一宮市立市民病院

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Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 一宮市立市民病院
Ichinomiya municipal hospital.JPG
情報
英語名称 Ichinomiya Municipal Hospital
前身 一宮市診療所
標榜診療科 内科、神経内科、消化器内科、循環器内科、呼吸器内科、小児科、外科、心臓血管外科、血管外科、脳神経外科、整形外科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻いんこう科、リハビリテーション科、放射線科、麻酔科、歯科口腔外科
許可病床数

584床
一般病床:560床


感染症病床:6床


結核病床:18床
機能評価 一般500床以上:Ver6.0
開設者 一宮市
管理者 中條千幸(院長)
地方公営企業法 全部適用
開設年月日 1936年5月
所在地
491-8558
愛知県一宮市文京二丁目2番22号
位置 北緯35度18分46秒
東経136度48分20秒
二次医療圏 尾張西部
PJ 医療機関
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一宮市立市民病院(いちのみやしりつしみんびょういん)は、愛知県一宮市にある医療機関。一宮市病院事業の設置等に関する条例(昭和41年12月28日条例第41号)により設置された市立の病院である。

沿革[編集]

  • 1936年(昭和11年):一宮市診療所として、一宮市西之町23に開業。
  • 1939年(昭和14年):一宮市立市民病院に改称。
  • 1945年(昭和20年):空襲で全焼。別の市施設で仮診察。
  • 1949年(昭和24年):現在地に新築移転。
  • 1955年(昭和30年):萩原町が一宮市に編入され、萩原町立萩原病院[1]が一宮市に移管。一宮市立国民健康保険直営萩原病院となる。
  • 1962年(昭和37年):日本赤十字社愛知県支部葉栗診療所[2]が一宮市に移管され、一宮市市民病院葉栗診療所となる。
  • 1966年(昭和41年):一宮市立国民健康保険直営萩原病院が一宮市萩原町萩原字河原79に新築移転(病床数70 内科・外科・眼科・産婦人科・耳鼻咽喉科・放射線科)。
  • 1969年(昭和44年):葉栗診療所を廃止。
  • 1969年(昭和44年):一宮市立国民健康保険直営萩原病院を大幅縮小。有床診療所(19床)[3]として一宮市市民病院付属萩原診療所に改称。
  • 1973年(昭和48年):本館完成。
  • 1977年(昭和52年):今伊勢病院(後の一宮市立市民病院今伊勢分院→民間移譲により閉院)と組織統合。
  • 1978年(昭和53年):今伊勢病院付属休日急病診療所[4]の管理を市民病院に変更。
  • 1987年(昭和62年):休日急病診療所を一宮市貴船町3丁目2に新築移転。休日・夜間急病診療所となる。
  • 1988年(昭和63年):新館(現、東館)完成。
  • 1988年(昭和63年):萩原診療所を廃止。
  • 2003年(平成15年):臨床研修指定病院に指定。
  • 2004年(平成16年):南館完成。
  • 2004年(平成16年):病院機能評価の認定。
  • 2005年(平成17年):電子カルテの導入。
  • 2007年(平成19年):地域がん診療連携拠点病院に指定。
  • 2007年(平成19年):災害拠点病院(地域災害医療センター)に指定。
  • 2009年(平成21年):新南館完成(東館を「北館」に呼称変更)
  • 2010年(平成22年):救命救急センター稼働。
  • 2010年(平成22年):愛知県立循環器呼吸器病センターと統合。

診察科・専門外来[編集]

診察科[編集]

専門外来[編集]

  • 禁煙外来
  • 女性専用外来

交通アクセス[編集]

その他[編集]

  • 一宮市の市民病院は、旧木曽川町、旧尾西市の公設病院も取り込んでおり、合併当初は4箇所の病院が存在した。民間への譲渡が進み、2009年4月現在、一宮市立市民病院、一宮市立木曽川市民病院(旧:木曽川町立木曽川病院)となっている。

脚注[編集]

  1. ^ 1951年7月開院
  2. ^ 1951年、一宮市大字島村字南裏山95に設置された診療所。診療科は内科、小児科。
  3. ^ 1978年に病床は廃止。
  4. ^ 1974年、一宮市神山3丁目7-20に開院。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]