協同組合短期大学

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協同組合短期大学
大学設置 1955年
創立 1926年
廃止 1973年
学校種別 私立
設置者 学校法人中央協同組合学園[1]
本部所在地 東京都世田谷区八幡山1-9-22
学部 協同組合科
  通学課程
  通信教育部
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協同組合短期大学(きょうどうくみあいたんきだいがく)は、東京都世田谷区八幡山1-9-22に本部を置いていた日本私立大学である。1955年に設置され、1973年に廃止。 学生募集は1968年度まで[2][3]1973年6月28日 廃校[4]。現在、廃校キャンパス跡は食品スーパーに転用され[5]、敷地の片隅には石碑がある[6]

概要[編集]

大学全体[編集]

教育および研究[編集]

  • 協同組合短期大学は日本全国でただ一つの農業協同組合科をもち、協同組合本来の職業能力養成のみならず、農協及び農業者としてのスキルを発揮できるよう農業経営に必要な農業の合理化・農産物の加工貯蔵・流通機能の改善方法などのカリキュラムが組み込まれていた。

学風および特色[編集]

  • 協同組合短期大学は、日本農業界に果たす農業協同組合の機能の重大性に鑑みることの必要性から従来の産業組合学校を発展改組して設置された農業系短大である[2]
  • 教授陣には農協問題の権威者が多かった[2]
  • 農協委託学生制度や通信教育制度があった[2]
  • 男女共学だったが、男子学生の方が多かったことがうかがえる(年度別学生数から)。

入学試験について[編集]

沿革[編集]

  • 1926年 産業組合中央会附属産業組合学校を創設する[2]
  • 1955年 上記の学校を発展改組して協同組合短期大学農業協同組合科を設置。入学定員40名とする。
  • 1960年 通信教育部を設置。入学定員300名とする。但し、1964年設置の説もある[7]
  • 1962年 通学課程の入学定員を80名に変更。
  • 1965年 残存する記録上では、初の女子学生入学(年度別学生数から)
  • 1968年度を持って学生募集終了[8]。その翌年度からしばらく一旦募集停止して募集の再開を検討されていたようだが、結局再開されることはなかった。
  • 1969年 法人名を中央協同組合学園に改組される。
  • 1970年 キャンパスを船橋町816から八幡山へ移転[9]
  • 1973年6月28日 廃校[4]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

  • 東京都世田谷区八幡山1-9-22

当時の交通アクセス[編集]

象徴[編集]

  • 協同組合短期大学のカレッジマークは、縦に「大学」、「学」の部分の右側に「協」・左側に「同」の文字が全て篆刻化されたものとなっている[7]
  • 協同組合短期大学校歌があった。1960年11月に制定され、小林純一により作詞中田喜直により作曲された[10]

教育および研究[編集]

組織[編集]

学科[編集]

  • 農業協同組合科
    • 通学課程
    • 通信教育部

専攻科[編集]

  • なし

別科[編集]

  • なし

年度別学生数[編集]

通学課程[編集]

- 入学定員 総定員 学生数 出典
1955年 - 1957年 不明 不明 不明 [11]
1958年 40 80 男106 [12]
1959年 40 80 男105 [13]
1960年 40 80 男110 [14]
1961年 40 80 男111 [15]
1962年 40 120 男113 [16]
1963年 80 160 男126 [17]
1964年 80 160 男117 [18]
1965年 80 160 男126
女2
[19]
1966年 80 160 男133
女4
[20]
1967年 80 160 男134
女4
[21]
1968年 80 160 男121
女4
[22]
1969年 80 80 男121
女4
[23]
1970年 - - 男121
女3
[24]
1971年 - - - [25]
1972年 - - - [26]

研究[編集]

  • 『協同組合短期大学調査報告』(京都府立図書館または東京大学図書館に所蔵)
  • 『協同組合短期大学時報』(同上)
  • 『農民の階層分化と市場適応』(その1):佐藤治雄.・平川輝夫他著(協同組合短期大学出版。1958年
  • 同書(その3):美土路達雄.・佐藤治雄他著(協同組合短期大学出版。1958年)
  • 同書(その4):平川輝夫・美土路達雄他著(協同組合短期大学出版。1959年)其々農文協図書館に所蔵されている。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

大学関係者一覧[編集]

大学関係者[編集]

卒業後の進路について[編集]

就職について[編集]

  • 農協関連団体や農業経営者など農業に携わる職務に就いた人が多いものとなっていた[2]

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 平成23年度『全国短期大学高等専門学校一覧』263頁には「学校法人協同組合短期大学」と表記。
  2. ^ a b c d e f g h 1971年度受験用『全国短期大学案内』(梧桐書院)133頁より。
  3. ^ 但し、学生数から考えると、1970年度現在の学生数から(記録上)1968年度で募集終了というのは疑問がある(修業年限は2年)。
  4. ^ a b 平成23年度『全国短期大学高等専門学校一覧』263頁
  5. ^ 八幡山1-9-4にパワーラークスという名称のスーパーが設置されている。
  6. ^ 表に「協同組合学校教育ここに興る 宮部一郎著」が、裏には協同組合短期大学の設置前後の経緯が10数行に亘って記されている。
  7. ^ a b 1970年度用『全国短期大学受験要覧』(廣潤社)81頁より。
  8. ^ 1970年度受験用の『全国短期大学受験要覧』(廣潤社)によると、短大の募集停止は学園紛争によるものとなっている。
  9. ^ 昭和45年度版『総覧』33頁には「船橋町」となっているが、昭和47年度版『総覧』33頁には「八幡山」に変更されていることから。
  10. ^ 協同組合短期大学校歌
  11. ^ この年度における『総覧』が存在しないため。
  12. ^ 昭和34年度版『総覧』19頁
  13. ^ 昭和35年度版『総覧』17頁
  14. ^ 昭和36年度版『総覧』21頁
  15. ^ 昭和37年度版『総覧』21頁
  16. ^ 昭和38年度版『総覧』24頁
  17. ^ 昭和39年度版『総覧』26頁
  18. ^ 昭和40年度版『総覧』26頁
  19. ^ 昭和41年度版『総覧』29頁
  20. ^ 昭和42年度版『総覧』30頁
  21. ^ 昭和43年度版『総覧』31頁
  22. ^ 昭和44年度版『総覧』33頁
  23. ^ 昭和45年度版『総覧』33頁より。学園紛争のため、学生数の情報収集ができず、やむを得ず昨年度と同数となっている。
  24. ^ 昭和46年度版『総覧』33頁
  25. ^ 昭和47年度版『総覧』33頁
  26. ^ 昭和48年度版『総覧』33頁

関連項目[編集]

関連サイト[編集]