協同組合短期大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
協同組合短期大学
大学設置 1955年
創立 1926年
廃止 1973年
学校種別 私立
設置者 学校法人協同組合短期大学[注釈 1]
本部所在地 東京都世田谷区八幡山1-9-22[注釈 2]
学部 協同組合科
  通学課程
  通信教育部
テンプレートを表示

協同組合短期大学(きょうどうくみあいたんきだいがく、英語: Co-operative College[3])は、東京都世田谷区八幡山1-9-22[注釈 2]に本部を置いていた日本私立大学である。1955年に設置され、1973年に廃止された。

概要[編集]

大学全体[編集]

教育および研究[編集]

  • 協同組合短期大学は日本全国でただ一つの農業協同組合科をもち、協同組合本来の職業能力養成のみならず、農協及び農業者としてのスキルを発揮できるよう農業経営に必要な農業の合理化・農産物の加工貯蔵・流通機能の改善方法などのカリキュラムが組み込まれていた[2]

学風および特色[編集]

  • 協同組合短期大学は、日本農業界に果たす農業協同組合の機能の重大性に鑑みることの必要性から従来の産業組合学校を発展改組して設置された農業系短大である[2]
  • 教授陣には農協問題の権威者が多かった[2]
  • 農協委託学生制度や通信教育制度があった[2]
  • 男女共学だったが、男子学生の方が多かったことがうかがえる[注釈 4]

入学試験について[編集]

沿革[編集]

基礎データ[編集]

所在地[編集]

当時の交通アクセス[編集]

  • 1971年に“小田原線経堂駅または京王線桜上水駅から徒歩で約20分の場所にある”という旨の記事が存在する[2]。キャンパス跡地の最寄り駅は京王線上北沢駅であるが(徒歩15分程度)、当時のキャンパス周辺は農地や空地が多く、付近を通る希望丘通り環八通りなども開通しておらず、道路事情が現在と異なる点に注意する必要がある。

象徴[編集]

  • 協同組合短期大学のカレッジマークは、縦に「大学」、「学」の部分の右側に「協」・左側に「同」の文字が全て篆刻化されたものとなっている[4]
  • 協同組合短期大学校歌があった。1960年11月に制定され、小林純一により作詞中田喜直により作曲された[19]

教育および研究[編集]

組織[編集]

学科[編集]

  • 農業協同組合科
    • 通学課程 入学定員80名[20]
    • 通信教育部 入学定員300名[21]

専攻科[編集]

  • なし

別科[編集]

  • なし

年度別学生数[編集]

通学課程[編集]

- 入学定員[注 5] 総定員 学生数 出典
1958年 40 80 男106 [22]
1959年 40 80 男105 [23]
1960年 40 80 男110 [24]
1961年 40 80 男111 [25]
1962年 40 120 男113 [26]
1963年 80 160 男126 [27]
1964年 80 160 男117 [28]
1965年 80 160 男126
女2
[29]
1966年 80 160 男133
女4
[30]
1967年 80 160 男134
女4
[31]
1968年 80 160 男121
女4
[32]
1970年 - - 男121
女3
[33]
1971年 - - - [34]
1972年 - - - [35]

研究[編集]

  • 『協同組合短期大学紀要』[36]
  • 『協同組合短期大学調査報告』[37]
  • 『調査時報』[38]
  • 佐藤治雄.・平川輝夫他著『農民の階層分化と市場適応』[39]
  • 『肉牛の生産・経営および流通構造に関する研究』[40]ほか。

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

大学関係者一覧[編集]

大学関係者[編集]

卒業後の進路について[編集]

就職について[編集]

  • 農協関連団体や農業経営者など農業に携わる職務に就いた人が多いものとなっていた[2]

注釈[編集]

注釈グループ[編集]

  1. ^ a b 出典[1]。なお、学校法人産業組合中央会と表記されている資料もある[2]
  2. ^ a b 1971年に「船橋町816」にキャンパスがある旨の記事が存在する[18][2]が、住居表示施行による表示変更であり、移転したわけではない。跡地には学校設置を記念する石碑があり、表に「協同組合学校教育ここに興る 宮部一郎著」が、裏には協同組合短期大学の設置前後の経緯が10数行に亘って記されている。キャンパス跡地には、八幡山1-9-4にパワーラークス世田谷店(食品スーパー)が存在したが閉店し、2022年8月にコーナンPRO世田谷八幡山店(ホームセンター)が開店した。
  3. ^ a b 昭和44年度より学生募集停止[1][2]。なお短大の募集停止は学園紛争によるものとなっており、その翌年度からしばらく一旦募集停止して募集の再開を検討されていたようだが[4]、結局再開されることはなかった。
  4. ^ a b 年度別学生数から。

補足[編集]

  1. ^ 現在の文部科学省
  2. ^ 出典[9][10][11]
  3. ^ 産業組合中央会附属産業組合学校を発展改組。
  4. ^ 出典[14]。なお左記資料では、設置年月日が「昭和34年3月20日」と表記されているが、右記資料には記載がない[15]。なお、右記資料では1964年の設置とある[4]
  5. ^ 学生はその該当年度の5月1日時点でのデータである。

出典[編集]

  1. ^ a b 短期大学一覧 昭和45年度 (短期大学資料)より。
  2. ^ a b c d e f g h i j 梧桐書院'1970.8, p. 133.
  3. ^ 協同組合短期大学40年の歩み : 40周年記念アルバムより。
  4. ^ a b c 廣潤社'1969.10, p. 81.
  5. ^ a b 文部省大学局技術教育課'1974.
  6. ^ 全国百貨店専門店会商店会取引業者総覧 昭和32年版より。
  7. ^ 農業協同組合 (65)より。
  8. ^ 全国農業会清算史より。
  9. ^ 短期大学一覧 昭和30年度 (短期大学資料 ; 第13号)より。
  10. ^ 学校年鑑 1959より。
  11. ^ 学校法人一覧 昭和34年度より。
  12. ^ 農林弘報 (160)より。
  13. ^ 農業協同組合 1(3)(3)より。
  14. ^ 短期大学一覧 昭和35年度 (短期大学資料 ; 第24号)-通信教育課程-より。
  15. ^ 短期大学一覧 昭和34年度 (短期大学資料 ; 第23号)-通信教育課程-より。
  16. ^ 短期大学一覧 昭和37年度 (短期大学資料 ; 第30号)より。
  17. ^ 世田谷区:地番と住居表示実施前の住所(旧住所)
  18. ^ 晶文社'1967.8.
  19. ^ 協同組合短期大学校歌
  20. ^ 短期大学教育 (24)より。
  21. ^ 文部省学術局'1968.
  22. ^ 文部省'58, p. 19.
  23. ^ 文部省'59, p. 17.
  24. ^ 東京教育研究所'60, p. 21.
  25. ^ 文部省'61, p. 21.
  26. ^ 文部省'62, p. 24.
  27. ^ 文部省'63, p. 26.
  28. ^ 文部省'64, p. 26.
  29. ^ 文部省'65, p. 29.
  30. ^ 文部省'66, p. 30.
  31. ^ 文部省'67, p. 31.
  32. ^ 文部省'68, p. 33.
  33. ^ 文部省'70, p. 33.
  34. ^ 文部省'71, p. 33.
  35. ^ 文部省'72, p. 33.
  36. ^ 協同組合短期大学紀要より。
  37. ^ 協同組合短期大学調査報告より。
  38. ^ 調査時報より。
  39. ^ 農民の階層分化と市場適応 : 山梨県山梨農協調査中間報告より。
  40. ^ 肉牛の生産・経営および流通構造に関する研究より。

参考文献[編集]

全国学校総覧[編集]

全国短期大学高等専門学校一覧[編集]

短期大学受験案内(晶文社)[編集]

全国短期大学受験要覧(廣潤社)[編集]

短期大学案内(梧桐書院)[編集]

関連項目[編集]

関連サイト[編集]