大滝裕子

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大滝裕子(オオタキユウコ) 
出生名 太田裕子[1]
生誕 (1963-03-19) 1963年3月19日(54歳)
日本の旗 日本 山梨県
出身地 日本の旗 日本 山梨県甲府市
職業 ボーカリスト
ボイストレーナー
作詞家
作曲家
担当楽器 ボーカル
活動期間 1978年 -
レーベル エピックソニー(1978年 - 1981年)
CBSソニー(1987年 - 1991年
フォーライフレコード1992年 - 1995年

大滝 裕子(おおたき ゆうこ、1963年3月19日 - )は、日本歌手山梨県甲府市出身[1]血液型はAB型。

人物[編集]

弟がいる[2]。幼児期から岩崎宏美大橋純子等の歌唱力が高い歌手に憧れ、小学校の頃渡辺プロダクションの新人養成所東京音楽学院でボイストレーニングやダンスレッスンに励み、歌手になるための基礎を学ぶ。

1978年ミス・セブンティーンコンテスト』に応募し本選大会で尊敬する岩崎宏美の『二十才前』を歌い優勝。当時まだ中学三年だった。同大会参加者には松田聖子久保田早紀などがいた。1979年CBSソニー10周年記念アーティスト募集大会「ラブ・アイドル・アタック」でグランプリを受賞[2]。このコンテストがきっかけでエピックソニー渡辺プロダクションにスカウトされ1979年7月21日シングル『A BOY』でメジャーデビュー。キャッチフレーズは『ハレーション・シックスティーン』。当時わずか16歳とは思えぬパンチの効いた高い歌唱力で話題を浴びた。シングル5枚、アルバム1枚を発売する。

東海大学付属甲府高等学校中退[2][1]

1985年斉藤久美吉川智子とコーラスグループAMAZONSを結成。松任谷由実久保田利伸のコンサートツアーに参加し、高いコーラスワークが注目され、1987年11月21日CBS/SONYよりシングル『GLORIOUS GLAMOUROUS』でメジャーデビュー。シングル12枚、アルバム9枚を発売。

現在も、AMAZONSのメンバーとしての活動のほか、各種アーティスト(近年矢沢永吉平井堅スガシカオ郷ひろみ)のコンサートツアーのコーラス参加、ボイストレーナーとして活動中。また、郷ひろみ中山美穂などにも楽曲提供もしている。

略歴[編集]

  • 1978年 - ミスセブンティーンコンテストで優勝
  • 1979年 - CBSソニー10周年記念アーティスト募集大会「ラブ・アイドル・アタック」グランプリ受賞
  • 1979年 - 「A BOY」でデビュー
  • 1987年 - AMAZONSとして「GLORIOUS GLAMOUROUS」で再デビュー

ディスコグラフティー[編集]

シングル[編集]

以下エピックソニーより発売

  1. A BOY(1979年7月21日/品番:06・5H-16)
  2. ミリオン・キス(1980年2月25日/品番:06・5H-27)
    • ミリオン・キス - 作詞:康珍化、作曲:馬飼野康二
    • バタフライ - 作詞:康珍化、作曲:後藤次利
  3. YOKOHAMA24時(1980年8月21日/品番:06・5H-47)
    • YOKOHAMA24時 - 作詞:三浦徳子、作曲:岡本一生
    • YOKOHAMA・ヘッドライト - 作詞:康珍化、作曲:岡本一生
  4. 恋のウォーミング・アップ(1980年10月21日/品番:07・5H-54)
    • 恋のウォーミング・アップ - 作詞:三浦徳子、作曲:椎名和夫
    • 黄色いかぶと虫 - 作詞:康珍化、作曲:南佳孝
  5. 異性(1981年3月21日/品番:07・5H-71)
    • 異性 - 作詞:三浦徳子、作曲:筒美京平
    • P.S.アイ・ラブ・ユー - 作詞:三浦徳子、作曲:筒美京平
    ※「恋のウォーミング・アップ」と「異性」は、ヤクルトジョアのイメージソングとして使用された。

アルバム[編集]

以下エピックソニーより発売


※この他、『あぶない刑事』や『シティーハンター』などの挿入歌を担当。

主な出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c ラジオマガジンモーターマガジン社)1980年11月号 p.63 - 65 本人記事
  2. ^ a b c 週刊テレビ番組(東京ポスト)1981年2月13日号 p.32

外部リンク[編集]