九州電気軌道1形電車

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1形4号

九州電気軌道1形電車(きゅうしゅうでんききどう1がたでんしゃ)は、西日本鉄道(西鉄)北九州線の前身である九州電気軌道1911年明治44年)の開業時に新製した電車路面電車車両)である。

1形の後に製造され、形状が1形と類似する35形電車、および両形式が福岡市内線に転属した後の形式である101形電車についても本項で記述する。

九州電気軌道1形電車[編集]

1形は九州電気軌道の開業当初に製造された車体長11mの木造高床ボギー車で、川崎造船所で製造された。

車体は側面両端にドアのないオープンデッキの出入口を設け、出入口の間には窓が11枚あるD11Dの窓配置とし、屋根はモニタールーフ(段落ち屋根)と呼ばれる端部を切った二段屋根で、デッキ部は当時の電車に多かった吹きさらしではなく、妻板を設けたベスチビュール構造として前面窓を3枚並べ、右側の窓上に方向幕を、左側の窓上に列車種別表示幕を設け、当時の路面電車の例に倣って前面下部には網状の排障器を設けた。

台車ブリル27GE-1を装着した。軸距が軌間より短く、高速走行時には横揺れが甚だしかったという。主電動機は37.3kW (50PS) のものを使用し、歯車比を3.0として高速走行性能を高めた。制御器GE製のK14直接制御器であった。集電装置としては屋根上両端にトロリーポールを1本ずつ設置していた。定員は66名であった。

これらの仕様は九州電気軌道社長であった松方幸次郎の縁で、当時の阪神電気鉄道1形電車をモデルにしたものといわれる。

開業当初に1 - 24の24両が準備され、路線網の拡大により1914年大正3年)までに25 - 34の10両が増備された。

九州電気軌道35形電車[編集]

35形は1形のモデルチェンジの形で1914年(大正3年)から製造された木造高床ボギー車である。番号は1形の追い番となっているが、車体長さは11.3mに延ばされ、屋根は下段屋根の上に曲線状に傾けて延長した上段屋根を重ね、上段屋根と下段屋根を一体化したダブルルーフ(レイルロード・ルーフ)と呼ばれる形状となった。これにより屋根前面の明かり窓からの水漏れと、衝突時の屋根庇の折損が防止された。側面の窓は2枚1組として5組並べるD22222Dの配置となり、車内の窓の吹き寄せ部分には鏡を取り付けた。台車はブリル76E1に変更された。定員は70名に増加した。

1914年(大正3年)から1921年(大正10年)までの間に35 - 65の計31両が製造された。

なお、後年には1形も順次35形と同様の屋根形状に改造されていった。

運用[編集]

1934年(昭和9年)に1形のうち10両が半鋼製車体に載せ替えられ、200形201 - 210となっている。残る24両は番号を10 - 34に整理した。

戦中戦後期の燃料統制に対応するため、段落ち屋根で残っていた3両のうち15・33の2両が電動貨車に改造され(正確な改造時期は不詳)、貨1・貨2となった。車体中央部に開口部と外吊り扉を設け、他の側面窓部分には窓ガラスの代わりに内蔵のよろい戸をはめ込んだ。車体色は緑色に塗り替えられた。しかしあまり利用されず、1948年(昭和23年)に旅客用に再改造され、同時に屋根形状が他の1形と同様に改造された。

戦後に唯一、屋根を改造されずに残った26は鉄道ファンであった当時の北九州線線路課長の配慮により段落ち屋根のまま更新された。

福島線への転属[編集]

1949年(昭和24年)、500形の増備で余剰が生じたため、12・13・32・34・39の5両が2軸車の置き換えを目的として福島線に転属した。福島線では番号を変更せずに使用されたが、1952年(昭和27年)に休止となった大牟田市内線から200形(西鉄が新製した軌道線用車両で、前述した九州電気軌道200形とは別の車両である)が転属してくると同時に福岡市内線に転属した。

福岡市内線への転属[編集]

戦前に200形に改造された10両を除く56両は最終的に全車が福岡市内線に転属し、101形101 - 156となった。転属は1950年(昭和25年)から1954年(昭和29年)にかけ、501形・551形・561形の増備と同時進行の形で実施され、福岡市内線に残っていた木造4輪単車は1954年までに全廃された。

転属にあたり、次のような改造が施された。

  • 扉のなかったデッキに2枚折戸を追加設置
  • 従来の固定式のステップを撤去して折りたたみ式のステップを新設
  • 方向幕は前面左右窓の上部から前面中央上部に移設され、前面の3枚の窓の上下寸法を揃える
  • 側面窓を下降窓から上段固定下段上昇式に変更

北九州線に所属していた51両のほか、福島線に転属していた5両も福岡市内線に転属した。番号は転属順に付され、元1形と元35形の番号は入り乱れることになったが、双方は窓配置が異なっており判別が可能であった。また、車両により側面窓の上下寸法や扉の形状などが異なっていた。集電装置は転属当初はトロリーポールのままであったが、1955年(昭和30年)前後にパンタグラフに変更している。

段落ち屋根のまま改修された26は早期に福岡市内線に転属し、102となった。転属後も廃車まで屋根はそのままであった。

入線当初は500形とともに福岡市内線の主力として使用されたが、車体が木造であり老朽化していたこともあり、まず1959年(昭和34年)に福島線の廃止に伴って200形13両が転属したのと引き換えに同数の13両が長崎電気軌道に譲渡され160形・170形となった(その際に集電装置はビューゲルに変更されている)。続いて1964年(昭和39年)に5両が鋼製車300形に改造され(実際には電気部品のみ流用)、残りの車両も66形の転属とダイヤ合理化によりツーマン仕様のまま1965年(昭和40年)から1970年(昭和45年)にかけて全廃された。

現状[編集]

長崎電気軌道 168号
1形3号レプリカ(海峡ドラマシップ

長崎電気軌道に譲渡された13両のうち168(製造時23号→福岡市内線153号)は1985年(昭和60年)に復元され、製造から100年を超えた2013年現在も車籍を有し、イベントや貸切などで営業運転を行っている。西鉄に残った車両には保存車はない。

北九州市門司区門司港レトロ地区にある海峡ドラマシップに1形の前部のレプリカが設置されている。番号は「3」となっている。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • ネコ・パブリッシング 『復刻版 私鉄の車両9 西日本鉄道』(飯島巌) ISBN 4873662923
  • JTBキャンブックス『福岡・北九州 市内電車が走った街 今昔』(奈良崎博保)ISBN 4533042074
  • 鉄道図書刊行会『鉄道ピクトリアル』1999年4月臨時増刊号(通巻668号)