デニ・ムクウェゲ

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デニ・ムクウェゲ
Denis Mukwege
Denis Mukwege par Claude Truong-Ngoc novembre 2014.jpg
2014年
生誕 (1955-03-01) 1955年3月1日(67歳)
ベルギー領コンゴ ブカヴ
職業人権活動家、医師
ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:2018年
受賞部門:ノーベル平和賞
受賞理由:戦場や紛争地域において兵器として用いられる戦時性暴力英語版を終結させるための努力に対して

デニ・ムクウェゲ(Denis Mukwege, 1955年3月1日 - )はコンゴ民主共和国産婦人科医、社会活動家。コンゴ東部、南キヴ州ブカヴパンジ病院を設立し、第二次コンゴ内戦以来続く現地での戦乱により強姦(レイプ)被害にあった3万人の女性を治療し[1]、その精神的ケアにも当たっている。

ザイール時代にモブツ・セセ・セコ大統領の推進したアフリカ文化復興政策英語版の影響から、名を西洋風の「デニ」(英:「デニス」、仏:「ドニ」「ドゥニ」)からアフリカ風の「ムケンゲレ」に改名したことがあり[2]、氏名は"Denis Mukengere Mukwege"とされることもある[3]


経歴[編集]

ムクウェゲは当時ベルギー領コンゴだったブカヴでペンテコステ派宣教師の家に生まれ、ブルンジの大学で医学を学び、最初は地域の病院で医師として働き始めた後、フランスのアンジェ大学で産婦人科学を学んだ。コンゴに帰国後は、専門的な医療を受けられずにいた女性達による出産合併症を診断した。

2012年9月、ムクウェゲは国際連合で演説を行い、コンゴにおける大規模な強姦被害を報告し、コンゴや周辺諸国の各政府がその防止に対して十分な措置を執っていないと批判した。その際、既に出されていた国連での報告書でも指摘されていたルワンダウガンダ両国政府に対する非難も含まれていたともされている[1]

同年10月25日、4人の武装した男達がムクウェゲ不在時の彼の自宅を襲撃し、警備員が射殺されたが、ムクウェゲの暗殺自体には失敗した。なお、その実行犯は逮捕されていない。この襲撃以後、ムクウェゲは家族とスウェーデンベルギーに一時亡命したが、その間にパンジー病院は深刻な荒廃に瀕した。

2013年1月14日、ムクウェゲはブカヴに帰還したが、その際にはパイナップルやタマネギを売った代金を寄付して帰国の飛行機代を集めた患者女性達が歓迎した[1]

これらの活動により、下記で挙げる数々の国際賞を受賞すると共に、2013年以降はノーベル平和賞の有力候補者として見なされるようになった[4]。その予想通り、2018年にノーベル平和賞を受賞した[5]。また2015年にはハーバード大学から、2019年には梨花女子大学校から[6]医学名誉博士号も授与されている。

2019年10月3日には、東京都内の日本外国特派員協会で記者会見した[7][8]

主な受賞歴[編集]

家族[編集]

Jリーグ徳島ヴォルティスに所属するムシャガ・バケンガは甥にあたる[9]

映画[編集]

暗殺未遂にあいながらも、医療、心理的、そして司法的な手段を通して、婦人科医のムクウェゲ医師が性暴力の生存者を献身的に治療する姿を映している。

自著[編集]

  • 『すべては救済のために デニ・ムクウェゲ自伝』(加藤かおり 訳、2019年 あすなろ書房

ドキュメンタリー[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c 米川、2013
  2. ^ 森洋明図書紹介(114)『すべては救済のために』」『グローカル天理』第20巻第7号、2019年7月、 11頁。
  3. ^ American College of Surgeons (ACS) (2020年10月5日). “Honorary Fellowship in the ACS to be awarded to nine prominent surgeons from around the world”. newswise.com. https://www.newswise.com/articles/honorary-fellowship-in-the-acs-to-be-awarded-to-nine-prominent-surgeons-from-around-the-world 2021年5月3日閲覧。 
  4. ^ 朝日新聞、2013
  5. ^ ムクウェゲ医師ら2人にノーベル平和賞”. YOMIURI ONLINE (2018年10月5日). 2018年10月5日閲覧。
  6. ^ “紛争下での性暴力対策を話し合う国際会議 ソウルで開催へ”. 聯合ニュース. (2019年7月1日). https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190701005400882 2022年1月15日閲覧。 
  7. ^ 一人でも世界変えられる=ノーベル平和賞のムクウェゲ医師”. 時事ドットコム (2019年12月9日). 2019年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月26日閲覧。
  8. ^ 10/3 デニ・ムクウェゲ医師による記者会見 日本語訳” (日本語). asvcc. 2019年10月19日閲覧。
  9. ^ Øgar, Sindre (2014年1月15日). “Det er sånt et barn ikke skal se og oppleve” (ノルウェー語). Verdens Gang. http://www.vg.no/sport/fotball/norsk/landslaget/artikkel.php?artid=10149876 2014年1月15日閲覧。 
  10. ^ 「沈黙は共犯 闘う医師」”. NHK. 2021年3月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月26日閲覧。

参照[編集]