マグヌス1世 (ノルウェー王)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
マグヌス1世
Magnus I
ノルウェー王
デンマーク王
Magnus den Gode.jpg
在位 1035年 - 1047年(ノルウェー王)
1042年 - 1047年(デンマーク王)
出生 1024年
死去 1047年10月23日
埋葬  
ニーダロス大聖堂
王家 ユングリング家
王朝 ホールファグレ朝
父親 オーラヴ2世
母親 アルフヒルズ
テンプレートを表示

マグヌス1世Magnus I1024年 - 1047年10月23日)はノルウェー(在位:1035年 - 1047年)およびデンマーク(在位:1042年 - 1047年)。聖オーラヴの庶子で、善王(den Gode)として知られていた。

生涯[編集]

1028年から1035年の間、ノルウェーから追放されていたが、クヌーズ大王の死後、デンマークの支配に疲弊していたノルウェーの貴族達に呼び戻された。また、デンマーク王ハーデクヌーズと一方が後継者なく死去した場合は他方がその王位を継承するという協定を結んでいたため[1]、1042年にハーデクヌーズが死去した際、クヌーズの姉エストリズ英語版の息子スヴェン英語版を王にする声があったにもかかわらず、デンマークの王にもなった。デンマークの南方国境で大騒乱があり、1043年にマグヌスが重要な勝利をLyrskov Hedeでおさめた。こうして彼は善王と呼ばれるようになった。

ライバルであったスヴェンは諦めずに彼らの間には無数の闘争があった。事態はスヴェンをデンマークの伯爵にする事で解決がはかられた。

『マグヌス善王のサガ』の一場面

また、マグヌスの権力を奪い取ろうとする叔父のハーラルともノルウェーで紛争を起こした。1046年、マグヌスはハーラルに権力を割譲する事を強いられた。1047年、スヴェンはスウェーデンアーヌンド・ヤーコブ英語版の助けを借りてデンマークから追い出された。スヴェンは充分な支持を集める事ができずに、スカニアへ追われた。マグヌスは1047年に落馬して死んだ。死の床で彼はデンマークの後継者がスヴェン、ノルウェーの後継者がハーラルであることを宣言した。遺骸はノルウェーへ運ばれ、彼の父と同じくトロンハイムニーダロス大聖堂に埋められた。彼の死により、聖オーラヴの直系による王位は途絶え、それが復活したのは1280年にマグヌスの実の姉妹ヴルフヒルト英語版(ザクセン公オルドルフ英語版と結婚、ザクセン公マグヌスの母)の子孫を母に持つエイリーク2世が王位を継いだ1回限りであった。

子孫[編集]

マグヌスの娘はノルウェーの貴族と結婚した。その子孫の一人はオークニー伯と結婚した。その子孫のイングランドジェームズ1世スコットランドにもなり、その子孫のデンマーク王クリスチャン7世はマグヌスの血を引くはじめてのノルウェー王となった。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 百瀬 他、p. 59

参考文献[編集]

  • 百瀬宏 他 『新版世界各国史 21 北欧史』 山川出版社、1998年

関連書籍[編集]

先代:
クヌーズ
ノルウェー国王
1035 – 1047
次代:
ハーラル3世
先代:
ハーデクヌーズ
デンマーク国王
1042 – 1047
次代:
スヴェン2世