ノエル・レディング

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1967年のノエル・レディング

ノエル・デヴィッド・レディングNoel David Redding, 1945年12月25日 - 2003年5月11日)は、イギリスロックミュージシャン。本来はギタリストであるが、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスベーシストとして最も有名である。

生涯[編集]

ケント州フォークストーンで生まれたレディングは、9歳の時に学校でヴァイオリンを演奏した。12歳頃にマンドリンを演奏し、14歳で初めてギターを演奏する。彼が初めて聴衆の前で演奏したのはハーヴェイ・グラマースクールのハイス・ユース・クラブでであった。

彼は17歳でプロのプレイヤーとなり、スコットランドドイツで公演旅行を行った。

ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスへの加入は偶然の産物だった。1966年末にアニマルズのギタリストのオーディションに出かけたが採用されず、チャス・チャンドラー(元アニマルズのベーシストで、ヘンドリックスのマネージャー)によってエクスペリエンスのベーシストとして採用された。レディングはそれまでベースの演奏経験がなかったものの、即興で行った「ヘイ・ジョー」(エクスペリエンスのデビュー曲)のセッションで、チャンドラーとヘンドリックスに腕を見込まれた。レディングは「オーディションに出かけた初日に生まれて初めてベースを弾かされ、経費をもらって次の日にもう一度オーディションに出向いた際、前日に弾いた曲のコード進行を覚えていたのでジミに驚かれた」と語っている。

ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスは世界的な人気バンドになったが、レディングはそれと併行してニール・ランドン、ジム・レヴァートン、エリック・ディルトン等と共にファット・マットレスを結成。独自の活動も開始した。ファット・マットレスではギターを担当している。

1969年にジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを脱退(これでエクスペリエンスは解散)。その後もヘンドリックスとは友人関係を保ったという論評もあるが、エクスペリエンス在籍時からヘンドリックスと音楽的・人間的に衝突していたという説もある。

ファット・マットレスはエクスペリエンスほどの商業的成功を収められずに解散。その後のレディングはアイルランドへ拠点を移し、独自の音楽活動を行った。シン・リジィトラフィックフィッシュとも共演した。

また、1990年に、自伝"Are You Experienced?"(邦題は『ジミ・ヘンドリックス - リアル・エクスペリエンス』、Carol Appleby共著の口述筆記)を出版、ヘンドリックスの人間性やバンドの内情、音楽業界への失望なども赤裸々につづられていた。

この本によると、レディングは1974年にエクスペリエンス時代のロイヤリティ放棄の契約にサインするよう迫られ、後には当時使用していたベースも売却せざるを得なくなった。エクスペリエンス時代の素材は以降リリースしないと言われ、ロイヤリティ買い切りとして10万ドルを受け取ったが、これは後のCD・DVD時代に行われたようなヘンドリックスの発掘音源等が頻繁に発売される以前の事である。レディングは死の直前までヘンドリックスの遺産管理団体に対し訴訟を準備していた[1]

2003年にアイルランドの自宅で死去した。

著書[編集]

  • 「ジミ・ヘンドリックス―リアル・エクスペリエンス」(日本語版) JICC出版局 (1993年8月) ISBN 4796606963

脚注[編集]

  1. ^ Row over Hendrix royalties”. BBC News (2003年2月28日). 2010年5月31日閲覧。