マントヴァ公国
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(マントヴァ公から転送)
| マントヴァ公国 | |||||
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| Ducato di Mantova | |||||
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マントヴァ公国の位置 | |||||
| 公用語 | ロンバルド語, イタリア語 | ||||
| 首都 | マントヴァ | ||||
| 公 | |||||
| 1433年 - 1444年 | ジャンフランチェスコ・ゴンザーガ(初代) | ||||
| 1665年 - 1708年 | フェルディナンド・カルロ・ゴンザーガ=ネヴェルス(最後) | ||||
| 変遷 | |||||
| 建国 | 1433年 | ||||
| ミラノ公国へ併合 | 1708年 | ||||
| カンポ・フォルミオ条約によって完全消滅 | 1797年10月17日 | ||||
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マントヴァ公国(マントヴァこうこく、伊: Ducato di Mantova)は、中世イタリアにおいて存在した君主国である。首都はマントヴァ。
1433年に、長年マントヴァの僭主(シニョーレ)であったゴンザーガ家が侯爵の地位を獲得して領主となり、フェデリーコ2世が1530年に公爵に昇格したことにより、マントヴァ侯国から公国となった。
1708年にフェルディナンド・カルロ(カルロ3世)が亡くなると、ミラノ公国に編入され、オーストリア・ハプスブルク家領となった。