京阪700系電車 (2代)

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京阪700系電車(2代)
京阪700系(2代)(樟葉 - 橋本間)
京阪700系(2代)
樟葉 - 橋本間)
基本情報
製造所 川崎車輌・川崎重工業[1]
主要諸元
編成 7両
軌間 1,435 mm
電気方式 直流600V (架空電車線方式
編成定員 1,030人
車両定員 先頭車140人
中間車150人
車両重量 33.0 t[2]
全長 18,700 mm
全幅 2,720 mm
全高 4,220[3] mm
台車 KS-18・NS-18・KRS-12・KS-6他
主電動機 直巻整流子電動機 TDK-517/2D
主電動機出力 90kW
駆動方式 吊り掛け駆動
歯車比 67:22 (3.045)
制御装置 電動カム軸式抵抗制御
ES-517
制動装置 自動空気制動
AMA-RL / ATA-RL
保安装置 京阪形ATS
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京阪700系電車(けいはん700けいでんしゃ)は、かつて京阪電気鉄道に在籍した通勤形電車

概要[編集]

600型・700型(いずれも初代)600系(2代)への車体更新が完了したのち、京阪線における最古参形式は流線形の前面形状が特徴であった1000型・1100型(いずれも2代)ならびに同形式の中間車である1200型・1500型(いずれも2代)の各形式となった[4]。これらは全車とも車内設備の近代化を完了し、淀屋橋延伸後は利用客増加に対応するため長大編成対応化を始めとした各種改造を施工しつつ運用されていたが、経年30年前後を経過して車体の老朽化が進行していたことに加え、車体幅2,550mmの狭幅車体と2扉構造が災いして急増する需要に対応することが困難となりつつあった。

これら4形式の代替と輸送力増強を目して、600系(2代)と同様の手法、すなわち代替車両より主要機器を流用し、車体を台枠より新製する形で誕生したものが本系列である。1967年(昭和42年)から1970年(昭和45年)にかけて7両編成6本[5]と中間電動車2両の計44両が落成したが、更新途上において1000型・1100型(いずれも2代)等と同一の電装品を搭載する60型「びわこ号」も本系列の新製に際して種車となり主要機器を供出した[6]。なお、本系列は全車とも新製名義で認可申請を受けており、主要機器を供出した各車両は本系列竣功と同日に廃車扱いとする手続きが取られている。

車体[編集]

前述のように、台枠より完全新製されたものである。新製された車体は600系(2代)を設計の基本とした全金属製軽量車体であり、裾絞りのない車体・2連ユニット窓で構成された側窓配置・他系列における両開扉よりも100mm狭い1,200mm幅の両開客用扉・扉枠一杯に広げられた大型の客用扉窓といった、機器流用・車体新製車固有の特徴は本系列にも継承されている。ただし、内部設計に関しては600系(2代)における大胆かつ過剰な軽量化設計の反省から、梁の省略を抑えるなど車体強度確保や耐久性にも留意した設計に変更された。もっとも、本系列においても床部の構造を一部簡略化するなどカルダン駆動車各系列とは異なった設計が採用されており、各車の自重は600系(2代)と同一値に抑えられている。

前面デザインは2200系に準じたものとされ、前照灯を前面上部左右に1灯ずつ配置し、前面左側の開閉可能窓の上下寸法が縮小されたことにより、600系(2代)とは印象が異なるものとなった。前面貫通扉部には貫通幌が設置されたものの、前述のように本系列は当時の京阪線における最大両数である7両固定編成で新製されたことから、実際に貫通幌が使用される機会はごく一時期に実施していた600系との連結の際などの程度であった。

側窓配置は600系(2代)に準じており、先頭車700型がd1D2・2D2・2D1(乗務員用扉:d、客用扉:D、各数値は側窓の枚数)、中間車750型・780型が2D2・2D2・2D2と両者で異なる点も同様である。ただし、側窓構造が600系(2代)の2段上昇式から上段下降・下段上昇式に変更され、下段の開口面積を縮小して保護棒を省略した[7]。その他、客用扉の窓縁に1900系新製車グループと同様のアルミ枠による縁取りが追加された点が特徴である。

車内の仕様は600系(2代)と同一である。すなわち、大天井中央部へ一列配置された車内照明(蛍光灯)や化粧板を省略してパイプのみで構成された座席肘掛など、機器流用・車体新製車固有の仕様で統一されており、本系列と同時期に竣功した2400系とは全く異なるものとされた。カラースキームは壁面デコラが薄緑色、シートモケットが緑、床面ロンリュームが濃緑と緑系で統一され、当時の京阪における通勤形車両の標準仕様を踏襲したものである。

車内送風機は扇風機が採用され、屋根上通風器は押込型のものが1両当たり5 - 7個搭載された[8]

主要機器[編集]

主要機器はその大半が種車より流用したものであるが、本系列へ搭載されるに当たって一部改造が実施されたものも存在する。なお、本系列は性能的には600系(2代)を始めとする吊り掛け駆動車各形式とも併結可能であり、一時期ではあるが実際に600系(2代)1300系と混結して運用されたこともあった。

主制御器[編集]

電動カム軸式の東洋電機製造製ES-152・ES-155・ES-517のいずれかを各電動車に搭載する。種車に搭載されていた当時は直並列制御を行うのみであったが、本系列への搭載に際して界磁接触器を追加し弱め界磁制御を可能とした。

主電動機[編集]

東洋電機製造製TDK-517/2D直巻整流子電動機を電動車1両当たり4基搭載し、駆動方式は吊り掛け駆動である。同主電動機は種車が搭載したTDK-517系主電動機ならびにTDK-553系主電動機の外枠のみを流用して内部を新製し、一時間定格出力90kW(端子電圧600V時)の主電動機に再生したものである。歯車比は出力向上に伴って67:22 (3.045) に変更された[9]

集電装置[編集]

東洋電機製造製PT-42系菱形パンタグラフを各電動車に1基搭載する。搭載位置は各車の大阪寄りであるが、京都向き先頭車である700型奇数車のみは京都寄り(運転台寄り)に搭載した。

台車[編集]

大半が種車より流用した台車を装着する。製造メーカーの相違等から形式は多岐にわたるものの、いずれもボールドウィン・ロコモティブ・ワークス社製ボールドウィンA形台車の模倣品というべき形鋼組立型釣り合い梁式台車であり、本系列への装着に際しては600系(2代)同様に枕ばねを原形の板ばねからオイルダンパー併用のコイルばねに換装し、軸受コロ軸受(ローラーベアリング)化が施工されている。

制御電動車700型は701 - 708が汽車製造KS-18、709 - 712が汽車KST-18を改造したKS-18Bをそれぞれ装着する。

中間電動車780型は780が日本車輌製造NS84-35を改造したNS-A、781 - 790が日車NS-18、791 - 794が汽車KST-18を改造したKST-18C、795 - 799が近畿車輛KRS-12をそれぞれ装着する。

付随車750型は752が汽車KST-18を改造したKST-18B、753 - 758が汽車KST-18、759 - 761は日車NSD-12をそれぞれ装着する。なお、762の装着する日車NSD-12Bは60型61・62の各中間連接部台車を改造の上で流用したものである。また、751は種車である1500型1505が蒲生信号所付近で発生した列車衝突事故の被災車両であったことから、台車は同車より流用せず、1800系1801の台車交換によって余剰となった汽車KS-6ペデスタル式台車を装着した。

制動装置[編集]

種車より流用した、日本エヤーブレーキ製のA動作弁を採用したAMA自動空気ブレーキに、中継弁ならびに電磁吐出弁を追加したAR-L(AMAR-L / ATAR-L)ブレーキを搭載する。基礎ブレーキ装置は制動筒(ブレーキシリンダー)を車体側に搭載し、制動引棒(ブレーキロッド)によって前後台車計4軸の制動を動作させるという種車同様の古典的な機構が踏襲されている。

その他[編集]

電動発電機 (MG) は東洋電機製造製TDK-356(出力4.5kVA)を、電動空気圧縮機 (CP) は日本エヤーブレーキ製DH-25(吐出量760L/min)を、制御電動車700型ならびに電動車780型に各1基ずつ搭載する。

導入後の変遷[編集]

本系列は当初より7両固定編成として設計・製造されたものの、増備の途上等において3 - 4両編成程度の短編成や600系との連結編成が存在した時期があり、宇治線交野線への入線実績を有する。ただし、竣功当時運行されていた近鉄京都線への乗り入れ運用には充当されなかった。

全44両が出揃った後は、中間運転台の存在しない7両固定編成という収容力の大きさを生かし、主に急行準急運用に充当された。同様の理由から京都競馬開催時に運行される臨時列車にも多用された。なお、7両編成6本を組成すると半端となる2両の中間電動車については、同一性能である600系(2代)の編成へ組み込まれて運用された。

竣功後は側面種別表示幕の新設、ならびに列車無線装置の設置といった小改造を実施されたのみで、概ね原形を保ったまま運用された。

しかし、京阪線の架線電圧1,500V昇圧計画が具体化すると、本系列を含む吊り掛け駆動車各形式を始めとする、昇圧対応が不可能な各形式の扱いが問題となった。本系列については車体新製から経年が浅く車体の状態は良好であり、かつ600系(2代)と比較して車体強度を向上させた構体設計が幸いして冷房装置の搭載が可能であったことから[10]、車体のみを流用して昇圧に対応した主要機器を完全新製する形で昇圧対応を実施することとなった。改造は編成単位で運用されていた7両編成6本42両が対象となり、1977年(昭和52年)から翌1978年(昭和53年)にかけて順次施工され、改造を実施した車両は1000系(3代)と形式称号が改称された[11]

なお、改造対象から外れた中間電動車781・799は1978年(昭和53年)に600系(2代)へ編入されて680型690・691と改称・改番され[12]、本系列は形式消滅した。その後の変遷は1000系(3代)の記事を参照されたい。

車歴・編成[編集]

形式 車番 竣功 機器流用元 台車流用元 廃車[13] 形式 車番 竣功 機器流用元 台車流用元 廃車[13]
700型
(Mc)
701 1968年7月 1105 1978年3月 780型
(M)
780 1968年11月 62 1508 1978年3月
702 1968年7月 1106 1978年3月 781 1970年2月 1008 1983年12月[14]
703 1968年8月 1101 1977年3月 782 1970年2月 1007 1978年3月
704 1968年8月 1102 1977年3月 783 1969年10月 1005 1977年3月
705 1970年8月 1103 1977年8月 784 1969年8月 1002 1977年3月
706 1970年8月 1104 1977年7月 785 1970年11月 1001 1977年7月
707 1969年9月 1107 1977年11月 786 1970年11月 1006 1977年7月
708 1969年10月 1108 1977年9月 787 1970年1月 1003 1977年9月
709 1968年7月 1202 1978年1月 788 1969年11月 1004 1977年9月
710 1968年8月 1201 1977年12月 789 1970年9月 1009 1977年12月
711 1969年11月 1285 1977年6月 790 1970年10月 1010 1977年12月
712 1969年12月 1286 1977年5月 791 1970年3月 予備品[15] 1509 1977年5月
750型
(T)
751 1967年11月 1505 1801 1978年3月 792 1968年10月 1512 1977年5月
752 1968年8月 1513 1978年3月 793 1970年3月 1510 1977年3月
753 1968年7月 1507 1977年3月 794 1970年12月 63 1511 1977年8月
754 1969年8月 1501 1977年3月 795 1969年11月 61 1514 1977年11月
755 1970年8月 1504 1977年8月 796 1969年12月 1282 1978年1月
756 1970年11月 1506 1977年7月 797 1970年2月 1283 1977年6月
757 1970年1月 1502 1977年6月 798 1970年10月 1281 1978年3月
758 1970年2月 1503 1977年9月 799 1970年11月 1284 1983年12月[16]
759 1968年10月 62 1978年1月
760 1970年1月 63 1977年12月
761 1969年9月 61 1977年11月
762 1969年11月 61・62 1977年5月
 
三条
形式 700型
(Mc)
750型
(T)
780型
(M)
780型
(M)
780型
(M)
750型
(T)
700型
(Mc)

参考文献[編集]

  • 鉄道ピクトリアル鉄道図書刊行会
    • 「京阪電気鉄道特集」1973年7月臨時増刊号(通巻281号)
    • 「京阪電車開業70周年特集」1980年11月号(通巻382号)
    • 「特集・京阪電気鉄道」1984年1月臨時増刊号(通巻427号)
    • 「特集・京阪電気鉄道」1991年12月臨時増刊号(通巻553号)
    • 「特集・京阪電気鉄道」2000年12月臨時増刊号(通巻695号)
    • 「特集・京阪電気鉄道」2009年8月臨時増刊号(通巻822号)
  • 東京工業大学鉄道研究部 『私鉄ガイドブック6 京阪・阪急』 誠文堂新光社 1978年2月
  • 青野邦明・諸河久 『私鉄の車両15 京阪電気鉄道』 保育社 1986年4月

脚注[編集]

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  1. ^ 製造期間中の1969年(昭和44年)に川崎車輌は川崎重工業へ吸収合併された。そのため、銘板に表記される製造会社名は製造年代によって「川崎車輌」「川崎重工業」の2種類が存在する。
  2. ^ 700型・780型(電動車)の数値。750型(付随車)は25t
  3. ^ パンタグラフ搭載車の数値。パンタグラフ非搭載車は3,970mm
  4. ^ 経年ベースでは500型が最古参形式となるが、同形式は1953年(昭和28年)から1959年(昭和34年)にかけて全車とも台枠から上部を新製する形で車体更新工事が施工されていた。
  5. ^ 京阪線において1967年(昭和42年)12月のダイヤ改正より最大7両編成の運行が開始されたことから、一時期を除き、編成中間に運転台付車両が入らない7両固定編成として落成した。そのため本系列では6両以上の固定編成の留置が不可能な深草車庫への入・出庫列車に充当しない限定運用措置が取られた。
  6. ^ 2車体連接車である60型からは4両分計8台の台車を流用した。同形式は3編成で計9台の台車を装着していたため、解体処分を免れ、後年静態保存措置が取られた60型63は連接部分の台車のみを装着した状態で錦織車庫において保管された。なお、同車の保存整備に際しては、本系列の1000系(3代)への改造に伴って余剰となった台車を再び装着している。
  7. ^ 淀屋橋付近の地下トンネル区間における危険防止の観点から、側窓下段の開口部が大きな車両については保護棒の設置が実施されていた。
  8. ^ 制御電動車700型は5個、中間電動車780型は6個、中間付随車750型は7個。
  9. ^ 改造以前におけるTDK-517系主電動機の一時間定格出力は72kW(端子電圧600V時)、歯車比は62:27 (2.30)であった。
  10. ^ 600系(2代)は徹底した軽量化設計が災いし、冷房装置を搭載するには車体新製に近い大改造を要することから継続使用が断念され、昇圧時に全車廃車とする方針が決定した。
  11. ^ 書類上は本系列を廃車とし、1000系(3代)を代替新製扱いとする形で認可申請が行われた。また改造途中の正月ダイヤでは600系(2代)4連と本系列3連を組み合わせた7連も見られた。なお、本系列同様に昇圧対応が不可能であった2000系の車体を改修の上で流用し2600系(0番台)へ改造した際においても、2000系を廃車扱いとし、2600系を代替新製扱いとする同様の手法が踏襲された。
  12. ^ この2両は1983年の1500V昇圧に伴い、廃車された。
  13. ^ a b 781・799の2両を除き、事実上1000系(3代)としての竣功日である。
  14. ^ 1978年(昭和53年)1月に680型690へ改称・改番。
  15. ^ 500型(初代)が電装解除された際の発生品を流用したとされる。
  16. ^ 1978年(昭和53年)3月に680型691へ改称・改番。