ツァラトゥストラはこう語った

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ツァラトゥストラはこう語った』(ツァラトゥストラはこうかたった、Also sprach Zarathustra)は、1885年に発表された、ドイツ哲学者フリードリヒ・ニーチェの後期思想を代表する著作。「ツァラトゥストラはかく語りき」、「ツァラトゥストラはかく語れり」、「ツァラトゥストラはこう言った」等とも訳される。全4部から構成されている。

概要[編集]

ボン大学と、ライプツィヒ大学で、文献学者リッチェルの指導を受けたニーチェは、その能力を認められ、26歳(1870年)の若さで、バーゼル大学の古典文献学教授となった。しかし、健康上の理由から、35歳(1879年)で大学を退職、孤独な執筆生活に入ることとなり、持病の発作に悩まされながらも、1889年に発狂するまで、多くの著書を世に出した。その中でも本書は最も重要なものとされている。本書の最初のインスピレーションとなったのは、1881年の夏、ニーチェがエンガティン峡谷の小村シルス・マリアに滞在したときで、そのとき散歩中のニーチェは突然永劫回帰の思想の啓示を受けたのだった。その思想が熟成し『ツァラトゥストラはこう語った』という表現形式を得たのは2年後のことであった。

全4部構成。1883年2月にわずか10日間で第1部が執筆され、同年6月に出版。続いて、同年夏に2週間で第2部、翌1884年1月に10日間で第3部が執筆され、4月に第2部、第3部が合わせて出版されたが、ほとんど売れず反響もなかった。最後に1885年に第4部が執筆されたものの、これは引き受けてくれる出版社がなく私家版40部が印刷され、その一部が親戚や知り合いに配布されただけであった。

本書は、後期ニーチェの重要な哲学的研究のひとつであり、19世紀末期におけるヨーロッパの没落を背景としながら、キリスト教的な理想に代わる超人(Übermensch)の思想が展開されている。ツァラトゥストラを主人公とする物語の体裁をとっているが、大半はツァラトゥストラによる思想の吐露である。山に篭もっていたツァラトゥストラは、神が死んだことを知り、絶対者がいなくなった世界で、超人を人々に教えようとするが、低俗な人々は耳を貸そうとしない。そこで、ツァラトゥストラは、自分の思想を理解する人を探し始めるが、「師に従うばかりではいけない」と結局弟子も棄ててしまう。ツァラトゥストラは、あらたな思索の末、人々に対して自らの思想を語ることを控えることを決め、山に帰郷する。山の中で、ツァラトゥストラは、何人かの特別に高等な人々と会い、彼らとの交流の中で歓喜する。最後には、ツァラトゥストラが再び山を降りることで、物語は締めくくられている。この一連の物語において、ニーチェは神の死、超人、そして永劫回帰の思想を散文的な文体で論じている。

テキストの背景[編集]

文体の特性[編集]

本書は、近代において書かれた哲学研究としては、独特な文体を備えている。それは、哲学書というよりも、小説や神話のような文体であり、実際に文学においても影響を与えている。ツァラトゥストラは、時には対話し、自問自答し、また詩を歌うことを通じて哲学の議論を読者に示唆している。このような文体は、議論の一貫性を通じてその論理展開を読者が理解していくのではなく、その修辞的な表現を通じて常に読者に解釈を要求するものである。たとえば、本書で登場する人物は、ツァラトゥストラ以外には固有の名前が記されておらず、道化師、隠遁者、学者、背面世界論者などと呼ばれるだけである。彼らはどのような性格を持つ者たちであるかが描写されており、彼らが特定の個人ではなく思想史における議論そのものや、観念を擬人化したものであることが、寓話の形式で示唆される。この著作では、その意味で混合散文の文体に特徴付けられる。

ツァラトゥストラ[編集]

ニーチェの初期の思想におけるディオニュソス概念がツァラトゥストラに結実したこと、また永劫回帰の思想がはじめて本格的に展開されたことは、この書物の意義の一つである。ツァラトゥストラとは、ゾロアスター教の開祖の名前であるザラスシュトラ(ゾロアスター)をドイツ語読みしたものである。しかし、この著作の思想は、ザラスシュトラの思想とはあまり関係がない。ニーチェ自身が『この人を見よ』で解説した内容に拠れば、ニーチェがツァラトゥストラの名を用いた理由は、二つある。第一に、最初に善悪二元論を唱えたゾロアスターは、道徳についての経験を最も積んだ者であり、道徳の矛盾を最も知っているはずだという理由である。第二に、ゾロアスター教では「誠実」を重んじ、ニーチェの重んじる「真理への誠実さ」も持つはずだという理由である。この著作は、「神は死んだ」„Gott ist tot“など、それまでの価値観に対する挑発的な記述によって幕を開け、ツァラトゥストラの口を通じて超人永劫回帰の思想が論じられている。

内容[編集]

本書の序章では山中で10年もの歳月を過ごしたツァラトゥストラが十分に知ることができたと悟り、人々に説教を行うために山を降りようとする。彼は道中で出会った隠遁者との対話で神の死を再認識し、街中で綱渡りを見るために集まった民衆に語りかけ、超人の思想を教えようとするが失敗した。綱渡りの大道芸は失敗して転落事故が起きる。ツァラトゥストラはその遺体を背負って埋葬しようとし、また弟子を求めるために説教を継続することが決意される。ここまでが本書の序章であり、以後に4部構成にわたってツァラトゥストラの物語が描かれている。

第1部[編集]

ニーチェはツァラトゥストラが町にて説教を行うことを記述する。美徳を論じる偽善者、プラトン主義や伝統的な形而上学を論じる背面世界の論者、または身体の軽蔑者をツァラトゥストラは批判する。そしてツァラトゥストラは魂を重視するがあまりに肉体を軽蔑する論者に対して、肉体が内包する根本を明らかにしようとする。ツァラトゥストラにとって肉体そのものがひとつの大きな理性であり、精神とは肉体の道具に他ならない。さらに自我の起源、文化、社会、国家、共同体について論じた上でツァラトゥストラはさまざまな民族がそれぞれ独自の価値観と目標を掲げ、それぞれの勝利のために争ってきたことを確認する。彼らは千の目標のために戦ってきたが、人類はまだ一つの目標を持つことができていない。またキリスト教の価値観である隣人愛の精神が自分自身への逃避であると指摘する。本来あるべき態度とは隣人に対する愛ではなく、未来に出現する者への遠人愛であると説く。そのことによってニーチェは伝統的な価値観を否定するだけでなく超人の思想を生み出すための方向性を示している。ツァラトゥストラは弟子を得ることができたが、この第1部の最後では再び弟子たちを遠ざけて一人孤独な生活へと回帰する。

第2部[編集]

第3部[編集]

第4部[編集]

日本語文献[編集]

訳書 (著作権切れ)[編集]

日本語の翻訳 日本語のツァラトゥストラ本文
ツァラトゥストラの緒言 (桑木厳翼[1]) 諸君聴きたまへ、我れ諸君に超人の説を説かう。/超人といふのは、大地或は現世の意義(Sinn der Erde)である。諸君の意志は、超人は大地の意義であれがしと望むであらう。
ツァラトゥストラの緒言 3:6-7 (生田長江 1911年訳[2]) 聽け、我は汝等に超人を教ふ。/超人は地の意義なり。汝等の意志をして言はしめよ、超人が地の意義なるべきことを。
ツァラトゥストラの序言 (山口小太郎[3]) 見よ予は爾曹に超人を教ゆるものなり/超人は是れ現世の眞諦なり。爾曹須く分別覺悟すべし、超人は是れ現世の眞諦なりと
ツァラトゥストラの序説 3:7-8 (生田長江 1921年訳[4]) 見よ、我は汝等に超人を教ふ。/超人は地の意義なり。汝等の意志をして言はしめよ──超人が地の意義ならざるべからざることを。
如是経 序品 40-41 (登張竹風 1921年訳[5]) 聞け、われ汝等に超人(佛)を說かん。/超人(佛)は地の意義なり。汝等希くば、超人(佛)は地の意義なることを欲するところあれ。
ツァラトゥストラの序説 3:7-8 (加藤一夫[6]) 見よ、我は汝等に超人を教へる。/超人は大地の意義である。汝等の意志をして云はしめよ。超人は大地の意義であらねばならぬ!と。
ツァラトゥストラの前説法 3:7-8 (登張竹風 1935年訳[7]) 聞け。私は君等に超人を教へる!/超人は地の意義だ。君等の意志は言へ、超人よ地の意義であれ!と。

訳書(現行版)[編集]

研究解説[編集]

その他[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]