html 
  3. ^ . http://www.k-erc.pref.kanagawa.jp/suisitu/nenpyo/2015/3_iriegawa15.xls# 
  4. ^ 帷子川かたびらがわでアユが誕生 〜よこはまで初確認!〜(横浜市環境創造局)
  5. ^ 横浜市旭区 今川公園(いまがわこうえん) 横浜市旭区役所
  6. ^ 横浜市 旭区 帷子川親水緑道 横浜市旭区役所

関連・参考文献[編集]

  • 『廻国雑記』1486年(文明18年)1487年(文明19年) - 聖護院道興准后(しょうごいんみちおきじゅごう)が東国を回遊したときの記録。解説書に『廻国雑記 旅と歌』(栗原仲道 編 名著出版 2006年1月 ISBN 4-626-01701-0)がある。
  • 相鉄瓦版 第119号 2003年(平成15年)7月1日 連載「相鉄沿線時代物語 第16回 星川の巻」

外部リンク[編集]