バダフシャーン州

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バダフシャーン州
座標: 北緯36度45分 東経72度0分 / 北緯36.750度 東経72.000度 / 36.750; 72.000
アフガニスタンの旗 アフガニスタン
州都 ファイザーバード
行政[1]
 - 州知事 シャー・ワリウッラー・アデエブ (イスラム協会)
面積[2]
 - 計 44,835.9km2 (17,311.2mi2)
標高[3] 1,226m (4,022ft)
人口 (2012)[2]
 - 計 904,700人
 - 人口密度 20.2人/km² (52.3人/mi²)
等時帯 UTC+4:30
ISO 3166コード AF-BDS
主要言語 ダリー語
ウズベク語
座標は[4]

バダフシャーン州Badakhshān Velāyatパシュトー語د بدخشان ولايتダリー語表記:استان بدخشان)は、アフガニスタン北東部のである。面積は4万4836平方キロメートル(34州中5位)[2]、総人口は約90万人(34州中10位)[2]、人口密度は20人/平方キロ(34州中28位)である[2]。州都はファイザーバード市。バダクシャン州バダクシャン県[5]とも。

名称[編集]

バダフシャーン地方

バダフシャーン州からタジキスタンの南西部にかけての一帯は、かつてバダフシャーンと呼ばれていた。またファイザーバードの前に首都があったBaharakによるという説がある[6]

地理[編集]

バダフシャーン州の地形

バダフシャーン州はパミール高原の外縁やヒンドゥークシュ山脈の山中に位置する州である。標高5000メートルを越えるパミール高原の南縁のワハーン回廊から西へ流れ出たパンジ川は、途中で北へ大きく向きを変えて高原と外縁を東西に分ける。バダフシャーン州の北部はパンジ川に沿って逆U字型をしており、シバ湖(Shiva)の近くの東端の町シグナーン(Shighnan)、東から来たパミール・ハイウェイパンジ川と別れる北端の町Nusai(Darwaz、ダルワーズ)、タジキスタンのクリャーブからアクセスしやすい西端の町クワハーン(Khwahan)などが比較的大きな町である。シグナーンやダルワーズの山は万年雪に覆われているが、山脈は西へ行くに従って標高を落としていく。一方、パミール高原のすぐ南にはヒンドゥークシュ山脈があり、Kuh-e Bandaka山(6812メートル)のような険しい高山が西へ向かって続いている。州の南部のクラン・ワ・ムンジャン郡の辺りの標高5000メートルを越える山脈からはコクチャ川が流れ出し、州の中央を北へ向かって流れていく。その後コクチャ川はジュルム(Jurm)やバハーラク(Baharak)の辺りで西に向きを変えて、州都ファイザバードの辺りを頂点とした逆U字型で流れ、キシム(Kishim)の町がある比較的大きな盆地に出る。Kishimから西に進むとタハール州の州都タールカーン、コクチャ川に沿って北西に進むとパンジ川に達する。

ダルワーズ郡(北部) 
ファイザーバード市 
コクチャ川 
バハーラク郡(中部) 
クラン・ワ・ムンジャン郡(南部) 
ワハーン回廊(東部) 

歴史[編集]

青銅器時代・古代[編集]

インダス川とアムダリヤ川をつなぐ古代の道路[7]

古代のインダス文明はメソポアミア・ハラッパー路を通じて、金などの貴金属や木材をメソポタミア文明に輸出していた。ガンダーラの首都はパキスタンタキシラにあり、ジャララバードからクナール川沿いの渓谷をチトラルまで登ってバダフシャーン州のコクチャ川に至り、川沿いの渓谷を下ってタハール州に入りパンジ川に達する古道は、ヒンドゥークシュ山脈を越えてアムダリヤ川に達する重要な街道の1つだった[8]。またこの街道沿いにはラピスラズリを産出するサリ・サング鉱山英語版があり、メソポタミア文明に対する重要な輸出品の1つとなっていた。

メソポタミアのラピスラズリ・ペンダント(紀元前2900年頃)。 
マリシュメール)のエビフ・イルの像紀元前25世紀)。目の青い部分にラピスラズリが使われている。 
ラピスラズリの原石。 

中世[編集]

春のパミール高原(タジキスタン)

13世紀後半、中国に向かう途中のマルコ・ポーロがバダフシャーン州を訪れた。その頃のバダフシャーンは巴達哈傷と呼ばれており、タジキスタンのゴルノ・バダフシャン自治州と合わせて4面12行程の広大な王国があったと言う。住民は独自の言語を持ち、獣皮の服を着て羊を飼っていた。王はアレクサンダー大王とダリウス王の娘の子孫であり、「ズルカーネイン」の称号を名乗って居たと言う。街は防御に適した高地にあり、寒さは厳しいものの頂上部の広大な台地には草木が生い茂り、水や魚や鳥が豊富で良質な小麦が採れ、良馬を産出し、かつてはブケパロスの子孫が居たという伝説もあった。その他に碧玉群青、銀・銅・鉛なども産出し、特にバラス紅玉(Badakhshi Ruby)は国王が独占的に採掘していた。空気が綺麗で硫黄泉もあったので、マルコポーロは1年間滞在して病気を治したと言う[9]

冷戦時代[編集]

1979年には、ムジャーヒディーン侵攻したソ連軍の交戦の中心となった。1980年、ファイザーバードはソ連軍によって攻略され、以降ソ連の主要な防衛拠点となった。

冷戦終結後[編集]

1997年のアフガニスタンの状況。赤がマスード派、緑がドスタム派、黄がターリバーン

バダフシャーン州はイスラム協会英語版の幹部のブルハーヌッディーン・ラッバーニーの出身地であり、アフマド・シャー・マスードの出身地にも隣接していた為、イスラム協会の拠点の1つだった。ラッバーニーは1993年にカーブルでアフガニスタン・イスラーム国の大統領に就任したが、すぐに内戦が始まった。1996年にターリバーンはカーブルを占領し[10]、1997年から1998年にかけて近隣のクンドゥーズ州バルフ州バグラーン州の州都を次々と占領した[11][12]。バダフシャーン州でもイスラム聖職者の反乱が起きたので、ラッバーニーはタジキスタンに亡命した[12]。1998年の2月と5月にはマグニチュード5.8マグニチュード6.6の地震が発生し、バダフシャーン州やタハール州を中心に数千人の住民が死亡した[13]。バダフシャーン州ではその後も2002年から2011年までの約10年間で、3回の中規模地震と1回の大規模地震が発生している。無人の山中で地震が発生し被害が無い事も多いが[14]、2002年3月のアフガニスタン北部地震Mw7.4)ではバダフシャーン州やタハール州で300戸の住宅が被害を被った[15]

アメリカ同時多発テロ事件以降[編集]

2001年9月、アメリカ同時多発テロ事件が起き、10月にはアメリカ合衆国がアフガニスタンに侵攻した。アメリカや有志連合北部同盟の軍隊は、11月中にアフガニスタン北部からターリバーンを追放した。2004年10月、第一回の大統領選挙が実施され、バダフシャーン州ではユーヌス・カーヌーニー(約40%)が最多得票を得た[16]。2007年、戦争は激しさを増しバダフシャーン州ではハレカテ・ヨロ作戦が行われた。一方、全国的には自爆テロ無差別爆撃によってISAFや民間人に多数の犠牲者が出た[17][18]

第二回大統領選挙後[編集]

2009年8月、第二回の大統領選挙が実施され、バダフシャーン州ではアブドラ・アブドラ元外相が最多得票(約50%)を得た[19]。2010年、第二回の下院選挙と州議会選挙が行われたが、戦争は更に激しくなりISAFや民間人の死傷者が急増した[20][21]。バダフシャーン州では8月にNPOがKuran wa Munjan郡で襲撃され、10人が死亡する事件が起きた。2012年3月、北部で雪崩が起き多数の死傷者が出た。12月、ISAF軍はファイザーバード市と7つの郡[22]の治安権限をアフガニスタン軍に移譲した[23]

第三回大統領選挙後[編集]

2014年4月、第三回の大統領選挙が実施され、バダフシャーン州ではアブドラ・アブドラ元外相が最多得票(約65%)を得た[24]。しかし5月にはArgo郡でアフガニスタン地滑り災害が起き、アヘンの生産が急増した[25]。2015年4月、ターリバーンがジュルム郡などを攻撃した。州内のターリバーンは約200人で外国兵も参加している[26]。6月、ターリバーンは南部のYamgan郡の大半を占領し[27]、7月には中東部のWarduj郡[28]にあった警察のTirgaran基地を占領し[29]、8月には南西部のTagab郡を攻撃した[30]。Tirgaran基地は装備・戦力とも十分だったが、警察がほとんど戦わずに逃亡したと言う[31]。2015年10月、Jurm郡でマグニチュード7.5の地震が起き、ターリバーンがWarduj郡を占領した[32]

行政区分[編集]

バダフシャーン州の行政区分

バダフシャーンは1市28郡を擁しており、郡の数はアフガニスタンで最も多い[2]。バダフシャーン州ではArgo郡やKishim郡(約8万人)、州都やDarayim郡(約6万人)、Shahri Buzurg郡やYaftali Sufla郡(約5万人)などファイザバード周辺の州西部に多くの住民が居る。人口1万人以上の都市はコクチャ川沿いにある州都ファイザバード(3万6100人)であり、その南にあるJurm(3500人)にも都市部がある[33]

中部
北部
南部
極東部

産業[編集]

農業[編集]

バダフシャーン州の農作物 (2012年度)[34]
種類 生産量 順位
小麦 16万8000トン 11位
大麦 1万8000トン 9位
1万4634トン 9位
とうもろこし 2464トン 26位
アーモンド 225トン 9位
りんご 70トン 18位
グレープフルーツ 30トン 25位
25トン 14位
ザクロ 18トン 18位

バダフシャーン州は大麦(34州中9位)や(34州中9位)、アーモンド(34州中9位)の生産量が全国的に見て上位にあり、小麦(34州中11位)の生産量も平均的である[34]。バダフシャーン州のアヘンの耕作面積は2004年に1万5000ヘクタールを越えていたが、2008年に200ヘクタールまで急減した。しかしその後は徐々に増加し、特に2014年は4204ヘクタール(34州中9位)に急増し、増加率が全国一になった[25]

鉱業[編集]

バダフシャーン州では1960年代にソビエト連邦が金鉱脈を発見し、VekaDurやRishabなどの採鉱有望地を設定した。2011年から入札が行われ、2012年にトルコのTurkish-Afghan Mining Company(TAMC)が優先入札権を獲得した[35]

住民[編集]

民族[編集]

バダフシャーン州で最も人口が多いのはタジク人であり、ウズベク人パシュトゥーン人トルクメン人ヌーリスターン人が続く[36]。他の調査によるとイシュカーシム郡、ワハーン郡、Zebak郡、クラン・ワ・ムンジャン郡の多数派はパミール人であり、シグナーン郡東部などにもパミール人が住んでいる[37]

言語[編集]

ダリー語が約8割(77%)を占め、ウズベク語(12%)、パシュトゥー語トルクメン語ヌーリスターン語が続く[36]。識字率は27%である[36]

宗教[編集]

バダフシャーン州やタジキスタンのゴルノ・バダフシャン自治州などのパンジ川の上流部にはパミール人がおり、シーア派イスマーイール派ニザール派)を信仰している。

交通[編集]

州都ファイザーバードからタハール州タールカーンを経由して、クンドゥーズ州の州都クンドゥーズに至る道がある。またファイザーバードからコクチャ川沿いを南下して国境の町イシュカーシムに至り、その後パンジ川を北上してタジキスタンホログに至る道がある。またイシュカーシム以外にもDarwazやTemやVanj[38]などパンジ川沿いに幾つかあるタジク=アフガン友好橋英語版を渡って、タジキスタンに行く道もあるらしい。また州都にはファイザーバード空港があり、パンジ川沿いにはイシュカーシム空港Darwaz空港Khwahan空港Razer空港Sheghnan空港Yawan空港など様々な空港がある。

脚注[編集]

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  1. ^ Afghan Biographies - Adib, Shah Wali Dr. Waliullah Adeeb Wali Ullah”. Afghanistan Online. 2014年2月26日閲覧。
  2. ^ a b c d e f Area and Administrative and Population”. Islamic Republic of Afghanistan (2013年). 2014年2月3日閲覧。
  3. ^ Topological Information About Places On The Earth”. topocoding.com. 2014年3月9日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k The U.S. Board on Geographic Name”. U.S. Department of the Interior. 2014年2月14日閲覧。
  5. ^ プロジェクトサイトの位置”. 外務省. 2015年12月6日閲覧。
  6. ^ Innermost Asia: Detailed report of explorations in Central Asia, Kan-su and Eastern Iran, 5 vols. M. Aurel Stein. 1928. Oxford. Clarendon Press. Reprint: New Delhi. Cosmo Publications. 1981, Vol. II, p. 877.
  7. ^ 「シルクロードの古代都市」P29の地図を参考に作成
  8. ^ 加藤九祚 『シルクロードの古代都市』 岩波書店2013年、29-31頁。ISBN 978-4004314448
  9. ^ マルコ・ポーロ、愛宕 松男 『完訳 東方見聞録1』 平凡社2000年、151-156頁。ISBN 978-4582763263
  10. ^ 高橋 博史 (1996年). “タリバーンによる全国制覇への動き―タリバーンの首都制圧 1996年のアフガニスタン”. 日本貿易振興機構(ジェトロ) アジア経済研究所. 2014年4月6日閲覧。
  11. ^ 高橋 博史 (1997年). “タリバーンによる全国制覇の失敗―マザリシャリフ攻防戦 1997年のアフガニスタン”. 日本貿易振興機構(ジェトロ) アジア経済研究所. 2014年2月20日閲覧。
  12. ^ a b 高橋 博史 (1998年). “タリバーンによるマザリシャリフの攻略―ドストム将軍の凋落 1998年のアフガニスタン”. 日本貿易振興機構(ジェトロ) アジア経済研究所. 2014年2月20日閲覧。
  13. ^ Historic Earthquakes Magnitude 6.6 Afghanistan-Tajikistan Border Region 1998 May 30 06:22:28 UTC”. USGS Earthquake Hazards Program. 2014年4月7日閲覧。
  14. ^ アフガニスタンの地震一覧
  15. ^ Historic Earthquakes Magnitude 7.4 HINDU KUSH REGION, AFGHANISTAN 2002 March 03 12:08:19 UTC”. USGS Earthquake Hazards Program. 2014年4月7日閲覧。
  16. ^ Badakhshan Province”. Independent Election Commission of Afghanistan. 2014年3月10日閲覧。
  17. ^ アフガン大統領、NATO・米軍の「無差別」作戦を非難”. AFP BBNews (2007年6月24日). 2014年2月22日閲覧。
  18. ^ アフガニスタン、2007年は自爆攻撃が多発、タリバン掃討作戦で犠牲者増大”. AFP BBNews (2007年12月18日). 2014年2月22日閲覧。
  19. ^ Badakhshan Province”. Independent Election Commission of Afghanistan. 2014年2月17日閲覧。
  20. ^ アフガニスタン駐留兵の今年の死者600人に、過去最悪のペース”. AFP BBNews (2010年10月26日). 2014年2月22日閲覧。
  21. ^ 2010年の民間人死者、タリバン政権崩壊後最悪に アフガニスタン”. AFP BBNews (2010年3月9日). 2014年2月22日閲覧。
  22. ^ シャフレボゾルグ郡、ヤフタレソフラ郡、アルガンジ郡、バハラク郡、タシュカン郡、ケシェム郡、オルゴイ郡
  23. ^ アフガニスタン:治安情勢”. 外務省. 2014年2月6日閲覧。
  24. ^ 2014 Elections Results”. Independent Election Commission of Afghanistan. 2015年2月24日閲覧。
  25. ^ a b 2014 Afghanistan Opium Survey”. 国連薬物犯罪事務所 (2014年). 2015年3月2日閲覧。
  26. ^ Mirwais Harooni (2015年4月13日). “Taliban overrun Afghan forces in northeast, killing 18”. reuters. 2015年10月30日閲覧。
  27. ^ Mirwais Harooni、Jessica Donati (2015年6月11日). “Afghan security forces and militants battle over northeastern district”. reuters. 2015年10月29日閲覧。
  28. ^ Associated Press (2015年7月26日). “Afghan officials say Taliban take control of remote police base in deal after heavy fighting”. FOX NEWS. 2015年10月29日閲覧。
  29. ^ Mirwais Harooni、Jessica Donati (2015年7月26日). “Taliban seize Afghan police base, push closer to strategic pass”. reuters. 2015年10月29日閲覧。
  30. ^ 3 posts overrun in Badakhshan, vehicle destroyed”. アフガニスタン・イスラム首長国(タリバン) (2015年8月14日). 2015年10月29日閲覧。
  31. ^ JOSEPH GOLDSTEIN (2015年7月28日). “Taliban Make Gains Across 3 Provinces in Afghanistan”. The NewYork Times. 2015年10月14日閲覧。
  32. ^ Mirwais Harooni、Jessica Donati (2015年10月2日). “Taliban hold out in northern Afghan city, district in northeast falls”. reuters. 2015年10月29日閲覧。
  33. ^ Central Statistics Organization (2013年). “Settled Population of Badakhshan province by Civil Division , Urban, Rural and Sex-2012-13”. Islamic Republic of Afghanistan. 2014年2月8日閲覧。
  34. ^ a b Agriculture Development”. Islamic Republic of Afghanistan (2013年). 2014年2月5日閲覧。
  35. ^ Ministry of Mines and Petroleum (2012年12月8日). “PREFERRED BIDDER FOR CURRENT MINERAL TENDERS”. Islamic Republic of Afghanistan. 2014年4月6日閲覧。
  36. ^ a b c Ministry of Rural Rehabilitation and Development (2013年). “Badakhshan Provincial Profile”. Islamic Republic of Afghanistan. 2014年4月5日閲覧。
  37. ^ Afghanistan, Ethnic Groups (detailed)”. コロンビア大学 (2014年). 2015年10月28日閲覧。
  38. ^ Tajikistan, Afghanistan and AKDN Lay Foundation Stone for Fifth Bridge Between Countries”. Aga Khan Development Network (2011年10月31日). 2015年3月21日閲覧。

関連項目[編集]