ベルリン・フィルハーモニー

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ベルリン・フィルハーモニー(Berliner Philharmonie)はドイツ首都ベルリンにあるコンサートホールベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地である。

概要[編集]

ベルリン・フィルハーモニー全景

設計者はハンス・シャロウン1963年に竣工した。ホールは五角形の施設で、ヴィンヤード型[1]の大ホールの収容人数は2,440席、室内楽ホールは1180人である。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会だけでなく、ジルベスターコンサートなどの特別演奏会も開催される。

ステージに向かって右側上部にパイプオルガンが設置されている。ホールを設計した当初、オルガンのことが考慮されていなかったため、途中で設計に加えられた時にはここしか設置できる場所がなかった。これについて、設計に参画したヘルベルト・フォン・カラヤンは、使いづらくて仕方がないと語っている[2]

ステージの雛壇はパンタグラフ方式で上昇する。最近のホールはエレベーター式となっているものが多いが、このホールでは開館後にこの装置を設けたため舞台下に十分な空間がなく、この方式が採用された[2]

2008年5月20日に改修工事中の屋根から出火し、6時間に渡って燃え続けた。死者・負傷者やホール内部への損害、楽器への被害などはなかったが、修復のためしばらく閉鎖されることになった[3]。この影響により、5月29日から31日にかけてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団がテンペルホーフ空港の格納庫で演奏会を開催した。

フィルハーモニー入口

旧フィルハーモニー[編集]

旧フィルハーモニーの内部(1900年)

かつてのフィルハーモニーはベルンブルガー通にあり、外観から内部まで全く異なる構造だった。(当時記録された写真や、演奏会の映像などで見ることができる) この建物は、現在のフィルハーモニーとの混同を避けるため『旧フィルハーモニー』と呼称されることがある。

旧フィルハーモニーは、1882年に当時としては世界最大のローラースケート場を改装して誕生した。19世紀のヨーロッパにおける代表的なシューボックス(靴箱)形式のコンサートホールの一つとして高い評価を得ていた。戦時中も演奏会用ホールとして使用されていたが、連合国軍による1944年1月30日のベルリン空襲に巻き込まれ、崩壊してしまった。その後は使用することができず廃墟と化し、戦後になって解体された。

跡地は現在公園となっているが、その入り口には旧フィルハーモニーがあったことを記念するプレートが埋め込まれている。

映画[編集]

  • ヴィム・ベンダース監督"Berlin Philharmonic" 2014年 - オムニバスのドキュメンタリー3D映画"Cathedrals of Culture"のひとつ。

脚注[編集]

  1. ^ ベルリン・フィルの常任指揮者だったヘルベルト・フォン・カラヤンのアドバイスを受けた、東京のサントリーホールなども、この形態である。
  2. ^ a b 眞鍋圭子「素顔のカラヤン」幻冬舎新書
  3. ^ ベルリン・フィル:拠点ホールの屋根など火災 当面閉鎖へ(毎日新聞 2008年5月21日(日本時間)配信)

外部リンク[編集]