ルイス・モンティ

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ルイス・モンティ Football pictogram.svg
Luis Monti 1934.jpg
名前
本名 ルイス・フェルナンド・モンティ
Luis Fernando Monti
愛称 ドブレ・アンチョ
ラテン文字 Luis MONTI
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1901-05-15) 1901年5月15日
出身地 ブエノスアイレス
没年月日 (1983-09-09) 1983年9月9日(82歳没)
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1919-1921 アルゼンチンの旗 ウラカン
1921-1927 アルゼンチンの旗 サン・ロレンソ
1927-1931 アルゼンチンの旗 ボカ・ジュニアーズ
1931-1938 イタリアの旗 ユヴェントス 225 (20)
代表歴
1924-1931 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 16 (5)
1932-1936 イタリアの旗 イタリア 18 (1)
監督歴
1939-1940 イタリアの旗 トリエスティーナ
1940-1941 イタリアの旗 ユヴェントス
1942-1943 イタリアの旗 ヴァレーゼ
1944 イタリアの旗 ヴァレーゼ
1945-1947 イタリアの旗 アタランタ
1947 イタリアの旗 ヴィジェーヴァノ
1947-1948 アルゼンチンの旗 ウラカン
1949-1950 イタリアの旗 ピサ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ルイス・フェルナンド・モンティLuis Fernando Monti, 1901年5月15日 - 1983年9月9日)は、アルゼンチン出身のサッカー選手、サッカー指導者。アルゼンチン代表としてFIFAワールドカップ 1930年大会に出場したのち、イタリア代表として1934年大会に出場して優勝した。ワールドカップ決勝に異なるチームでそれぞれ出場したことがある史上唯一の人物である。

経歴[編集]

アルゼンチン[編集]

ボカ・ジュニアーズでプレイしていた1924年に初めて代表チームに招集された。1927年南米選手権で優勝、1928年アムステルダムオリンピックで銀メダルを獲得。1930年ワールドカップ・ウルグアイ大会では4試合すべてに出場した。モンティは準決勝のアメリカ合衆国戦で2ゴールを挙げ、アルゼンチンは決勝に進出したが、ウルグアイに2-4で敗れた。

イタリア[編集]

1931年にイタリアのビッグクラブユヴェントスFCと契約を結んだ。当初、彼は太りすぎて本調子ではなかったが、一ヶ月の個別練習を経て調子を取り戻すと、1932年から1935年まで4シーズン連続のリーグタイトル獲得に貢献した。セリエAでは通算225試合に出場して19ゴールを挙げた。

1932年にイタリア代表に招集され、ホスト国として迎えた1934年ワールドカップ・イタリア大会で優勝した。モンティは再試合を含む5試合すべてに出場し、準決勝では審判から買収されていることを良いことにタックルで相手チームのエースマティアス・シンデラーを負傷させた。

大荒れに荒れた事によって記憶される、1934年11月14日のイングランドとの親善試合バトル・オブ・ハイベリー英語版では、開始わずか2分で足を折られて退場するという、自業自得の結果に終わった。

代表歴[編集]

脚注[編集]