ボンボン・マルコス

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ボンボン・マルコス
Bongbong Marcos
Ferdinand R. Marcos Jr (cropped).jpg
公式肖像写真(2022年)

任期 2022年6月30日
副大統領 サラ・ドゥテルテ

任期 2010年6月30日2016年6月30日

任期 1992年6月30日 - 1995年6月30日
2007年6月30日2010年6月30日

任期 1983年 - 1986年
1998年6月30日2007年6月30日

任期 1980年1983年

出生 (1957-09-23) 1957年9月23日(65歳)
Flag of the Philippines (1936–1985, 1986–1998).svg フィリピン
マニラ首都圏マニラ
政党 新社会運動(1980年 - 2009年)
国民党(2009年 - 2021年)
フィリピン連邦党(2021年 - )
出身校 オックスフォード大学
ウォートン・スクール
配偶者 ルイーズ・アラネタ・マルコス(1993年結婚)[1]
署名 Bongbong Marcos Signature.svg

フェルディナンド・ロムアルデス・マルコス・ジュニアFerdinand Romualdez Marcos Jr.、通称:ボンボン・マルコスBongbong Marcos1957年9月23日 - )は、フィリピン共和国政治家。フィリピンの第17代大統領。かつて北イロコス州知事や下院議員上院議員を務めた。実父はフィリピンの元大統領フェルディナンド・マルコス、実母はイメルダ・マルコスである。

来歴[編集]

1982年にマルコス一家がペンタゴンを訪れた際の写真。

1957年マニラ首都圏マニラ市でフェルディナンド・マルコス(シニア)とイメルダ・マルコスの長男(第二子)として生まれる。1970年イギリスに送られ、ウェスト・サセックスのワース・スクールに入学した。その後、オックスフォード大学セント・エドモンド・ホールに入学。ここで哲学・政治学・経済学コース(PPE)を学び、学士号を取得したと言われていたが、実際は虚偽で、非卒業者に渡される「特別卒業証書」を取得していた[2]。その後、アメリカ合衆国フィラデルフィアペンシルベニア大学ウォートン・スクール経営学修士課程に進学するも修了しないままフィリピンに戻った。

1980年、当時フィリピンを統治していた新社会運動の下、無投票で北イロコス州副知事に就任した。その後、1983年に州知事に就任した。1986年エドゥサ革命により、父・シニア政権は打倒され、一家は米軍によりアメリカ合衆国ハワイ州に連れだされ、結果亡命移住生活をした。

シニアが1989年にハワイ州で死去した後、コラソン・アキノ大統領はマルコス家の帰国を許可し、一家はフィリピンに戻った。権力基盤の再構築を開始し、1992年から1995年には北イロコス州第2区地区選出の下院議員を務め、1998年には再び北イロコス州知事に正当な選挙による当選で就任した。

2010年上院議員に当選したが、2015年8月26日のテレビ番組内で、大統領選挙への出馬を示唆し[3]、その後2016年フィリピン大統領選挙において副大統領候補として出馬し、エドゥサ革命のことを隠して、漫画を使った自伝で選挙戦を展開したが、対立候補のレニー・ロブレドに敗北した[4]

2021年10月5日、自身のフェイスブック上で2022年フィリピン大統領選挙に出馬することを表明した[5]。その後、11月13日には現職ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の娘でダバオ市長のサラ・ドゥテルテが、大統領選挙への立候補を取りやめ、副大統領選挙に立候補し、マルコスと連携することを発表した[6]

2022年5月9日のフィリピン大統領選挙において、相手候補のレニー・ロブレドに開票途中で2倍以上の差をつけ[7][8]て圧勝した[9]。6月30日大統領に就任すると、11月21日に訪比したアメリカ副大統領カマラ・ハリスと会談[10]。ハリスはこの会談で「南シナ海に関する国際ルールと規範を守るため、われわれはフィリピンと共にある。南シナ海でフィリピンの軍隊、艦船、航空機が武力攻撃を受けた場合、米国の相互防衛の約束が発動される」と述べた[10]

脚注[編集]

  1. ^ “Bongbong takes a bride”. Manila Standard (Kamahalan Publishing Corp.): p. 4. (1993年4月19日). https://news.google.com/newspapers?id=EehMAAAAIBAJ&sjid=3QoEAAAAIBAJ&pg=6809%2C2611836 2021年10月10日閲覧. "Rep. Ferdinand (Bongbong) Marcos II wed his fiancee, Louise 'Lisa' Araneta Saturday [April 17] at the Church of St. Francis in Siesoleママ〕, Italy." 
  2. ^ 比大統領選有力候補ボンボン・マルコスに学歴詐称疑惑 オックスフォード大卒はフェイク?”. NewsWeek日本版 (2021年10月23日). 2022年3月6日閲覧。
  3. ^ “故マルコス元大統領の息子、来年のフィリピン大統領選出馬を示唆”. AFP. http://www.afpbb.com/articles/-/3058469 2016年6月21日閲覧。 
  4. ^ マルコス王朝に暗雲、比副大統領選で惜敗か”. WSJ. 2016年6月21日閲覧。
  5. ^ “比大統領選、故マルコス氏長男が出馬 世論調査支持2位”. 日本経済新聞. (2021年10月5日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM2437V0U1A920C2000000/ 2022年3月6日閲覧。 
  6. ^ “ドゥテルテ氏長女、副大統領選出馬へ マルコス氏と連携”. 日本経済新聞. (2021年11月13日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM1325C0T11C21A1000000/ 2022年3月6日閲覧。 
  7. ^ フィリピン大統領選、マルコス氏の当選確実 親中路線踏襲へ”. 日本経済新聞 (2022年5月10日). 2022年5月10日閲覧。
  8. ^ フィリピン大統領選、マルコス氏が当選確実 元大統領の長男”. 毎日新聞 (2022年5月10日). 2022年5月10日閲覧。
  9. ^ 焦点:悪名高い「王朝」が復権、比選挙でマルコス氏圧勝”. Reuters (2022年5月10日). 2022年5月10日閲覧。
  10. ^ a b 米副大統領、フィリピン防衛を約束 マルコス大統領と会談」『Reuters』、2022年11月21日。2022年12月11日閲覧。

外部リンク[編集]

公職
先代
ロドリゴ・ドゥテルテ
フィリピンの旗 フィリピン共和国大統領
第17代:2022年6月30日 –
次代
現職