ファジー・ゼラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
No image.svg ファジー・ゼラー Golf pictogram.svg
Fuzzy Zoeller
Fuzzy Zoller 2008 Senior Players Championship.jpg
基本情報
名前 ファジー・ゼラー
生年月日 1951年11月11日(64歳)
身長 178 cm (5 ft 10 in)
体重 86 kg (190 lb)
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ・インディアナ州
ニューアルバニー
経歴
プロ転向 1973年
成績
優勝回数 米PGA10・米シニア2
メジャー:1979年マスターズ
1984年全米オープン
テンプレートを表示

ファジー・ゼラーFuzzy Zoeller, 1951年11月11日 - )は、アメリカインディアナ州ニューアルバニー出身の男子プロゴルファー。本名は Frank Urban Zoeller Jr. (フランク・アーバン・ゼラー・ジュニア)といい、「ファジー」は彼の愛称である。1979年マスターズ1984年全米オープンで優勝し、メジャー大会に2勝を挙げた選手である。1981年全米プロゴルフ選手権2位・1994年全英オープン3位もある。PGAツアーではメジャー2勝を含めて総計10勝を挙げ、50歳以上の選手を対象にしたチャンピオンズツアーでも2勝している。

3歳からゴルフを始め、1973年にプロ入り。1976年には8ホール連続バーディのプロ新記録を達成。プロ7年目の1979年シーズンの3戦目、1月末のサンディエゴ・オープンでゼラーはツアー初優勝し、その資格で初出場したマスターズでメジャー初優勝(ツアー2勝目)。最終ラウンドの終了時点で、ゼラーとトム・ワトソンエド・スニードの3人が8アンダー(-8, 280ストローク)で並んだため、マスターズ史上初めて「サドンデス・プレーオフ」を行い、ゼラーがプレーオフ2ホール目(11番ホール)のバーディで制した。それまでは、マスターズのプレーオフは翌日にもう1日(18ホールの1ラウンド)延長で実施されていたが、この時からサドンデス・プレーオフ方式になり、現在に至っている。マスターズの大会創設期、第1回大会優勝者のホートン・スミスと第2回優勝者ジーン・サラゼンの後は、初出場で優勝した選手はいなかった。

それから5年後の1984年、ファジー・ゼラーは全米オープングレグ・ノーマンオーストラリア)とのプレーオフに勝ち、ここでもプレーオフで優勝をもぎ取った。この年の全米オープン開催コースは、ニューヨークの「ウィングドフット・ゴルフクラブ」(パー70)で、2人の並んだスコアは 4 アンダーパー(-4, 276ストローク)であった。ところが、2か月後の全米プロゴルフ選手権の会場に着いた時、ゼラーは背中の激痛に苦しみ、開幕直前で出場断念を余儀なくされる。脊椎部椎間板ヘルニアの手術を受け、試合への復帰までに半年を要した。手術から復帰した1985年、ゼラーは全米ゴルフ協会から「ボビー・ジョーンズ賞」を授与された。これはゴルフにおいて、優れたスポーツマンシップを発揮した選手に贈られる賞である。PGAツアーでは1986年に年間3勝を獲得したが、それ以後はレギュラー・ツアーでの優勝がなくなった。

自らのマスターズ優勝から18年後、ゼラーは1997年のマスターズ終了後にトラブルを起こした。マスターズの慣習の1つに、前年度優勝者がトーナメント開幕前に主催する「チャンピオンズ・ディナー」がある。1997年マスターズで、当時21歳のタイガー・ウッズ黒人選手として初の優勝を決めた後、45歳のゼラーが「坊やはよくやっているよ。彼が来年(チャンピオンズ・ディナーの主催者として)フライドチキンやコラードグリーンを注文しないように言ってくれ」と話した場面がアメリカのCNNテレビで放映された。フライドチキンやコラードグリーンは、黒人が一般的に好む食べ物であることから、ゼラーの発言は「人種差別発言」の非難を浴び、彼はスポンサー契約解除などの社会的制裁を経験した。ウッズはゼラーの謝罪を受け入れたが、この発言の波紋はその後も広がり続けた。

2002年から、ゼラーは50歳以上の選手を対象にしたチャンピオンズツアーに参戦を開始し、これまでにチャンピオンズツアーで2勝を挙げた。シニア初参戦の年だった2002年に「シニアPGA選手権」でメジャー大会優勝があり、2004年の「マスターカード選手権」でシニアツアー2勝目を獲得している。

プロ優勝 (19)[編集]

PGAツアー (10)[編集]

No. 日付 トーナメント スコア パー ストローク差 2位の選手
1 Jan 28, 1979 アンディ・ウィリアムス=サンディエゴオープン・インビテーショナル 76-67-67-72=282 −6 4打差 アメリカ合衆国の旗 Billy Kratzert, アメリカ合衆国の旗 Artie McNickle,
アメリカ合衆国の旗 トム・ワトソン
2 Apr 15, 1979 マスターズ・トーナメント 70-71-69-70=280 −8 Playoff アメリカ合衆国の旗 エド・スニード, アメリカ合衆国の旗 トム・ワトソン
3 May 17, 1981 Colonial National Invitation 67-69-68-70=274 −6 4打差 アメリカ合衆国の旗 ヘール・アーウィン
4 Apr 18, 1983 Sea Pines Heritage 67-72-65-71=275 −9 2打差 カナダの旗 ジム・ネルフォード
5 Sep 28, 1983 Panasonic Las Vegas Pro Celebrity Classic 63-70-70-64-73=340 −15 4打差 アメリカ合衆国の旗 レックス・コールドウェル
6 1984年6月17日 全米オープン 71-66-69-70=276 −4 Playoff オーストラリアの旗 グレグ・ノーマン
7 Mar 10, 1985 ハインツ・ベイヒルクラシック 70-72-66-67=275 −9 2打差 アメリカ合衆国の旗 トム・ワトソン
8 Feb 2, 1986 AT&Tペブルビーチナショナルプロアマ 69-66-70=205 −11 3打差 アメリカ合衆国の旗 ペイン・スチュワート
9 Apr 20, 1986 Sea Pines Heritage (2) 68-68-69-71=276 −8 1打差 アメリカ合衆国の旗 チップ・ベック, アメリカ合衆国の旗 Roger Maltbie,
オーストラリアの旗 グレグ・ノーマン
10 Jul 13, 1986 Anheuser-Busch Golf Classic 70-68-72-64=274 −10 2 strokes アメリカ合衆国の旗 Jodie Mudd

その他 (4)[編集]

  • 1985 Skins Game
  • 1986 Skins Game
  • 1987 メリルリンチ・シュートアウト選手権
  • 2003 Tylenol Par-3 Challenge

チャンピオンズツアー (2)[編集]

太字はメジャー優勝

その他シニア優勝 (3)[編集]

  • 2002 Senior Slam
  • 2008 Wendy's Champions Skins Game (with Peter Jacobsen)
  • 2009 Wendy's Champions Skins Game (with Ben Crenshaw)

外部リンク[編集]