フィレンツェ公国
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| フィレンツェ公国 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| Ducato di Firenze | |||||
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フィレンツェ公国の位置(1548年) | |||||
| 公用語 | イタリア語 | ||||
| 首都 | フィレンツェ | ||||
| フィレンツェ公 | |||||
| 1532年 - 1537年 | アレッサンドロ・デ・メディチ(初代) | ||||
| 1537年 - 1569年 | コジモ1世(最後) | ||||
| 変遷 | |||||
| 成立 | 1532年 | ||||
| トスカーナ大公国となる | 1569年 | ||||
| 通貨 | フローリン | ||||
| 現在 |
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フィレンツェ公国(フィレンツェこうこく、伊: Ducato di Firenze)は、16世紀のイタリアに存在した国家である。首都はフィレンツェ。
1532年、神聖ローマ皇帝カール5世によりアレッサンドロ・デ・メディチにフィレンツェ公の位が与えられると、メディチ家に事実上支配されていたフィレンツェ共和国はフィレンツェ公国となった。
1537年にアレッサンドロが暗殺されると、傍系であるコジモ1世・デ・メディチが後を継いだ。
1555年にはシエーナ共和国との戦争が終わり、1559年のカトー・カンブレジ条約によりシエーナを併合した。
1565年に、息子のフランチェスコが、前神聖ローマ皇帝フェルディナント1世の娘ヨハンナと結婚し、神聖ローマ帝国との結びつきをさらに強めた。