ミフェプリストン

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ミフェプリストン
Mifepristone.svg
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IUPAC命名法による物質名
11β-[p-(ジメチルアミノ)フェニル]-17β-ヒドロキシ-17-(1-プロピニル)-4,9-エストラジエン-3-オン
臨床データ
胎児危険度分類
法的規制
投与方法 経口
薬物動態的データ
生物学的利用能 69%
代謝 肝臓
半減期 18 時間
排泄 糞便: 83%; 腎臓: 9%
識別
CAS番号 84371-65-3
ATCコード G03XB01
PubChem CID 55245
DrugBank APRD00432
KEGG D00585
化学的データ
化学式 C29H35NO2 
分子量 429.60 g/mol

ミフェプリストン (Mifepristone) は、1988年にルセル・ユクラフ社によって発売された薬であり、中絶のほか脳腫瘍や乳癌などの治療にも有効性と認められる。日本では未承認の医薬品で、販売は薬事法で禁止されており、医師が使用する場合を除いて使用者は刑法の堕胎罪にとわれる。 (「各国での取り扱い・日本」の項を参照)

概要[編集]

ミフェプリストンは高容量(600mg)では、子宮粘膜の黄体ホルモン受容体に対して強い親和性(黄体ホルモンの5倍)を持ち、黄体ホルモンが受容体に結合するのを阻害する[1]。これによって黄体ホルモンの効果発現がブロックされ[2]、子宮粘膜が非妊娠状態にリセットされてしまう。やがて月経が起こり最後の月経が始まった日から7週(49日;受精からは5週間相当)以内の初期の妊娠であれば胎児は膣から血塊となって排出される。ただし一定の割合で、不全流産や稽留流産、止血不全などのために子宮内掻破術等の処置が追加で必要になることがある。遷延性出血があり追加で子宮内膜掻破術の実施が必要となることもある[3]。また子宮外妊娠など異常妊娠での使用は禁忌であるため[4]、医師による正確な事前診断および投与後の経過観察が必須とされる[5]

副作用と有害事象[編集]

  • 嘔気倦怠感下痢頭痛めまい、腰背痛[6][7]
  • 膣からの出血 - 胎児が血塊となって排出されるので、ほぼ全例に月経と同じような性器出血、下腹痛があるが、9-16日間でほぼ止血するとされている。ただし8%の女性で30日以上の出血が認められる。[8]
  • 感染症[9]
  • 敗血症[10]

禁忌[編集]

  • 子宮外妊娠の場合 - 薬の効果がなく、一方で子宮外妊娠で使用すると卵管破裂のリスクがある[6]
  • IUD、ミレーナの使用者には使用できない[6]
  • ステロイド剤を服用している人[6]
  • 腎臓に障害のある人[6]
  • 副腎皮質ホルモンを投与中の妊婦にも使用できない[6]
  • 出血傾向のある人。血小板減少症などの傾向のある人[6]
  • 抗凝固剤内服中の妊婦にも使用できない[11]
  • 薬に対するアレルギーがある人[6]
  • 医師による経過観察を受けられない人[6]

他疾患での利用[編集]

  • 抗グルココルチコイド(糖質ステロイドホルモン)効果があるために、クッシング病の非外科的治療薬として注目されている。2012年FDAは成人クッシング病の高血糖を抑制する薬剤としてもミフェプリストンを認可している。EUでも同適応を取得している[12][13]
  • 脳腫瘍や乳癌などの治療にも有効性と認められる[14]
  • 緊急避妊薬としての使用[15]のほか、子宮頚管熟成剤としても利用が検討されている[16]

ミフェプリストンの特異な事情[編集]

  • 嫌われるイメージ ミフェプリストンは、多くの国々で使用されているが製造と販売に関与する企業は少ない。これは中絶反対派による強硬なデモや破壊工作の対象となることを危惧するためであり[17][10][18]、事実フランスとドイツでは企業の不買運動が起きている[19]。アメリカやカナダやニュージーランドやオーストラリアでの認可審議でも協力的な企業が現れず問題となった[20]。日本ルセル社は、発見者のエティエンヌ=エミール・ボリューがラスカー賞を受賞したときも、同社の開発企画室担当者は出来れば受賞について報道して欲しくないとコメントしている[21]
  • 製造販売元の秘匿 中絶反対論者によるテロを恐れて、製造場所を公開、製造メーカーを公開しないなどの配慮が行われている国もある。

各国での取り扱い[編集]

フランス[編集]

フランス厚生省は1988年9月に認可した。しかしカトリック教会や中絶反対派がルセル社と親会社の西ドイツ・ヘキスト社の製品の世界的不買運動を展開すると非難したために、認可の1ヵ月後に製造中に追い込まれた[22]。フランス厚生省が製造再開を命令した。その後1990年頃まではルセル社は、フランスの特定の病院にのみ無料でミフェプリストンを供給した。1997年には販売権はエクセルジン社(Exelgyn)に移された。

日本[編集]

日本では2015年現在未承認[6]であり、販売・譲渡等は薬事法違反となる[6]。製薬会社による承認申請も行われていないので、承認審議も行われていない[23]。そのため日本の産婦人科医療においては必ずしも一般的な薬ではない。 かつて自己判断で内服し、その結果この薬の欠点でもある不全流産となり出血が止まらずに病院に駆け込むという事案が報告されたため[6]、産科婦人科学会や厚生労働省も問題視するようになった。そのため2004年10月、厚生労働省は輸入制限を決定した[6]。密輸入されていたものを警視庁が摘発したこともある[24]。厚生労働省や国民生活センターは個人で使用してはいけないと注意喚起している[6][25]。また認可されていないため副作用で健康被害が生じても、国の健康被害救済制度は使用できない。そして医師でない者が使用すると刑法の堕胎罪に問われる。2010年11月、警視庁新宿署は5月下旬にミフェプリストンを使用した都内の20代女性を堕胎の疑いで書類送検した[26]。また女性に販売した男性も薬事法違反で逮捕された[26]

一時期、正式に認可すべく検討されたが中止された。中止の理由は、医学的問題ではなく倫理面や文化的な問題とされた[18]

アメリカ[編集]

アメリカではミフェプリストンを認可するかどうかは懸案事項であった[23]。アメリカ医師会は認可を求め[2]、ブッシュ政権は認可しない方針であったが[18]、クリントン政権になってから認可に前向きの方針が明らかにされ[18]、その後『中絶の是非』を巡っての激しい論争が起きた。フランスのルセル・ユクラフ社は論争に巻き込まれるのを嫌ってアメリカでの販売に対して消極的だったため[18]、米国のシャレーラ厚生長官が仲介し、人口問題評議会(The Population Council)に同剤の使用権を与えるという異例措置によって臨床試験が可能となった[18]。1990年6月27日、米医師会(AMA)は政策立案代議員会でミフェプリストンの臨床試験を承認した[14]。1996年に認可申請が行われた[27]。2000年9月28日にFDAによってミフェプリストンが認可された[23]

2000年10月3日に米マサチューセッツ州ボストンで行われた民主党ゴア、共和党ブッシュ両大統領候補の政策討論会で、ミフェプリストンが選挙の争点の一つとして注目された[23]。共和党ブッシュ側は中絶は減らされるべきだとしてFDAの認可に失望感を表明したが、民主党ゴア側は「中絶やピルの使用は女性自身が選択するということだ」としてFDAの決定を歓迎した[23]。中絶反対派は「大量出血を招いた深刻な副作用報告例もある。胎児の殺人薬の認可は見合わせるべきだ」として反対運動を行った[2]

ドイツ[編集]

ドイツ連邦医薬・医療製品庁は1999年末に認可した[27]。販売ルートは特殊クリニックや産婦人科向けに限定され、管理を徹底するために薬事法を修正して連邦議会で可決した[28]

イタリア[編集]

イタリアでは2009年7月31日にイタリア医薬品庁(AIFA)がミフェプリストンを認可した。しかしカトリック信者が大多数を占める国内で反対運動が高まり、イタリア議会上院委員会が医薬品庁に認可の再検討を要請した。2009年12月9日に医薬品庁はミフェプリストンを改めて認可することを決定した[29]

中国[編集]

中国では1985年という非常に早い時期に臨床試験が実施されている。1988年9月に認可。これは開発国のフランスより早い認可時期であり、中国は世界最初の認可国ということになる。中国はルセル社からミフェプリストンを購入しようとしたが、ルセル社はそれを拒否した。そのため中国は1992年に無断でミフェプリストンの国内生産を開始する(まだ特許は切れていなかった)。2000年現在、中国では元々非常に安価で外科的手技による中絶ができるので、ミフェプリストンによる中絶は割高となり、農村部と都市部では普及率に大きな差がある[30][31]

韓国[編集]

韓国では日本やカナダと同様、現在未認可である。

カナダ[編集]

カナダでは2015年1月現在未認可である[17]。カナダ保健省では、2012年9月よりミフェプリストンの認可について検討されているが[10]、基本的には認可に前向きであるものの、2015年1月に予定していた認可の判断を延期するなど慎重な検討が行われている[17]。中絶反対論者、キリスト教関係者、フェミニストなどを巻き込んだ市民運動も盛んであり[17][10]、ミフェプリストンの認可に際しては、なんらかの法的な制限が必要ではないかと審議されている[10]

ニュージーランド[編集]

1999年、ニュージーランドの医師たちは、ミフェプリストンの輸入のために「ISTAR」という非営利の会社を設立し、ニュージーランド医薬品規制当局へ輸入承認の要望を提出した。2001年にウェリントンでフェプリストンの使用が開始された。フェプリストンによる中絶は法的に曖昧な部分があったために、『Right to Life New Zealand』[32]という中絶反対の民間団体が高等裁判所に提訴したが、2003年4月10日にその訴えは退けられた[33]。その判決の後にミフェプリストンは正式に認可され普及が始まった。

オーストラリア[編集]

オーストラリアでは1996年に医療監視機関である医療用製品局(TGA)および保健相の両方の認定によってミフェプリストンの使用が認可された[7]。しかし厳しい認定基準のために国内で187人の医師しかミフェプリストンの処方資格を取得出来なかった[7]。2006年2月10日に認可基準を緩和する法案が上院を通過し、TGAの認定だけでミフェプリストンが処方できるようになった[7][20]。これによりミフェプリストンの利用が飛躍的に増えるだろうとされている[7]。認可に際しては、国内人口が少ないため消費量が少ないと推定され[20]、ミフェプリストンの供給に応じている製薬メーカーの選定について危惧があったが[20]、先に導入を果たしたニュージランドの事例がその参考とされた[20]。オーストラリアの公的病院は宗教的な関連団体が運営に関与している事が多く、そのために精管結紮術や妊娠中絶を行う事を拒否する病院があることがあり、そのことがミフェプリストンの普及の障害となることも懸念された[20]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 1990年02月27日 AERA 13頁
  2. ^ a b c 妊娠初期向けの中絶薬認可 米 「安全性に問題なし」産経新聞 1996年07月23日 東京夕刊 2頁 国際・2社 (全531字)
  3. ^ ダンコ・ラボラトリ-ズWEBページ
  4. ^ ダンコ・ラボラトリ-ズWEBページ
  5. ^ ダンコ・ラボラトリ-ズWEBページ
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n 個人輸入される経口妊娠中絶薬(いわゆる経口中絶薬)について 厚生労働省<報道資料
    ミフェプレックス(MIFEPFEX)(わが国で未承認の経口妊娠中絶薬)に関する注意喚起について 厚生労働省<トピックス
  7. ^ a b c d e 当局が中絶薬を認可、副作用のリスクも[医薬] NNAアジア経済情報 2012.09.03 オーストラリア 社会 (全500字)
  8. ^ "Management of postabortion hemorrhage: release date November 2012 SFP (Society of Family Planning) Guideline #20131". Contraception 87 (3): 331–342. doi : 10.1016/j.contraception.2012.10.024 . PMID 23218863 .
  9. ^ Zaki, Sherif R. (December 1, 2005). "Fatal toxic shock syndrome associated with Clostridium sordellii after medical abortion" . New England Journal of Medicine 353 (1): 2352–2360. doi : 10.1056/NEJMoa051620 . PMID 16319384
  10. ^ a b c d e [http://www.cbc.ca/news/politics/abortion-debate-may-return-as-health-canada-weighs-ru-486-approval-1.2508447 Inside Politics BlogPhoto GalleriesPEI VotesAlberta Votes Abortion debate may return as Health Canada weighs RU-486 approval CBC NEWS CANADA]
  11. ^ ダンコ・ラボラトリ-ズWEBページ
  12. ^ Healy D (2009). "Mifepristone: an overview for Australian practice". Australian Prescriber 32 (6): 152–154.
  13. ^ FDA approves Korlym for patients with endogenous Cushing’s syndrome, Food & Drug Administration, February 17, 2012, Retrieved 2014-01-18
  14. ^ a b 米医師会 仏の流産薬の治験認める 1990年07月03日 日刊薬業 10頁 (全242字)
  15. ^ Wertheimer RE (November 2000). "Emergency postcoital contraception". Am Fam Physician 62 (10): 2287–92. PMID 11126855.
  16. ^ Exelgyn Laboratories (February 2006). "Mifegyne UK Summary of Product Characteristics (SPC)". Retrieved 2007-03-09.
  17. ^ a b c d Abortion drug decision pushed back by Health Canada 2015年1月13日
  18. ^ a b c d e f ルセル・ユクラフ 妊娠中絶薬の米での臨床試験にメド 1994年05月18日 日刊薬業 9頁 (全578字)
  19. ^ 1990年02月27日 AERA 13頁
  20. ^ a b c d e f Arrival of RU486 in Australia a great leap forward for women 30 August 2012, 5.45pm AEST]
  21. ^ 1990年02月27日 AERA 13頁
  22. ^ 1990年02月27日 AERA 13頁
  23. ^ a b c d e 大統領選の争点に浮上 米国「飲む中絶薬」が市販へ 2000年10月20日 週刊朝日 142頁 (全1256字)
  24. ^ 経済誌ZAITEN2008年6月号
  25. ^ 妊娠中絶薬の安易な個人輸入や使用は危険!
  26. ^ a b 中絶薬、自ら服用し堕胎 容疑の女書類送検 未承認、ネット購入 産経新聞 2010.11.20 東京朝刊 26頁 第2社会 (全639字)
  27. ^ a b 海外短信・FDA 中絶用ピル「RU-486」の認可決定を延期 2000年02月24日 日刊薬業 4頁 (全313字)
  28. ^ 日刊薬業 9頁 1999年07月09日
  29. ^ AFP BB NEWS 2009年12月10日
  30. ^ Ulmann A (2000). "The development of mifepristone: a pharmaceutical drama in three acts". J Am Med Women's Assoc 55 (3 Suppl): 117–20. PMID 10846319. 
  31. ^ Wu S (2000). "Medical abortion in China". J Am Med Women's Assoc 55 (3 Suppl): 197–9, 204. PMID 10846339. 
  32. ^ Right to Life New Zealand
  33. ^ Sparrow MJ (2004). "A woman's choice". Aust NZ J Obstet Gynaecol 44 (2): 88–92. doi:10.1111/j.1479-828X.2004.00190.x. PMID 15089829.