グスターボ・ドゥダメル

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はドゥダメル第二姓(母方の)はラミレスです。
グスターボ・ドゥダメル
Gustavo Dudamel.jpeg
グスターボ・ドゥダメル
基本情報
出生名 Gustavo Adolfo Dudamel Ramírez
生誕 (1981-01-26) 1981年1月26日(38歳)
出身地 ベネズエラの旗 ベネズエラララ州バルキシメト
学歴 エル・システマ
ジャンル クラシック音楽
職業 指揮者
活動期間 1999年 -
公式サイト http://www.gustavodudamel.com
グスターボ・ドゥダメル(2008年)
シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ

グスターボ・アドルフォ・ドゥダメル・ラミレス(Gustavo Adolfo Dudamel Ramírez, 1981年1月26日 - )は、ベネズエラ指揮者[1]バルキシメト生まれ。一児の父[2]

人物・来歴[編集]

ユース・オーケストラやサルサ・バンドでトロンボーン奏者として活動していた父親と声楽家の母親の元で幼い頃から音楽に親しみ、5歳頃からエル・システマによる音楽教育を受け始める。10歳でヴァイオリンを選択し、12歳のときにコンサートマスターを務めていた地元のユース弦楽合奏団で指揮にも取り組むようになり、Rodolfo Saglimbeniホセ・アントニオ・アブレウにも教えを受けながら1996年には同楽団の音楽監督になる。

1998年にアブレウの招きでカラカスに移り、1999年にはシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラの音楽監督となり、同楽団や首席指揮者を務めているアメリカ州ユース管弦楽団[3]などと世界各地で演奏することで注目を集める。

2002年ブエノスアイレスシャルル・デュトワのマスタークラスを受講し、2003年にはサイモン・ラトルの招きによりベルリンザルツブルクでアシスタントの仕事をする一方で、クラウディオ・アバドも彼をマーラー室内管弦楽団に招いている。2004年バンベルクで開かれた第1回グスタフ・マーラー国際指揮者コンクールに優勝[4]し、一躍脚光を浴びる存在となった[5][6]

2006年には、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラを指揮し、ベートーヴェン交響曲第5番第7番マーラー第5交響曲ドイツ・グラモフォンに録音し、その覇気あふれる演奏で話題となった。同年にはベルリンダニエル・バレンボイムの元で学んだ後にミラノスカラ座で『ドン・ジョバンニ』の新演出を指揮している。ドイツ・グラモフォンと専属契約。

2007年には、ローマ教皇ベネディクト16世の80歳を記念する公演でのドヴォルザークの『新世界より』が、全ヨーロッパにテレビで生中継され、2008年にはベルリン国立歌劇場に『ラ・ボエーム』でデビューした。また、2009年にはタイム誌のThe 2009 TIME 100に選出されている。

コンサートではヒナステラなどの、地元南米の作曲家の作品も積極的に取り上げている。他の楽団にはない、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラならではの開放感もあって、聴衆の人気を集めている。

2007年からはエーテボリ交響楽団の首席指揮者に、2009年からはロサンジェルス・フィルハーモニックの音楽監督となる。2008年12月来日。

2010年12月31日、ベルリン・フィルハーモニーホールにおいてベルリン・フィル ジルヴェスター・コンサート 2010を指揮した。

2012年第54回グラミー賞で、ロサンジェルス・フィルハーモニックと共演したブラームス交響曲第4番がベスト・オーケストラ・パフォーマンス賞を受賞した。

2013年 9月にミラノ・スカラ座と来日。NHK音楽祭にてヴェルディ・ガラコンサート、『アイーダ』を演奏会形式で取り上げた。

2015年 作曲家ジョン・ウィリアムズの指名により、スペシャルゲストとして『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』のオープニング曲とエンディング曲を指揮した。

2017年1月のウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2017にて指揮者を務めた。2017年のベルリン・フィル ヴァルトビューネ 2017にて指揮者を務めた。しゃべくり007にて松本潤が『会いたい人』の1人に挙げたことがきっかけで若い層にも知られるようになった。当日、偶然にも5年ぶりに日本にはいたが地方でコンサートがありスタジオに登場する事は出来なかったが、VTRで出演した。松本は「YouTubeウエストサイドストーリーの『mambo』の演奏を見て衝撃を受けた」(おそらくニューイヤーズイヴコンサートと思われる)と語っていた。

ベルリン・フィルから実力を嘱望されるほどの音楽性の持ち主である[7]

故郷ベネズエラのマドゥロ独裁政権に対し十分に声をあげていないと批判されていたが、2017年5月に反政府デモで音楽家が死亡したことをきっかけに政府批判を繰り返し行うようになった。また、その報復として、自身が指揮を執る予定だった米国ツアーを中止されている[8]

2006年の彼の最初の結婚はベネズエラカラカス出身のエロイサ・マトゥレン英語版だった。マトゥレンは、ジャーナリスト、女優、文化起業家、そして元ダンサー(伝統的な訓練を受けたバレエダンサー)である。彼らの結婚によって息子が生まれた[9]。2015年3月、ドゥダメルとマトゥレンは離婚の書類を提出した[10]。2017年3月、ドゥダメルはラスベガスで、スペインの女優マリア・バルベルデと密かに結婚した[11]。二人は2016年に初めて出会った。彼は2018年にスペイン市民になった[12]

脚注[編集]

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注釈・出典[編集]

  1. ^ 日本語での表記について「グスターヴォ」または「グスタヴォ」などと書かれたものも散見されるが、これは不正確である。スペイン語では「v」はbの発音と同じになるためである。
  2. ^ “LA LA Phil’s Gustavo Dudamel, Wife Welcome First Child”. losangeles.cbslocal.com. (2011年4月2日). https://losangeles.cbslocal.com/2011/04/02/la-phils-gustavo-dudamel-wife-welcome-first-child/ 2018年8月26日閲覧。 
  3. ^ “Former Co-Principal Conductor”. orchestraoftheamericas.org. (2018年8月26日). http://orchestraoftheamericas.org/people/gustavo-dudamel/ 2018年8月26日閲覧。 
  4. ^ “the mahler competition”. www.bamberger-symphoniker.de. (2018年8月26日). https://www.bamberger-symphoniker.de/en/the-mahler-competition/the-mahler-competition-a-look-back.html 2018年8月26日閲覧。 
  5. ^ このコンクールの審査員の一人にエサ=ペッカ・サロネンがいた。
  6. ^ “Here’s the thing about Gustavo Dudamel…”. brianlauritzen.com. (2015年3月31日). https://brianlauritzen.com/2015/03/31/heres-the-thing-about-gustavo-dudamel/ 2018年8月26日閲覧。 
  7. ^ “「ベルリン・フィルと指揮者たち5」 そして、これから”. spice.eplus.jp. (2015年9月1日). https://spice.eplus.jp/articles/10142 2018年8月26日閲覧。 
  8. ^ “世界的指揮者ドゥダメル氏の米国ツアー中止に” (英語). (2017年8月22日). https://www.bbc.com/japanese/41008077 2019年2月3日閲覧。 
  9. ^ “LA Phil's Gustavo Dudamel, Wife Welcome First Child”. CBS Los Angeles (CBS Local Media). (2011年4月2日). http://losangeles.cbslocal.com/2011/04/02/la-phils-gustavo-dudamel-wife-welcome-first-child/ 2019年6月17日閲覧。 
  10. ^ Jeffrey Fleishman; Mike Boehm; David Ng (2015年3月27日). “Gustavo Dudamel's L.A. Phil deal reverberates across classical music world”. Los Angeles Times. http://www.latimes.com/entertainment/arts/la-et-cm-gustavo-dudamel-la-phil-contract-extension-20150328-story.html 2019年6月17日閲覧。 
  11. ^ “Maria Valverde se casa con el director de orquesta Gustavo Dudamel”. El Pais. (2017年3月14日). http://elpais.com/elpais/2017/03/13/estilo/1489417226_942033.html 2019年6月17日閲覧。 
  12. ^ “Gustavo Dudamel y Andres Pastrana adoptan la nacionalidad espanola”. Iberoeconomia. (2018年4月18日). https://iberoeconomia.es/mercados/gustavo-dudamel-y-andres-pastrana-adoptan-la-nacionalidad-espanola/ 2019年6月17日閲覧。 

外部リンク[編集]

先代:
 ?
シモン・ボリバル・ユース・
オーケストラ・オブ・ベネズエラ

音楽監督
1999 -
次代: