喜多方ラーメン

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喜多方ラーメン(喜多方市)

喜多方ラーメン(きたかたラーメン)とは福島県喜多方市発祥のご当地ラーメンご当地グルメ)である。

2006年(平成18年)1月の市町村合併前の旧喜多方市では人口37,000人あまりに対し120軒ほどのラーメン店があり、対人口比の店舗数では日本一であった。札幌ラーメン博多ラーメンと並んで日本三大ラーメンの一つに数えられている[1]

特徴[編集]

スープは醤油味の透明な豚骨スープが基本で、あっさりした味わいである。豚骨のベースと煮干しのベースを別々に作り、それらをブレンドしたものを提供する店もある。醤油味がベースだが、店によっては味や味噌仕立てなど千差万別である。 麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、幅は約4mmの太麺、独特の縮れがあり、食感は柔らかい。具はチャーシューを主として、ねぎメンマなるとなどが一般的な構成である[2]

歴史[編集]

昭和初期、「源来軒」の藩欽星(ばん きんせい)が、中華麺に近い「支那そば」を打ち、屋台を引いたのが原点である[3]。当時は、戦争の影響による食糧難の時代でもあり、この「支那そば」は市民にとってご馳走であり、その味は市民生活に浸透していくこととなった[2]

その後、藩の「支那そば」作りのノウハウを継承する人間が増え始め、「満古登(まこと)食堂」「坂内(ばんない)食堂」など市内の多くの「食堂」が「支那そば(中華そば)」をメニューに出すようになった。このような流れから、現在も市内の多くのラーメン店が「○○食堂」という屋号を使っている[4][5]

喜多方市の観光の原点は「」から始まる。市内の写真館「金田写真荘」の金田実が四季を通して蔵の写真を500枚ほど撮り、その写真展を東京で開催したことで「蔵のまち喜多方」が浸透した。そのような流れの中、1975年(昭和50年)NHKが「新日本紀行」で蔵と人々をテーマにした「蔵ずまいの町 福島県・喜多方市」を放送したことで、喜多方を訪れる観光客が年間5万人から1983年(昭和58年)には20万人に急増した[4]

一方で観光収益の増大のためには、観光客の滞在時間の増加が課題となっていた。1982年(昭和57年)頃、市の商工観光課の職員は、団体の観光客の滞在時間増加を図るため、団体客のための昼食場所を探し始めたが、市内の日本料理屋には団体客を受け入れるスペースなどがないことから、ラーメン店に目をつけ、団体客用の昼食場所として観光業者に紹介を行った[4]

市が紹介したラーメン店は「まこと食堂」であったが、1杯数百円の安い値段のお店を昼食場所に紹介することに一抹の不安もあったことから、民放の関係者を「まこと食堂」に連れて行き、意見などを聞いたところ「まこと食堂」のラーメンが特徴的であるとのことから、民放のテレビ番組に取り上げられることとなった。1983年には県の観光連盟の仲介で日本交通公社(現JTB)の雑誌『るるぶ』で観光宣伝を仕掛け、PR記事1ページ分に喜多方ラーメンが紹介され、更に、NHKなどでも取り上げられたことから、喜多方ラーメンが全国的によく知られるようになった[4]

老麺会[編集]

1987年(昭和62年)、喜多方ラーメンがブームとなり一定の知名度を確立したことを受け、食堂(ラーメン店)・製麺業者・市・商工会議所が参加した、ラーメン関係業種懇談会が開催された。同会にて、ラーメン店のレベルアップ、伝統(太麺、平打ち、縮れ麺)の継承等を目的として「ラーメン会」の組織立ち上げが検討され、1987年3月4日、喜多方市の観光PRの一環として同業者団体「蔵のまち喜多方 老麺会(くらのまちきたかた らーめんかい)」が発足した。発足当時は任意団体であったが、活動の強化を図るため、2005年(平成17年)8月に協同組合へと組織変更されている[6]

喜多方市内(駅前、市役所、北町、三津谷、上三宮、熱塩加納周辺)に存在する店舗のうち、店先に「蔵のまち喜多方 老麺会」と描かれた紺色のノボリを設置している店舗が「老麺会」に所属している店舗であり、2015年10月現在、45店舗が所属している[6]

老麺会では不定期に「老麺会まっぷ」を発行している。これは老麺会に加盟する店舗を地図にまとめたものであり、観光PR用として老麺会に参加する店舗等において無料配布されているほか、老麺会の公式サイトにてPDFファイル形式でダウンロードすることが出来る[6]

商標登録を求めた訴訟[編集]

地域ブランド確立のため、老麺会は2006年に創設された地域団体商標制度に基づき、「喜多方ラーメン」の商標登録を目指したものの、特許庁は商標登録を認めないとの審決を行った。これを受けて、老麺会は審決取消しを求めた行政訴訟を提起した。

しかし、2010年10月に、第1審の知的財産高等裁判所は、老麺会への喜多方市内のラーメン店の加入率が低いこと、喜多方市外でもすでに普及している名称であることから、「喜多方ラーメン」が老麺会とその加盟店だけの商品・サービスとして広く認識されているとはいえず、特許庁審決を妥当であると判断し、取消請求を棄却する判決をした[7][8]上告受理の申立てを行ったものの、2012年1月31日に最高裁判所第三小法廷が上告不受理決定を行ったことから、老麺会の請求を棄却した知財高裁の判決が確定し、商標登録できないこととなった[9][10]

代表的な店[編集]

  • 源来軒(喜多方ラーメン発祥の店)
  • まこと食堂(喜多方ラーメンとして紹介された最初の店)
  • 坂内食堂(喜多方ラーメン坂内・小法師の母体店的存在)
  • まるや(初代老麺会会長の店)

脚注・出典[編集]

  1. ^ 住吉美紀 (2015年3月1日). “こんなにも喜多方ラーメンが愛される理由(わけ)”. キリンビバレッジ presents 私の別格. TOKYO FM 80.0MHz. 2015年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月11日閲覧。
  2. ^ a b <東北の麺>のどごし味わい多彩に”. 河北新報オンラインニュース (2015年9月15日). 2015年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月11日閲覧。
  3. ^ 誌上講演会「YEGフェア2003セミナー」“喜多方ラーメン”の仕掛け人の一人が語る「まちづくり」の秘訣 福島県地域づくりネットワーク21会長 山口和之氏”. 「商工とやま」H16年4月号. 2015年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月11日閲覧。
  4. ^ a b c d 冠木雅夫. “喜多方ラーメンよもやま話”. ゆうLUCKペン/蔵のまち喜多方老麺会. 2015年10月11日閲覧。
  5. ^ 冠木雅夫. “よろしければ呼んでみてください “喜多方ラーメンよもやま話””. 2015年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月11日閲覧。
  6. ^ a b c 喜多方老麺会とは”. 蔵のまち喜多方老麺会. 2015年10月11日閲覧。
  7. ^ 鈴木信也. “「喜多方ラーメン」という標準文字からなる地域団体商標としての登録出願が、出願人又はその構成員の業務に係る役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されているとはいえないと判断された事例 (知財高判平成22年11月15日,判時2115号109頁)”. 日本大学知財ジャーナルvol.5(2012年3月発行). 2015年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月11日閲覧。
  8. ^ 出願商標「喜多方ラーメン」拒絶審決取消請求事件 (PDF)”. 牛木内外特許事務所. 2015年10月11日閲覧。
  9. ^ “「喜多方ラーメン」商標登録認めず 最高裁”. 日本経済新聞. (2012年2月1日). オリジナル2015年10月11日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/xO0VQ 2015年10月11日閲覧。 
  10. ^ “「喜多方ラーメン」商標登録認めず「組合と加盟店だけの商品と認識されていない」最高裁”. MSN産経ニュース. (2012年2月1日). オリジナル2015年10月11日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/NiGPw 2015年10月11日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]