クリストファー・パッテン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
バーンズのパッテン男爵
クリストファー・パッテン
Christopher Francis Patten, Baron Patten of Barnes
Chris Patten -2008-10-31-.jpg
生年月日 (1944-05-12) 1944年5月12日(74歳)
出生地 イギリスの旗 イギリス イングランドランカシャークリーブリーズ英語版
出身校 オックスフォード大学ベリオール・カレッジ
所属政党 保守党
称号 バーンズのパッテン男爵、コンパニオン・オブ・オナー勲章英語版(CH)、枢密顧問官(PC)
配偶者 Lavender Patten

在任期間 1999年9月16日 - 2004年11月22日

在任期間 1992年7月9日 - 1997年6月30日
女王 エリザベス2世

内閣 メージャー内閣
在任期間 1990年11月28日 - 1992年4月10日

内閣 サッチャー内閣
在任期間 1989年7月24日 - 1990年11月28日

内閣 サッチャー内閣
在任期間 1986年9月10日 - 1989年7月24日

その他の職歴
イギリスの旗 庶民院議員
1979年5月3日 - 1992年4月9日
イギリスの旗 貴族院議員
2005年1月11日 - 現職)
テンプレートを表示
クリストファー・パッテン
各種表記
繁体字 彭定康
拼音 Pang Ding-hong
英語名 Christopher Francis Patten
テンプレートを表示

バーンズのパッテン男爵クリストファー・フランシス・パッテンChristopher Francis Patten, Baron Patten of Barnes, CH, PC広東語名:彭定康1944年5月12日 - )は、イギリス政治家一代貴族

1979年庶民院議員に初当選して保守党の政治家となり、サッチャー内閣やメージャー内閣で大臣職を務めた。1992年から1997年にかけて最後の香港総督を務めた。その後、欧州委員会委員などを務めた。2005年には一代貴族バーンズのパッテン男爵に叙され、貴族院議員となった。

前半生[編集]

1944年にイングランド北西部ランカシャーで生まれ、カトリック系の学校を経て、オックスフォード大学ベリオール・カレッジ歴史学を専攻した。1966年から保守党に勤務し、1974年から1979年まで保守党調査部の議長を務めた。1979年庶民院議員選挙に初当選し、1992年4月まで庶民院議員の座を保持している。この間、 保守党財政委員会副議長(1981年 - 1983年)、庶民院国防小委員会委員および庶民院財政手続小委員会委員(1982年 - 1983年)、 北アイルランド省担当政務次官(1983年)、教育科学担当閣外大臣(1985年)、海外開発担当閣外大臣(1986年)、環境大臣(1989年)、保守党幹事長(1990年)を歴任した。

香港総督[編集]

1992年4月のイギリス総選挙では、パッテン自身はバース選挙区で労働党候補に敗れたものの、保守党が勝利した。そこで、保守党幹事長としての選挙勝利の行賞として、同年7月に第28代香港総督に任命され、アジアに残る最後のイギリスの植民地である香港に赴任した。政治家出身のパッテンの起用は異例のもので、それまでは外交官(1970年代以前は植民地省官僚も)が任命されることが多かった。

総督在任中は、1997年中華人民共和国への返還・譲渡を控えた香港で政治の民主化に尽力した。啓徳空港廃止と新香港国際空港建設もパッテンの功績である。

1997年7月1日香港の返還・譲渡後、イギリス王室差し回しの王室専用ヨット、ブリタニア号で中華人民共和国領となった香港を離任し、最後の総督として歴史に名を残した。その後、南フランスで長期休暇を取り、総督在任中の回想記『東と西』を執筆した。

その後の経歴[編集]

1998年から1999年まで、北アイルランド政策独立員会の議長として北アイルランドの自治と和平に尽力し、1999年9月9日に『パッテン報告書』と呼ばれる北アイルランド自治方策を発表した。後に欧州委員会のイギリス代表委員に任命され、2000年1月23日から2004年11月22日まで同委員会の外交専門部会委員として活動した。

2004年10月、イギリス、香港、欧州連合への功績が評価され、バーンズのパッテン男爵として一代貴族に叙任、イギリス貴族院議員となった。またニューカッスル大学とオックスフォード大学の総長にも選出されている。

かつての中国政府は、香港総督としてのパッテンを蛇蝎のごとく嫌っていたが、欧州連合におけるパッテンの役割と功績については評価している。

家族[編集]

妻のメアリー・ラヴェンダー・パッテンとの間に三女がいる。長女ローラ・パッテン(ジャーナリスト)、次女キャシー・パッテン、三女アリス・パッテン(テレビ俳優)である。

著書[編集]

  • クリス・パッテン 『東と西』 1998年 共同通信社 ISBN 978-4764104129
  • Jonathan Dimbleby (1997). The Last Governor. ISBN 0-316-18583-3. 
  • Chris Patten (2005). Not Quite the Diplomat: Home Truths About World Affairs. Allen Lane. ISBN 0-7139-9855-5. 

参考文献[編集]

  • クリス・パッテン 『東と西』 1998年 共同通信社

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国議会
先代:
エドワード・ブラウン英語版
バース選挙区英語版
選出庶民院議員

1979年1992年
次代:
ドン・フォスター英語版
公職
先代:
ティモシー・リーソン英語版
イギリスの旗 海外開発閣外大臣英語版
1986年–1989年
次代:
リンダ・チョーカー英語版
先代:
ニコラス・リドリー英語版
イギリスの旗 環境大臣英語版
1989年–1990年
次代:
マイケル・ヘーゼルタイン
先代:
ケネス・ベイカー英語版
イギリスの旗 ランカスター公領大臣英語版
1990年–1992年
次代:
ウィリアム・ウォルドグレイヴ英語版
先代:
デイヴィッド・ウィルソン英語版
香港の旗 香港総督
第28代:1992年 - 1997年
次代:
董建華
香港特別行政区行政長官
先代:
デイヴィッド・ウィルソン英語版
香港の旗 香港立法局主席
1992年 - 1993年
次代:
ジョン・ジョゼフ・スウェイン英語版
先代:
レオン・ブリタン
欧州連合の旗 イギリス欧州委員会委員英語版
1999年–2004年
同職:ニール・キノック
次代:
ピーター・マンデルソン
欧州連合の旗 対外関係欧州委員英語版
1999年–2004年
次代:
ベニータ・フェレロ=ヴァルトナードイツ語版
党職
先代:
ケネス・ベイカー英語版
保守党幹事長英語版
1990年–1992年
次代:
ノーマン・ファウラー英語版