小泉恒美

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小泉 恒美
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長野県
生年月日 (1942-07-05) 1942年7月5日
没年月日 (1990-06-02) 1990年6月2日(47歳没)
身長
体重
178 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 1961年
初出場 1962年
最終出場 1971年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

小泉 恒美(こいずみ つねよし、1942年7月5日 - 1990年6月2日[1])は、長野県[1]出身のプロ野球選手。ポジションは本来は一塁手だが、外野手もこなした。

来歴・人物[編集]

長野県岡谷工業高等学校3年時の1960年に春季北信越大会で準決勝に進出。試合の途中から投手として登板したが、チームは金沢市立工業高等学校の前に敗れた。夏の全国高等学校野球選手権長野大会でも敗退したため、在学中は甲子園球場の全国大会と縁がなかった。

卒業後の1961年南海ホークスへ入団[1]王貞治に似た一本足打法が持ち味で、入団5年目の1965年に、一塁手や右翼手として一軍公式戦69試合に出場した。10月13日の対東京オリオンズ戦(東京スタジアム)では、野村克也(この年に三冠王を獲得した正捕手)に代わる4番打者としてスタメンに起用されると、4打数1安打1打点という成績を残した。その一方で左投手に弱く、当時は予告先発制度NPBに導入されていなかったことから、1967年にはスタメンに偵察要員が使われた後に左翼手や右翼手として出場した試合が36試合にまで達していた。実際に試合の最初から出場したのは57試合で、5月末からは野村の前を打つ3番打者に起用。シーズン通算では、打率.249、本塁打9本というキャリアハイの成績を残した。

出場機会が減少した1970年のシーズンの終了後に、(NPBが「加盟全12球団の戦力の均等化」を目的にドラフト会議と同じ要領でこの年から1972年まで年に1回開催していた)プロ野球選抜会議(トレード会議)の指名対象(1球団が保有する支配下登録選手の20%に当たる)選手リストへ掲載されたところ、第1回の選抜会議で中日ドラゴンズから指名。一軍での実績が十分な選手としては珍しく、移籍金が生じない3巡目で指名されたことを受けて翌1971年に移籍した[1][2]ものの、結局はこの年限りで現役を引退した[1]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1962 南海 9 13 10 0 3 0 0 0 3 0 0 1 0 0 1 0 2 3 0 .300 .462 .300 .762
1963 3 2 2 1 1 0 0 1 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .500 .500 2.000 2.500
1964 12 13 13 0 4 2 0 0 6 2 0 0 0 0 0 0 0 6 0 .308 .308 .462 .769
1965 69 126 113 16 25 4 1 3 40 17 1 0 0 0 11 0 2 29 4 .221 .302 .354 .656
1966 17 10 10 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .100 .100 .100 .200
1967 108 358 333 31 83 15 2 9 129 38 2 0 0 1 23 0 1 46 6 .249 .300 .387 .687
1968 81 197 178 19 45 11 2 6 78 27 1 1 2 1 16 0 0 31 1 .253 .314 .438 .753
1969 74 189 177 16 49 2 1 5 68 24 1 2 0 3 7 1 2 18 7 .277 .312 .384 .696
1970 29 60 56 2 12 1 0 1 16 5 0 0 0 0 3 0 1 5 1 .214 .267 .286 .552
1971 中日 44 45 42 0 7 1 0 0 8 2 0 0 0 0 2 1 1 6 0 .167 .222 .190 .413
通算:10年 446 1013 934 85 230 36 6 25 353 116 5 4 2 5 63 2 9 146 19 .246 .300 .378 .678

背番号[編集]

  • 62 (1961年 - 1965年)
  • 9 (1966年 - 1970年)
  • 44 (1971年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、213ページ
  2. ^ “トレード会議”は「やる意味がない」とわずか3回で中止…現役ドラフトは現役ドラフトは同じ轍を踏むのか?”. デイリー新潮 (2022年11月27日). 2022年11月28日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]