ムガムチュウ

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ムガムチュウ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1998年2月26日
死没 2011年5月??日(13歳没)[1]
ティンバーカントリー
チョコレートケーキ
母の父 マルゼンスキー
生国 日本の旗 日本北海道門別町
生産 下河辺牧場
馬主 寺田寿男
調教師 清水出美栗東
競走成績
生涯成績 中央競馬11戦2勝
地方競馬9戦2勝
獲得賞金 1億2607万8000円
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ムガムチュウ日本競走馬および種牡馬。おもな勝ち鞍はダービーグランプリ北海道3歳優駿

戦績[編集]

2000年7月に芝1000メートルの新馬戦でデビューするが11着と大敗。その後も芝競走で2度大敗し、4戦目で初のダート競走へ出走、2着に3馬身差をつけ初勝利を挙げた。次に出走した芝のレースは凡走したものの、ダート1400メートルのもちの木賞に勝利し、さらに北海道3歳優駿で2着フレアリングマズルに3馬身差をつけ勝利、重賞初挑戦初勝利を挙げている。続く全日本3歳優駿では単勝1番人気に支持されたものの、トーシンブリザードの5着に敗れた。

2001年初戦はふたたび芝の若駒ステークスに出走するが9頭立ての7着と惨敗。この敗戦で完全に芝に見切りをつけ、以後はダートに専念するようになる。だがヒヤシンスステークス、伏竜ステークスでともに9着に敗れる。グランシャリオカップでは3着と好走するが、エルムステークスでまたも9着と惨敗してしまう。次に初のGI級競走であるダービーグランプリへ出走。14頭立ての9番人気、JRA所属馬のなかでは最低人気とほとんど注目されていなかったが、2着カチドキリュウに9馬身差をつける圧勝で初GI制覇を達成した。これは多くの重賞優勝馬を輩出した下河辺牧場にとって初のGI級競走優勝である。

その後は浦和記念3着があるくらいで活躍できず、2002年12月の東京大賞典12着を最後に現役を引退した。

引退後[編集]

引退後は生まれ故郷の下河辺牧場で種牡馬となった。毎年種付け頭数はわずか1頭と細々とした種牡馬生活である。2007年に世代唯一の産駒であるテラノカントリーが中央競馬でデビューしたが、4戦目で予後不良となってしまった。

活躍馬に恵まれないまま2009年10月に種牡馬を引退[2]し、にいかっぷホロシリ乗馬クラブ乗馬となった[3]が、2011年5月に死亡した[1]馬房で転倒し骨折[要出典]したためという。

血統表[編集]

ムガムチュウ血統ミスタープロスペクター系 / Buckpasser4×4=12.50%、Swaps5×4=9.38%、Princequillo5×5=6.25%) (血統表の出典)
父系

*ティンバーカントリー
Timber Country
1992 栗毛
父の父
Woodman
1983 栗毛
Mr.Prospector Raise a Native
Gold Digger
*プレイメイト Buckpasser
Intriguing
父の母
Fall Aspen
1976 栗毛
Pretense Endeavour
Imitation
Change Water Swaps
Portage

チョコレートケーキ
1991 鹿毛
マルゼンスキー
1974 鹿毛
Nijinsky II Northern Dancer
Flaming Page
*シル Buckpasser
Quill
母の母
*ダムドウムーラン
Dame du Moulin
1977 鹿毛
Mill Reef Never Bend
Milan Mill
Dauntu Grey Dawn
Bantu F-No.14-f
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

脚注[編集]

  1. ^ a b 馬・牧場・施設検索 ムガムチュウ” (日本語). 競走馬のふるさと案内所. 日本軽種馬協会. 2013年1月29日閲覧。
  2. ^ 2009年供用停止種牡馬一覧 (PDF)” (日本語). ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. 2011年7月25日閲覧。
  3. ^ 名馬を訪ねて「ムガムチュウを訪ねて」” (日本語). 競走馬のふるさと案内所. 日本軽種馬協会 (2010年3月3日). 2011年7月25日閲覧。

外部リンク[編集]