エトルリア王国
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エトルリア王国(エトルリアおうこく、イタリア語: Regno d'Etruria)は、19世紀初頭のイタリアに存在した王国である。
1801年2月9日に締結されたリュネヴィルの和約を受けて、トスカーナ大公国はフランスの手に渡り廃止された。同年3月21日にナポレオンによる傀儡国家としてエトルリア王国が成立した。エトルリアとは、トスカーナの古名である。王位にはブルボン=パルマ家のルドヴィーコ1世がついた。ルドヴィーコが死ぬと、子のルドヴィーコ2世ことカルロ2世ルドヴィーコが王位を継承した。しかし1807年のフォンテーヌブローの密約によりポルトガルがスペインとフランスによって分割併合されると、ナポレオンはカルロ2世ルドヴィーコをポルトガル北部に新設した傀儡国家北ルシタニア王国の王とし、エトルリア王国の方は廃止してフランス帝国に併合した。2年後ナポレオンは妹のエリザを女大公としてトスカーナ大公国を復活させている。
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