スポーツマンシップ

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ここではスポーツマンシップ (英:sportsmanship)について解説する。

概要[編集]

大辞泉には、スポーツマンシップについて、正々堂々と、全力を尽くして競技するスポーツマンとしての態度や精神のこと[1]、と簡素に書かれている。

『新しいスポーツマンシップの教科書』には、スポーツマンシップを体現するには次のような行動原理が必要である、と書かれている[2]

  • フェアにプレーしなければならない[2]
  • 勝つためにベストをつくす[2]
  • 味方が不利ならば、さらに奮闘する[2]
  • 負けた時は笑顔で認め、次回再びチャレンジする[2]
  • 審判の判定は承認し、審判に対して復讐などしてはいけない[2]
  • 来訪した相手は大切なお客として迎える。その際、地位の有利があれば、それは相手に与える[2]

欧米ではスポーツマンシップがしっかり理解されているのに、日本ではスポーツマンシップの理解が非常に浅い[3]。「スポーツマンシップ」を理解しておらず、ろくに説明できないような選手が、大会で宣誓台に立って代表として、「スポーツマンシップにのっとり、正々堂々と...」などと宣誓している[3]。理解してもいないスポーツマンシップに「のっとって」行動することができるわけがなく[3]、日本では、とても滑稽なことが起きている。

スポーツマンシップがどのようなものか理解したり、スポーツマンシップの重要性を理解するためには、そもそもスポーツというものがいかなるものなのか理解したほうがよい[4]。「スポーツ」とは単なる「遊び」でもなく、また単なる「運動」でもなく、スポーツとは「運動を通して、競争(勝ち負け)を楽しむ、真剣な遊び」を意味している[4]

スポーツというのは、もともと「遊び」である。「労働」ではない。労働であってはならないのである。「遊び」の比較対象になる「労働」のほうは、糧を得るための実用的なもので、苦痛が多くてもしかたのないものなのかも知れない[5]。だが、「遊び」はそれ自体が「楽しい行動」だ、ということに価値がある。スポーツは、あくまで「遊び」であって、社会には必須のものではない。(スポーツはもともと「社会に無くても困らないもの」なのである[5]。)スポーツは「遊び」であるからこそ、スポーツに参加することで得られる「喜び」や「楽しさ」が非常に重要なのである[5]。そして、スポーツは、結果ではなく、過程こそが重要な意味を持っている[5]

また、スポーツは次のようなことを理解するのに役立つ[6]

  • 原理・原則は何なのか[6]
  • それらの原理・原則はなぜ必要なのか[6]

こうしたことはスポーツの目的のひとつで、これらが重要だからこそスポーツが世界に普及したと言っても過言ではなく、これらはスポーツマンシップを理解する上でも鍵である[6]

スポーツマンシップは「スポーツマン」になるための「心構え」である[7]。 スポーツマンシップは、アスリート(=競技参加者)が競技への参加を通じて少しづつ身につける「総合的な人格力」のようなものである[7]。スポーツマンシップに磨きをかけることで、自分との戦いに勝ち、自分に磨きをかけられるようになる[7]

以下、スポーツのゲームとその成立要件を説明し、スポーツマンシップとして何が必要か、その理由が分かるように説明する。

ゲーム成立に必須な3つの要件[編集]

競争(勝ち負け)を競う場のことを「ゲーム」というが[4]、そもそも「ゲーム」が成立するためには次の3つの条件が必須である[4]

  • ルール
  • (競い合う)相手
  • 審判

つまり①ルール ②相手 ③審判、これら3つは必須なのである。

ルール[編集]

スポーツのルールには次の3つの役割がある[8]

①条件をそろえる役割[8]

いつでも公平にゲームが行えるように、「空間」「時間」「人数」「形式」などが定められている[8]

②暴力を抑える役割[8]

暴力的になったり、暴言が飛び交うようではゲームを楽しく遊べない[8]。ルールが存在してそれを守ることで、ゲーム参加者は「理性的に」ゲームを楽しむことができるようになる[8]

③(楽しめるように)プレーを難しくする役割[8]

あまりに簡単に得点できたり勝利できたりするようではゲームはとても退屈になってしまう[8]。そのために、スポーツではルールによって、あえて障害を設けているのである[8]。「サッカーではなぜ手を使えないか?」「ラグビーではなぜ球を前に投げてはいけないか?」とじっくり自問してみれば理由がよく分かる。手を使うことや、前に投げることを禁ずるからこそ、楽しくなっているのである[8]。 たとえば、サッカーのオフサイドやハンド禁止、ラグビーの「スローフォワード」や「ノックオン」の禁止、バスケットボールの「ダブルドリブル」や「トラベリング」禁止など、その禁止ルールがあるからこそ、目的の達成が適度に難しくなり、ゲームが楽しくなっているのである[8]

相手[編集]

ゲームをすれば、形式上「勝者」と「敗者」というものができるが、そんなことで相手を憎んだり、馬鹿にするようではいけない。

競争の場があることによって、人間というのは自分の能力を高めたり、自分の能力を表現することが可能になる[8]。 競争の場が成立するためには、そもそも「競争する相手」の存在が不可欠である[8]

競争の場があるから、自分も相手も、競争での勝利を目指して、練習を積み重ねられる[8]

そして、相手がいるからこそ、それぞれゲームの場でそれぞれのベストを尽くし、それぞれの限界への挑戦を行うことができる。片方が本気でプレーしないと、その相手もよいパフォーマンスをすることができない[8]

つまり、相手がいないと、ゲームの場も無くなり、プレーすらできなくなる。スポーツの競争相手・対戦相手というのは、あくまで「相手(opponent)」なのであって、「敵」ではないのである[8]。 スポーツのゲームの相手は、実は、ゲームを共に楽しむための「仲間」なのである[8]

「相手」は、実は、同じスポーツを愛する「仲間」であり、相手がいてくれるおかげではじめてゲームが成立し、ゲームが成立するから自分もパフォーマンスをする機会が得られるのだ、ということが理解できれば、相手を大切に思い、試合の前や後に、さわやかに挨拶を交わすべきだ、ということも理解できるわけである。

審判[編集]

スポーツの審判というのは、(社会における警察官のように)ゲームの秩序を守る人であり、マナーを教える親のような存在でもあり、オーケストラの指揮者のようにゲームを統率しもする[8]

(知っている人は知っているが実は)プレーヤーと同様に、審判も自分の役割を果たそうと努力している[8]。審判のほとんどが、そのスポーツが心底好きだから審判になろうと決心し、相当の努力を積み重ねて審判に必要な様々な技術を習得している[8]。つまり、(一部の未熟なプレーヤーが誤解しているのとは異なっていて)審判はプレーヤーのあらさがしをしているのではなく、そのスポーツのゲームが好きで、皆がそれを楽しめるものにするために ルールの体現者の役割を果たしているのであって、審判も(そのスポーツを愛し、そのスポーツを盛り上げる役割を果たしている)「仲間」なのである[8]

楽しいゲームのためには、ルール・相手・審判が単に存在するだけでは不十分[編集]

ルールが「ある」だけでは不十分である。公平なルールでなければゲームは楽しくない。片方のゴールが大きくて、もう片方のゴールが小さくては、(不公平で、各プレーヤーのパフォーマンスが良いのか悪いのかも良く分からず)楽しくない。例えば、野球をする時、もしも片方のチームは守備は9人で、もう片方は守備を30人で行ってよい、といったルールだったら楽しめない[8]。スポーツでは、公正なルールがあってそれが守られて、はじめてスポーツのゲームは楽しいものとなるのである。

相手も、ただ「いる」だけでは不十分である。相手が全員怪我をして十分にプレーできなかったら楽しくない[8]。相手に真剣さが無くて、手抜きプレーをしていても楽しくない。

審判も、ただ「いる」だけでは不十分である。たとえば審判が、どちらかのチームの関係者で、「えこひいき」したら、勝ったほうも(「後ろめたい」し、自分の本当の実力では勝てなかったと、暗に示されたようなもので)楽しくない[8]

つまり、公正なルールがあって、勝負する甲斐のある相手があって、審判が公正にジャッジしてくれて、はじめてゲームというのは心から楽しめるものになるのである[8]

そうした原理・原則を理解して、「スポーツマン」になるべく、(誰から言われなくても)自発的に、大切な原則を守った行動を忍耐強く保ちつづける態度がスポーツマンシップなのである。

相手を尊重する。勝負は、結果(勝ち負け)ではなく、過程のほうが大切。それぞれがフェアプレーに徹し、ベストを尽くすことが大切。ゲームが終われば、互いに握手して、お互いの健闘を称えあうのがスポーツマンシップ。

歴史[編集]

『Oxford English Dictionary』によれば、“sportsmanship”の初出は、フィールディングの小説作品『トム・ジョーンズ』(1749年)で、主人公のトムが5本の柵を飛び越える乗馬技術を指して用いられており、これが19世紀末から20世紀初期にかけて倫理的ニュアンスを含むようになった。


参考文献[編集]

  • 広瀬一郎『新しいスポーツマンシップの教科書』学研、2014

脚注[編集]

  1. ^ デジタル大辞泉【スポーツマンシップ】
  2. ^ a b c d e f g 『新しいスポーツマンシップの教科書』p.13~14
  3. ^ a b c 『新しいスポーツマンシップの教科書』p.38-29
  4. ^ a b c d 『新しいスポーツマンシップの教科書』p.13~14
  5. ^ a b c d 『新しいスポーツマンシップの教科書』p.23-24
  6. ^ a b c d 『新しいスポーツマンシップの教科書』p.39
  7. ^ a b c 『新しいスポーツマンシップの教科書』p.39
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 『新しいスポーツマンシップの教科書』p.16-18

関連項目[編集]

外部リンク[編集]