CAウラカン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
CAウラカン
原語表記 Club Atlético Huracán
愛称 El Globo (気球),
los Quemeros (焼却炉)
クラブカラー 白・赤
創設年 1908年
所属リーグ アルゼンチンリーグ
所属ディビジョン プリメーラ・ディビシオン
ホームタウン ブエノスアイレス
パルケ・パトリシオススペイン語版地区
ホームスタジアム エスタディオ・トマス・アドルフォ・ドゥコスペイン語版
収容人数 48,314
代表者 アルゼンチンの旗 アレハンドロ・ナドゥールスペイン語版
監督 アルゼンチンの旗 リカルド・カルーソ・ロンバルディスペイン語版
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

クルブ・アトレティコ・ウラカン (スペイン語: Club Atlético Huracán) は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスパルケ・パトリシオス地区を本拠地とするサッカークラブである。

歴史[ソースを編集]

1903年にチーム名を"Verde Esperanza y Nunca Pierde"(蒼き希望と不屈)という名前のチーム名にしてクラブを設立した。しかし、メンバーが文房具店へチームのゴム印鑑を作るために行ったところ、そこの店主に「短い名前にした方がいい。そうしないとかなりでかいゴム印を作らなければならなくなる」と言われた。その時、メンバーの1人が文房具店のカレンダーにEL Huracan(エル・ウラカン:ハリケーンの意)という文字が書いてあるのを見て、閃き、それをチーム名にすることを仲間に提案したところ、了承されてチーム名がウラカン (Huracan) となった。そして、1908年11月1日、正式なクラブ名をクラブ・アトレチコ・ウラカン (Club Atletico Huracan) とした。

1973年にメトロポリターノで優勝し、プロ化以降、初優勝を飾る。監督はセサル・メノッティであった。2007-08シーズンにプリメーラ・ディビシオン(1部)に復帰した。ミゲル・アンヘル・カッパ監督に率いられた2009クラウスーラでは、マリオ・ボラッティなどが印象的な活躍を見せ、最終節を前にして首位に立っていた[1]。2位CAベレス・サルスフィエルドとの直接対決となった最終節は引き分けでも優勝が決まる有利な状況にあったが、引き分けが濃厚であった83分に決勝点を決められて敗れ、勝ち点でベレスに逆転されて2位に終わった[1]。ウラカンの(映像で見る限り正当な)得点がオフサイドと判断されて無効となり、ベレスの決勝点の際にキーパーチャージがあった可能性があるなど、試合を左右した主審の判定は試合後も物議を醸した[1]。2011-12シーズンに再びプリメーラB・ナシオナル(2部)へ降格した。

ニックネーム[ソースを編集]

ウラカンの愛称はEl Globo(エル・グロボ:気球の意)でチーム・エンブレムも気球である。これはアルゼンチンの航空業界の開拓者であるホルヘ・ニューベリーへの敬意を表して決まった。1909年、アルゼンチンでニューベリーが「エル・ウラカン」という名前の気球で、気球飛行による当時の南米新記録(13時間で、550キロメートル)を作った。それで、クラブ・ウラカンはニューベリーにこの気球「エル・ウラカン」のデザインをチーム・エンブレムとして使用させてもらえないかと頼んだ。すると、ニューベリーは快諾して、それにより、エンブレムが気球となった。そして、チームの愛称も「エル・グロボ」(気球)になった。

またウラカンにはlos Quemeros(ロス・ケメロス:焼却炉の意)という愛称も持つ。これはウラカンのスタジアムの近くにゴミ焼却場があるからである。この愛称は、初期の頃、この焼却場からの煙が観客席に押し寄せてきて、試合を観戦する邪魔になり、観客が困ったというところから付けられた。

ユニフォーム[ソースを編集]

ウラカンのユニフォームの白色と赤色は、ニューベリーが乗っていた気球の配色が白と赤だったので、そこからこの色に決まった。

ライバル[ソースを編集]

ウラカンの最大のライバルはCAサン・ロレンソ・デ・アルマグロである。このクラシコはアルゼンチン国内でスーペル・クラシコボカ・ジュニアーズCAリーベル・プレート)、クラシコ・デ・アベジャネーダスペイン語版ラシン・クラブCAインデペンディエンテ)、クラシコ・ロサリオスペイン語版CAロサリオ・セントラルニューウェルズ・オールドボーイズ)に続き、4番目に関心を集めるダービーマッチである。

エピソード[ソースを編集]

アルゼンチン国内に"ウラカン"という名称のクラブは50近くもある。しかし、当クラブが最初であると言われている[2]。そのうちCAウラカン (トレス・アロヨス)スペイン語版CAウラカン (コモドロ・リバダビア)スペイン語版CAウラカン (インヘニエロ・ホワイト)スペイン語版などは名前のみならず、ユニフォームのデザインまで当クラブと同じ白色にしている。またペルーのアレキーパにあるクラブ・スポルティーボ・ウラカンスペイン語版は、CAウラカンに憧れて名称をウラカンとした(ユニフォームのデザインは緑色で違うものにしている)。

タイトル[ソースを編集]

国内タイトル[ソースを編集]

アマチュア時代[ソースを編集]

  • 1部リーグ : 4回
    • 1921, 1922, 1925, 1928

プロ化後[ソースを編集]

近年の成績[ソースを編集]

シーズン ディビジョン 順位 試合数 得点 失点 勝ち点 備考
2006-07 アペルトゥーラ プリメーラB 6 19 9 6 4 29 26 33
クラウスーラ 3 19 10 6 3 33 20 36 過去3シーズンの通算成績によりプリメーラに昇格
2007-08 アペルトゥーラ プリメーラ 7 19 8 6 5 24 21 30
クラウスーラ 13 19 5 7 7 15 17 22
2008-09 アペルトゥーラ プリメーラ 17 19 5 5 9 18 29 20
クラウスーラ 2 19 12 2 5 35 19 38
2009-10 アペルトゥーラ プリメーラ 19 19 2 5 12 12 34 11
クラウスーラ 10 19 7 5 7 21 22 26
2010-11 アペルトゥーラ プリメーラ 18 19 4 4 11 16 33 16
クラウスーラ 20 19 3 5 11 18 42 14 過去3シーズンの通算成績によりプリメーラBに降格
2011-12 - プリメーラB 12 38 12 10 16 43 51 46
2012-13 - プリメーラB 8 38 15 9 14 44 41 54
2013-14 - プリメーラB 3 42 19 10 13 43 30 67
2014 - プリメーラB ソナB 6 20 8 5 7 26 21 29 ソナB・プレーオフに勝利しプリメーラに昇格
2015 - プリメーラ 23 30 6 12 12 29 37 30 コパ・スダメリカーナ2回戦敗退
2016 - プリメーラ ソナ2 5 16 7 4 5 21 15 25 コパ・リベルタドーレス予選敗退
2016-17 - プリメーラ

現所属メンバー[ソースを編集]

2016年10月16日現在
No. Pos. 選手名
1 アルゼンチンの旗 GK マルコス・ディアス
2 アルゼンチンの旗 DF フェデリコ・マンシネッジ
3 アルゼンチンの旗 DF エセキエル・ガーレ
4 アルゼンチンの旗 DF カルロス・アラウホ
5 アルゼンチンの旗 MF マティアス・フリッツレル
6 ウルグアイの旗 DF マリオ・リッソ
7 アルゼンチンの旗 FW イグナシオ・プッセット
8 アルゼンチンの旗 MF レアンドロ・ディアス
9 アルゼンチンの旗 FW ヘロニモ・バラレス
10 アルゼンチンの旗 MF ダニエル・モンテネグロ
11 アルゼンチンの旗 FW ダビト・デペトリス
13 アルゼンチンの旗 DF ニコラス・ロマト
14 ウルグアイの旗 DF ルーカス・ソサ
15 アルゼンチンの旗 MF マリアーノ・ゴンサレス
No. Pos. 選手名
16 アルゼンチンの旗 FW ディエゴ・メンドーサ
17 アルゼンチンの旗 MF アレハンドロ・ガマーラ
18 アルゼンチンの旗 MF パトリシオ・トランソ
20 アルゼンチンの旗 FW ノルベルト・ブリアスコ
21 アルゼンチンの旗 DF ウーゴ・ネルボ
22 アルゼンチンの旗 MF マティアス・ヒオルダーノ
23 アルゼンチンの旗 GK ゴンサロ・マリネッジ
24 アルゼンチンの旗 FW ルーカス・チャカナ
25 アルゼンチンの旗 DF エマヌエル・モラレス
26 アルゼンチンの旗 MF マウロ・ボガード
28 アルゼンチンの旗 FW ヘルマン・レスマン
29 アルゼンチンの旗 MF ルシオ・コンパニュッチ
30 エクアドルの旗 FW フリオ・アングロ
32 アルゼンチンの旗 DF ガブリエル・ロブレド

歴代監督[ソースを編集]


歴代所属選手[ソースを編集]

GK[ソースを編集]


DF[ソースを編集]


MF[ソースを編集]


FW[ソースを編集]


脚注[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]