スヴェルケル1世 (スウェーデン王)

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スヴェルケル1世(老王)
Swærkir konongær gambli
スウェーデン王
Sweartgar I of Sweden relief 2009 Heda Ödeshög (crop).jpg
在位 1130年頃 - 1156年
死去 1156年12月25日
配偶者 ウルフヒルド・ホーコンスドッタ
  リチェザ
子女 一覧参照
王家 ステンキル家
王朝 ステンキル朝
父親 ステンキル
母親 エンカリム
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スヴェルケル老王 (古スウェーデン語: Swærkir konongær gambli、生年未詳 - 1156年12月25日)もしくはスヴェルケル1世は、スウェーデン王(在位:1130年頃 - 1156年)。スヴェルケル家出身の最初のスウェーデン王である。

略歴[編集]

スヴェルケル家はエステルイェートランドの大貴族であった。スヴェルケルは1130年代の初めに王として認められ、エストリズセン家マグヌス1世を倒しヴェステルイェートランドを征服した。 彼の治世は26年ほどとされているが、詳しいことは分かっていない。アルヴァストラ修道院ニダーラ修道院ヴァーンヘム修道院はこの時代の創立となる。

ノヴゴロド第一年代記によれば、1142年にスウェーデン軍がノヴゴロド共和国を襲撃している。両国の間には両国の王家間の婚姻により長い間平和が保たれていたが、この衝突により3世紀にわたって続くスウェーデン・ノヴゴロド戦争が勃発することとなる。

1156年クリスマスに、スヴェルケルはアルヴァストラ小修道院での祭祀に赴く途上のアレベーク橋で殺害された。これは中世の習いとはいえ衝撃的な事件だった。犯人は王位僭称者マグヌス・ヘンリクソン(後のマグヌス2世 )だったと考えられている。

詩人一覧』には、スヴェルケルの2つのスカルド詩の名が記されている。

家族[編集]

最初の妻ウルフヒルド・ホーコンスドッタ(ホーコン・フィンソンの娘)はインゲ2世の未亡人で、再婚したデンマーク王ニルスの元から脱走してスヴェルケルに嫁いだ。2男2女をもうけた。

第二の妻リチェザ(ポーランド大公ボレスワフ3世の娘)は、以前にマグヌス1世やミンスク公ヴォロダリと結婚していた。1男をもうけた。

さらに、母親が不明の息子が一人いる。

参考文献[編集]

  • Lagerqvist Lars O., Åberg Nils. Kings and Rulers of Sweden. Vincent Publications, 2002 (ISBN 91-87064-35-9).
  • Liljegren, Bengt. Rulers of Sweden. Historiska Media, 2004 (ISBN 91-85057-63-0).
先代:
マグヌス1世
スウェーデン王
1130年? - 1356年
次代:
エリク9世