キリスト神話説

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キリスト神話説(英語Christ myth theory キリスト神話・イエス神話・キリスト非実在説とも)とは、イエス・キリストは、歴史上の人物としては実在せず、最初期キリスト教におけるイエスは後世になって実際のできごとと結びつけられた神話的な存在であるとする議論である。[1] [2] [3] [4] [5] キリスト教神話的起源を支持する人々は、福音書の原典は歴史上の(ひとり、もしくは複数の)伝道者からとられた可能性を認めてはいるが、その伝道者たちはどのような観点からも「キリスト教の創始者」とは認められないと主張している。彼らの主張はむしろ、キリスト教はヘレニズム・ユダヤ教(en:Hellenistic Judaism)から自然発生したものであり、書簡福音書は大部分が歴史上にはなかった神話上のイエスを記録したものだ、というものである。この説の支持者は、文献の発展史の中からキリスト教教義の発展史を追った結果、最初期キリスト教に関して福音書よりも使徒書簡に焦点をあてている。

キリスト神話説、もしくはそれに類する観点から、イエスの物語と、クリシュナアドーニスオシリスミトラ教ユダヤ教(キリスト教成立以前)のイエス信仰などとの類似性が指摘されることもあり、著述家の中にはキリスト教の創始はイエスの生涯よりも早い時期を生きた歴史上の創設者によるものとしている者もいる。[6][7]

キリスト神話説の先駆者は、1790年代のフランスの啓蒙主義思想家コンスタンタン=フランソワ・シャスブフ(ヴォルネとも、en:Constantin-François Chassebœuf)や、シャルル=フランソワ・デュピュイ(Charles François Dupuis)までさかのぼることができる。最初の学問上の提唱者は、19世紀の歴史家・神学者のブルーノ・バウアーである。アーサー・ドレフス(en:Arthur Drews)といったキリスト神話説の支持者は、20世紀前半の聖書研究に強い影響力をもっていた。アール・ドハティロバート・M・プライスジョージ・アルバート・ウェルズといった著述家が、近年この理論を再復興させている。だが聖書研究者・歴史家の大部分はこの説に対して否定的である。[8] [9] [10] [11] [12]

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以下の表は、論点を明らかにするためキリスト教保守派の教義および学問上の主流学説と比較しつつキリスト神話説について述べたものである。それぞれの項目に書かれているのは大まかな立場や一般的・平均的な説であり、実際にはそれぞれの論点に関して著述家ごとの違いがある。ここでは「キリスト教保守派」はキリスト教右派に属する学者の立場を指す。この視点に関しては、救世主イエス・キリストおよびキリスト教#信条の記事が詳しい。「主流学説」は、ここでは歴史神学・パレスチナ考古学・聖書考古学などの学際研究の中で一般的に合意された内容、および本文批評・高等批評両方を用いた聖書研究における多数派の内容を指す。これらの視点は史的イエスの記事が詳しい。「キリスト神話説」は、現在における同説の視点を指す。

キリスト教保守派 主要な学説 キリスト神話説
伝統的な神学が起点 自由主義キリスト教が起点[13] 反宗教主義無神論自由思想(en:freethinkers)・理神論が起点 [14]。多くは主流学説の「史的イエスの探求」への反論という形をとる
イエスは人間であると同時に位格的結合(en:hypostatic union)において受肉(en:Incarnation (Christianity))した神でもある[15][16] イエスは神と見なされるようになった人間である[17][16] イエスは人間と見なされるようになった神である[18][16]
福音書は歴史的記録であり、イエスの弟子によって書かれた、もしくはイエスの弟子の一次証言に基づくものである[19][20][21] 福音書は後世の作であり、イエスの弟子によって書かれた、もしくはイエスの弟子の一次証言に基づく資料を元にしたものである[22] 福音書は神学上の作品として編纂されたものであり、歴史的な意味でのできごとは全く、あるいは少ししか含まれていない[23][24][25]
Q documentはもともと実在しない。福音書の著者は4人それぞれ別個の証言者である[19][21]。あるいはQ資料の内容となる要素はマタイ福音書による。[26] Q資料は史的イエスについての、福音書以前の情報である。二資料仮説(Two-source hypothesis)が定説。 Q資料のうち、その一部や前身のバージョンはある歴史上の人物に触れているかもしれないが、その人物はキリスト教の成立に関わっているわけではなく、使徒書簡で述べられている人物でもない。[27][28][29][30]
使徒行伝は、初期キリスト教の発展についての正確な記録である[19][31] 使徒行伝はプロパガンダだが、パウロの元でイェルサレム教会が広まっていった、という根本的なストーリーは正しい[32][33][34] 使徒行伝はほとんど全てがフィクションであり、キリスト教の起源はアレクサンドリアである [35]
キリスト教はユダヤ教モーセなどの預言者達の黙示、もしくはその両方から始まったとしている。通常、ユダヤ教の教派のひとつとしては見ない。 キリスト教は、ファリサイ派エッセネ派と同様、ユダヤ教の教派の一つであったパレスチナ派から始まったとしている。[36][37] キリスト教はアレクサンドリアでおのずと集まったヘレニズム・ユダヤ教であったとする。[35][38]
イエスは処女マリアより、聖霊の力によって生まれた[15][39][40] イエスはマリアの子供であろうと思われる。処女懐胎は別の創作者により、理由付けのために後世に付け加えられたものである。[41][40] イエスは救い主としての神に関連づけられており、このような神は神話の中で特殊な出生をしたものとされることが多い。[42]
キリストはすべての創造をなした神の言(ロゴス)である[15] 新約聖書正典のイエスの背景にある歴史的人物は実在した。世俗の学問では、キリスト教の資料に見られる神的な性格については懐疑的[43] イエスはヤハウエの言(ロゴス)であり、ロゴスとはヘレニズム・ユダヤ人の誰かが創造の原因として考えた概念である。
イエスは磔刑の3日後に聖書の実現のため復活した[15] イエスは十字架にくくられて死んだが、弟子はその後も霊的な体験をして、 復活がなされたのを見た。イエス自身、生きている間復活を信じていた可能性もある。 イエスは聖書中の創作であり、聖書を実現するのはそのためである。復活は死と再生の神に不可欠な要素である[44][45]
イエスはその生涯の中で征服の使命を果たしていないが「主は、生者(せいしゃ)と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。その国は終わることがありません」[15]としている。 イエスはメシアを征服者の役目を持つものとみなさず、精神的な意味でメシアに関する描写を解釈した。しかし神はメシアの征服的な要素を果たすための奇跡を与えると信じていた。 救済とは、ユダヤの非物質的なグノーシス主義の中で理解されていたものが初期キリスト教に持ち込まれた概念である。その後になってメシアの称号を使う、イエスを題材にした黙示録文学(ヨハネの黙示録など)が作られた[46]
グノーシス福音書など、異端であるとして退けられたキリスト教の書物は2世紀から3世紀にかけてサタンの影響により書かれたものである[47]。これらに反論する初期教会の教父の書物の構成を助けたと見るべきである。[48] and to understand modern spiritual movements.[49] 異端であるとして退けられたキリスト教の書物のほとんどは、2世紀から3世紀の少数派もしくは地方の教団であり、一方正典のテキストは1世紀後半から2世紀前半のものである。これらの異端であるとされた書物はイエスに関する少数派の意見を反映しており、キリスト教の発展過程の事情や影響に関する有用な情報がしばしば記載されている。イエスその人に関する決定的な情報はない[50] グノーシス主義などの異端のテキストは初期キリスト教の要素が含まれており、初期キリスト教集団にあった多様性の証拠となるものである。初期キリスト教の発展について研究する際にはこれらのテキストを重視すべきである[51][52]
各宗教の成立順序:[53]
  1. ユダヤ教ハシド派(en:Hasideans)
  2. パレスチナ・ユダヤ教(英語版参考項目)
  3. ユダヤキリスト教
  4. 正教会Orthodox Christianity
  5. キリスト教グノーシス主義
各宗教の成立順序:[54][55][56]
  1. ユダヤ教ハシド派(en:Hasideans)
  2. ユダヤ教ファリサイ派エッセネ派(もしくはその両方)
  3. ユダヤキリスト教
  4. キリスト教パウロ派(en:Pauline Christianity)
  5. キリスト教正教会(en:Orthodox Christianity)およびキリスト教グノーシス主義
各宗教の成立順序:[57][35]
  1. ヘレニズム化されたユダヤ教
  2. ヘレニズム・ユダヤ教(en:Hellenistic Judaism)
  3. グノーシス主義のユダヤ教
  4. キリスト教グノーシス主義
  5. キリスト教正教会
比較神話学上の要素は歴史的事実である。先行する神話は「悪魔による偽物」(英語版参照)[58]か、もしくは「聖なる予兆」(英語版参照)である。[59] あらゆる神話が、イエスの伝記を装飾するために付け加えられた[60] ヘレニズム・ユダヤ教は人為的な宗教であり、あらゆる種類の神話を吸収したものである。したがってイエスの伝記はあらゆる種類の神話から構成されている。

歴史[編集]

初期の賛同者[編集]

イエスの歴史的実在への疑いは、18世紀に福音書の批判的研究が行われた際に現れた。[61]18世紀終わり頃、イングランドの理神論者の中には、歴史的にはイエスは実在しなかったと考える者もいたという。[62]しかし、非実在説の先駆けとなったのは二人のフランス啓蒙思想家であった。コンスタンティン・フランソワーズ・ヴォルニーシャルル・フランソワーズ・デュピュイである。[63]1790年代に出版された各著作の中で、ヴォルニーとデュピュイは、イエスの生涯を含めた数々の古代神話が黄道十二星座上の太陽の動きに基づいていると主張した。[64] [65] [66]

デュピュイは、キリスト教以前のシリアエジプトペルシアにおける宗教儀礼の中で、神の誕生が処女に対して冬至に告げられているのを見いだし、おとめ座が冬に昇ることと結びつけて論じた。デュピュイによれば、このような毎年の天体進行は太陽神の生涯として寓話化されたものだという。すなわち太陽神は暗いところ(冬至後の低い軌道)で生まれ、死を迎え(冬)、その後に復活する(春分)のである。ユダヤ教およびキリスト教の神話もまた、太陽の類型に沿って解釈できる。創世記における堕落は冬の苦難を表しており、キリストの復活や復活祭における「過越祭の子羊(paschal lamb)」は、春分の時期におひつじ座によって表される太陽の力の増大を表している[67]。また2世紀ローマの歴史家タキトゥスによって書かれたポンティウス・ピラトゥスの下でのイエス処刑の描写は、当時の不正確なキリスト教への思いこみに基づいていることを説明し、イエスの歴史的実在を完全に否定した。[68]

ヴォルニーはデュピュイ以前に著作を発表していたが、ヴォルニーの説を大部分支持するデュピュイの著作(草稿段階)も参照していた[69] 。太陽神話についての考えでデュピュイと異なっていたのは、諸々の太陽神話は意識的に拡張された寓話というよりも、「処女が生んだ」といったシンプルな寓話的な言説が歴史の中で誤解されていったものだと考えた点であった。[70]デュピュイとは異なり、ヴォルニーはキリスト教が太陽神話にリンクするようになった際に、歴史的に実在するがはっきりと分かっていないメシアとされた人物が関わっていたのではないかと考えた。

デュピュイとヴォルニーの著作は急速に版を重ねた[71]。ナポレオンもイエスが実在したかどうかは一般的な問題だと個人的に発言しており、ヴォルニーの著作に基づいた意見かとも思われる[72]。しかし、デュピュイとヴォルニーの影響力は、フランスにおいてでさえも19世紀初めの四半期まで続かなかった[71]。デュピュイとヴォルニーの意見の基礎となっていた歴史的データは限定的なものであり、例えば後の批評家は、イエスの誕生した日は、4世紀以前は12月にならないと指摘している。[73]

ブルーノ・バウアー[編集]

イエスが存在しなかった可能性がはじめて学問上の注目をあびたのは、19世紀のドイツの歴史家ブルーノ・バウアーによってである。バウアーがボン大学で教鞭をとっていた時期(1839年-1842年)に発表した一連の研究の中で、バウアーは福音書の歴史的価値について議論した。バウアーによれば、ヨハネ福音書は歴史物語として作られたものではなく、ユダヤのメシアについての考えを哲学者フィロンの「ロゴス」概念に適応させるために作られたのだという。マタイ福音書ルカ福音書については、バウアー以前の批評と同様、マルコ福音書の記述を下にしているとしている。だがバウアーは、マタイ福音書・ルカ福音書がマルコ福音書ではない共通の伝承が元になっているという定説を否定した。

バウアーによれば、イエスの誕生(en:Nativity of Jesus)に関するマタイ福音書とルカ福音書との間で相違があること、およびこれらの福音書中にあるマルコ福音書から直接とられていないと思われる要素にもなおマルコ福音書的な考え方がみられることなどから、この説は除外できるとしている。むしろバウアーは、マタイ・ルカ福音書に共通してみられる内容については、マタイ福音書がルカ福音書を元にしていると結論した。ここから、福音書中の伝承すべてがひとりの作者(マルコ)に沿って追跡できることになり、福音書の完全な創作説が信頼性を帯びはじめた[74]のである。またバウアーは、ティベリウス時代のユダヤ人の間にはメシアへの期待感はなかったと考え、したがってマルコがイエスをメシアとして描写しているのは後世のキリスト教観念による後付けにちがいないとした。さらに、福音書中の細かな描写の中に歴史的事実やイエスの実際の発言とは考えづらいものがあるのは、キリスト教コミュニティの生活が反映されたとすることで説明できると主張した。[75]バウアーはさらに、「アレクサンドリアのユダヤ人フィロンは紀元40年ごろ、きわめて高齢であったがまだ生きていた。彼が本当のキリスト教の父である。またローマの禁欲主義者セネカも、いわばキリスト教の叔父である[76]。」と結論している。

バウアーは史的イエス自体の実在問題については留保しており、パウロ書簡の研究も未解決のままにしていた。だが公表されたバウアーの意見は正教会に反するものであったため、バウアーは1842年に講師の座を追われた。[77]1850年から1851年にかけて発表された福音書に関する研究書の改訂版では、バウアーは書簡集全体の成立年代を2世紀のものと考えて、イエスは実在しなかったと結論した。キリスト教の起源に関するバウアー自信の説明は、1877年に発表された。セネカ(バウアーは、セネカが自身の哲学に基づいた新たなローマ州を作ろうとしていると考えた)のストア派と、フィロンのユダヤ神学とが合わさり、ヨセフスなどの親ローマのユダヤ人によって政治的に作り上げられたジンテーゼであるとした。[78][79]バウアーによれば、マルコはセネカのストア派哲学に影響されたイタリア人である。[78]キリスト教の動きはローマとアレクサンドリアで盛り上がったが、小プリニウスからトラヤヌスへの手紙(110年代)以前の資料はないが、それから50年をかけて、マルコおよびその後任者は当時よりもはるか昔の創設神話を作っていったとしている[80]

その後の史的イエスを否定する論には、バウアーの研究を直接の土台としていないものもあるが、「新約聖書のイエスに関する記述には歴史的有効性がない」「1世紀の非キリスト教徒によるイエスの記述が存在しないのはイエスの存在への反例である」「キリスト教は習合から生まれた」など、基本的な論点にはいくつか共通点がみられる。

オランダ革新派[編集]

1870年代から1880年代に、ドイツの学者たちに「オランダ革新派(Radical Dutch school)[8]」と呼ばれていたアムステルダム大学に関係する学者の集団が、パウロ書簡の正当性を否定し、聖書の歴史的価値についておおむね否定的な立場をとった。このグループの中でイエスの歴史的実在を否定したのは Allard Pierson, S. Hoekstra and Samuel Adrian Naber。他の学者は立場こそ近かったが、福音書は歴史的事実を軸にしていると結論した。[81]

20世紀初頭[編集]

20世紀初頭までに、多くの著述家によって、単なる推論からより学術的なものまで、イエスの歴史性を否定するさまざまな説が発表された。これらの論が広まった結果、歴史家や新約聖書の研究者は本ができあがる量の文章でこれに応えることもあった。キリスト神話説の支持者はリベラルな神学者の著作を引き合いに出した。これらの神学者はイエスに関する新約聖書以外の資料の価値を否定し、正典中のマルコ福音書および仮説上のQ資料にのみ注目しがちであった。[82]

チューリッヒ大学教授のポール・シュミーデル(Paul Schmiedel)は福音書の中に9つの「柱となるくだり」を見いだし、これらは初期キリスト教徒が創作したものではありえないと考えた。これをイエスの生涯のより詳細な説明の基礎とするのがシュミーデルの意図であったが、「結局、イエス歴史性の否定論者にとっての格好のターゲットになった」[83]。キリスト神話説の著述家は、成長しつつあった比較宗教学の領域も利用した。キリスト教の概念の多くがギリシャ・東方の秘儀教団にあるとする資料が比較宗教学によって見つかる見込みがあったからである。

ウィリアム・ベンジャミン・スミス[編集]

テュレーン大学の数学教授であったウィリアム・ベンジャミン・スミス(1850-1934)は、1894年の"Ecce Deus: The Pre-Christian Jesus"から1954年の"The Birth of the Gospel"までの一連の著書の中で、最初期のキリスト教資料(特にパウロ書簡集)は、キリストの聖性について人間個人の犠牲に重点を置いており、人間としてのイエスが存在したとするならこれは考えにくいことであると主張した。よってスミスはキリスト教の起源はキリスト教以前のイエス教派にあると主張した。言い換えれば、あるユダヤ教の教派は人間のイエスが生まれたとされている時代の数世紀前から、神聖な存在としてのイエスを崇拝していたのである[84]。この教派の証拠としてはローマのヒッポリュトスによるナアセノス(en:Naassenes)への言及、およびサラミスのエピファニウス(en:Epiphanius of Salamis)の言及、さらには使徒行伝の一部にもキリスト以前に存在したナザレ派について書かれたものがある[85]。新約聖書中の歴史的記録とされている部分は、キリスト以前のイエス物語をもとに、初期キリスト教のコミュニティによって作られたものだとした。

スミスはまた、イエスに言及する非キリスト教徒の著述家(特にヨセフスやタキトゥス)の歴史的価値についても反論している[86]

アーサー・ドレフス[編集]

アーサー・ドレフス(1865年 - 1935年)は、キリスト神話説の賛同者として最も有名な人物である。カールスルーエ大学の哲学教授であったドレフスが1909年に発表した『Die Christusmythe(キリスト神話)』はドイツで大評判になり、1910年にはフランス語・英語版が出版され、著名なドイツの神学者・歴史家たちはドレフスの著作に反論する論文を書いた。またドレフスは数回の公開討論に参加したが、このうち最も有名なのが、1910年1月31日から2月1日のベルリン動物園でのソーデン男爵ハーマンに対しての公開討論である。[87] [88] ドレフスの意見はイギリスやアメリカでも論争を巻き起こし、『ヒッバート・ジャーナル』 (en:Hibbert Journal)や『アメリカ神学ジャーナル』(en:American Journal of Theology)などの有名な宗教誌にもドレフスへの反応が見られた[89]。少なくとも、イエスの歴史性について書かれた二つの小論文がドレフスについて触れている。[90] [91]

ドレフスは、キリスト教はユダヤのグノーシス主義の教派にギリシア哲学とジェームス・フレイザーの言う死と再生の神の要素が加わって広まったものである、という考えを補強するために当時の学問について触れている。

近年の賛同者[編集]

ジョージ・アルバート・ウェルズ[編集]

ジョージ・アルバート・ウェルズ(1926 - )は、ユダヤの知恵文学( 旧約中の「ヨブ記」「箴言」「伝道の書」、経外典の「ソロモンの知恵」「集会の書」、新約中の「ヤコブの手紙」の総称)に基づく神話上の推論から、最初期キリスト教のイエスは歴史上の人物ではなく純粋な神話だと考えた。ウェルズの初期の著作では、パウロ書簡についてや非キリスト教徒による古代の文書が少ないことについて書き、福音書に書かれたイエスはシンボルであって歴史的人物ではないと主張した。[92]またウェルズは、牧会書簡以外のパウロ書簡、ヘブライ人への手紙ヤコブの手紙ペトロの手紙一、ヨハネ書簡en:Johannine epistlesヨハネの黙示録での史的イエスの扱われ方はウェルズの論点を支持するものであると語った。これらの作品では、イエスは「基本的に超自然的な人物で、地上の人間らしさはぼかされており、特定できない過去の時代の人物」として描かれている[93]として、これがキリスト教徒元来のイエス観、すなわち歴史的人物の生涯に基づいたものではなく、ユダヤの知恵文学に描かれた「知恵(Wisdom)」を人格化した姿であると考えた。

1999年に発表した『The Jesus Myth(イエス神話)』では別の立場で、イエスには「二つの」独立した人物像があると主張した。すなわちパウロ書簡の神話的イエスと、福音書の史的イエスである。2003年の『Can We Trust the New Testament?(新約聖書を信じてよいのか?)』では、ウェルズは以下ように自分の立場を述べている。「このガリラヤのイエスは磔刑にかけられておらず、死語の復活も信じられていなかった。死と復活――日時や場所は欠落している――をとげた、初期の書簡集にあるキリストはまったく異なった人物で、その起源も異なっているはずだ。」西方神学校の新約聖書学教授ロバート・ヴァン・ブースト(Robert Van Voorst)は、これは「転回」して史的イエスを受け入れたものだと述べた。[94]

フレークとギャンディ[編集]

ティモシー・フレークピーター・ギャンディは、神秘主義に関する人気作家である。フレークとギャンディは、近年になってそれぞれ『The Jesus Mysteries[95]』(イエスのミステリー)『Jesus and the Lost Goddess』(イエスと失われた女神)を書き、キリスト神話説に賛同した。フレークとギャンディはヨハネの手紙二の1章7節を引き合いに出し、イエスの存在は伝説的なものであるという考えそれ自体、新約聖書と同時代に存在したと主張した。 ただし当時の学者は、この節はイエスは完全に物理的な肉体を持たないとする仮現説に基づくものであり、イエスが完全に創作された人物であるとするものではないと考えていた。 [96] [97] [98] [99] [100] [101]

アール・ドハティ[編集]

アール・ドハティは、著書『en:The Jesus Puzzle』の中で、キリスト教の最初期の資料に基づいて自説を展開した。最初期の書簡集におけるキリストは、ユダヤの神秘主義から影響を受けた中期プラトン主義に由来する神話である、というブルーノ・バウアーと同様の主張であった。ドハティは基本的にウェルズに同意していたが、重要な例外がひとつあった。つまりドハティは、最初期の著述家はイエスは地上の人物だと考えていなかったと主張したのである。フィロンのような最初期のキリスト教徒は、 プラトン主義の宇宙論によって「高度な」霊的世界を物質的な地上世界から切り離して考えており、彼らはイエスを「霊的世界の下部」に降りてきたものと見ていた、と主張した。[102] またドハティは、この視点は牧会書簡ペトロの手紙二・その他様々な新約聖書外の2世紀キリスト教の書物の著者達に受け入れられたと指摘している。これらの著書が明らかに地上の出来事やイエスの物理的な歴史について書いていることを認めつつも、ドハティはこれらを比喩として考えるべきだとしている。[103]歴史上の一定の文脈にイエス・キリストを登場させたのはマルコ福音書の作者が最初であり、イエスに関する教徒からみた直接の視点が最も良く現れているのは、キリスト教の信条の最初の記述、つまり最初期の書簡集であるというのがドハティの意見である。反対者は、これらの解釈は誤ったこじつけであるとしている。[104] Doherty advanced the case through the creation of an exhaustive list of silences [105] and the connection to Marcus Minucius Felix [106]

ドハティの意見は、ウェルズの意見を拡張したものであるということは年表で比べて見るとよく分かる。どちらの意見も、創立者の存在を否定したキリスト教発生についての新しい説である。核心になっているのは、いずれかの時代に発生したキリスト教もしくはその前身は、当時に生まれた文学の傾向と密接に関係している、ということである。

時期は以下のような、通常の歴史学的な方法により特定したものである。

  • もしも人物の時期が特定でき、また著作を残していた場合、その著作はその人物の生涯の期間に書かれたものである(内容がさらに昔の伝承である可能性もある)
  • 著作AがBに続く場合、AはBより昔の著作である

以下の年表で見ると、[107]最初の三行はウェルズ・ドハティで共通しているが、残りの三行はドハティ固有の見方である。

時代 文学の傾向 発生の傾向
不明 (数千年前) 自身を信奉者のために犠牲にする、死と再生の神のイメージ(時間や歴史の外や遠い昔の出来事)。 秘儀教団の発展により神話としてのキリストが発生。
紀元前200年以前 [108] 知恵の書などのユダヤの知恵文学。 (Q資料) 知恵・ソピアーに関する説話。知恵を具体化した伝説など(時間や歴史の外や遠い昔の出来事)。[109]
紀元前200年-紀元70年 ヘレニズム・ユダヤ教(特に、アレクサンドリアのフィロン)が中心となった、神の流出(エマナティオ)の概念。知恵・ソピアーやロゴスの流出が主。 ユダヤ教の習合。アレゴリーを多用することによる、ギリシャとユダヤの宗教の調和。ロゴス以前のキリスト教。
紀元50年-紀元70年 [110] 書簡集のうち、パウロ書簡ヘブライ人への手紙 メシア文学と、救い主としての神が融合した。歴史上の受肉への信仰も、これらの書物以外の具体的な「教え」もなかった。
紀元90年-紀元110年[111] マルコ福音書・マタイ福音書が、基本的には現代に伝わっている内容で編纂される。 知恵文学の教えに注解が加えられる。
紀元106年-紀元140年[112] 初期教会の教父 Logos Christianity.ロゴス的キリスト教(参照:en:Jesus the Logos)。救済や受肉に関する意見が混交していた[113]。キリスト教は、その本質としてはストア哲学の形態で、神学を七十人訳聖書からとって存在していた。ほとんどの、福音書そのものに関する記述は「物語」や「神話」として考え出され、記述された[114]
紀元140年-180年[115] 異端排斥に対抗する文章・弁明。新約聖書(福音書・初期の書簡集)の確立。 福音書は、異端排斥に対する弁護として、ペテロの教会は形式的にはイエスに定められ、それゆえに独自の権限を持つものだと主張していた。キリスト教は古来からの宗教であるために迫害の対象にならない、ということを正当化するため、優越的置換主義(en:Supersessionism)がより用いられることが多くなっていった。福音書はきわめて重視され、より権威的に受け取られるようになった。ルカ福音書[116]と使徒行伝は、異端排斥との戦いの中で、教会のために想像上の歴史を作り出すために書かれた。

議論[編集]

キリスト神話説に関する議論の中心は、イエスという人物は初期キリスト教徒による創作である、という意見である。また神話説の賛同者は、伝承としてはイエスの史的実在の証拠とされる、1世紀から2世紀の資料が信頼性に欠けていることを指摘している。

最初期の記録[編集]

新約聖書書簡集[編集]

キリスト教最初期の文書の中でも、パウロ書簡(真筆性の高いもの)は、おそらくすべての福音書よりも先に書かれたものである。 キリスト教神話説の立場からすると、書簡集がイエスの生涯や宗教活動について述べていないのはきわめて重要である。とはいえ、書簡集のいくつかの部分は、イエスが地上にいた時のことを書いたものと解釈されている。例えば「……御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、……」(ローマの信徒への手紙 1章3節)[117]「……肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。……」(ローマの信徒への手紙 8章3節)[117]「ああ、物分かりの悪いガラテヤの人たち、だれがあなたがたを惑わしたのか。目の前に、イエス・キリストが十字架につけられた姿ではっきり示されたではないか。」(ガラテヤの信徒への手紙 3章1節)[117]ポール・バーネット司教は著書『Jesus and the Logic of History』(イエスと歴史のロジック)の中で、パウロの手紙にみられるこのような細目をリストアップしている。[118]R.T.フランスも、著書『Evidence for Jesus』(イエスの証拠)の中で、パウロがイエスのことを物理的な存在として書いており、パウロの手紙の中にもイエスの生涯に関する歴史的事実の記述があると書いている[119]

イエスの教えや行動に関する記述が欠落している点について、少なからぬ学者や著述家は、初期キリスト教徒は史的イエスについて知らなかった、少なくとも詳細な点までは知らなかったのではないかと解釈した。例えばこれら初期の著述家は、イエスが地上に存在していたということをまったく信じていなかったと主張している。ドハティによれば、初期のキリスト教徒は中期プラトン主義の世界観、すなわち「高度な」霊的世界と地上の物質世界を区別する世界観を受け入れており、イエスは「霊的世界の下部」まで降りてきたものと考えていた、とアール・ドハティは主張している[102]。また、この考え方は牧会書簡やペトロの手紙二、その他新約聖書に含まれない多くのキリスト教の著作に取り入れられたのだという。さらにドハティは、これらの資料の、地上の出来事や史的イエスの物理的な歴史に関する記述は本来は比喩表現であると論じている[120]

反対論者は、このような解釈はこじつけであり、それ自体は説得力を持たない沈黙論法(反論する相手がいない、もしくは単純に反論できる状態にないことを利用する論法)に基づいている、と指摘している。

古代の非キリスト教徒によるイエスの記録[編集]

イエスの実在に関して引用される古代の著述家は、ヨセフスタキトゥススエトニウス小プリニウスの四人が代表的である。

  • ヨセフス(紀元37年 - 100年頃)の『ユダヤ古代誌』には、イエスについての記述が2か所ある。このうち一つ目の記述を含むテキストが「Testimonium Flavianum」(『ユダヤ古代誌』の一部)で、イエスは教派の創始者であると書いているが、このくだりはヨセフス自身が書いたものではない表現が使われている、と解釈されている。文法的な解析の結果、このくだりと、その前後の文章とには明確な違いがあり、ヨセフスのような非キリスト教徒が著者だと考えるとつじつまが合わないということが明らかになっている。これにより研究者は、イエスについての記述がヨセフス以外の作者によって付け加えられた、もしくは書き換えられたものだと考えるようになった。

2つめの記述は、紀元62年に新任の大祭司が「サンヘドリンの議員を召集し、キリストと呼ばれたイエスの兄弟のヤコブという男その他を引き渡した。大祭司は彼らを律法違反として追及し、投石刑に科した。[119][121]」というものである。ジョン・レムズバーグ(en:John Remsburg)は、ここで語られているイエスは聖書のイエスではなく、ヤコブという兄弟がいる同名の別人であると主張した。根拠となっているのはこれに続く以下の文章である。[122]

「ここでアルビナスは彼らの言い分を受け入れ、アナナスへ怒りの手紙を書き、彼(アナナス)がしたことへの罰を科すと脅した。これにより、アグリッパ王は着任して3か月のアナナスの大祭司の地位を剥奪し、ダムネウスの子イエスを大祭司にした。」[121]

  • タキトゥスは、ローマ大火についての文章(117年ごろ)で「その不名誉な行動によって悪名高い、キリスト教徒と呼ばれる集団」について、「この名前の由来となったクリストスは、ティベリウスが皇帝であった時にポンティウス・ピラトゥスの命令で処刑されている。だがこの危険な教団は、一時は抑えられていたものの、現在また活動している。[123]」と述べている。タキトゥスがこの文章や意見の元になった情報をどこから得たのかは全く分からないことは、キリスト神話説に賛成・反対する両者の専門家から指摘されているが、いくつかの手がかりから、ローマの記録に基づくものではないと考えられる。[119][124]
  • 2世紀の著述家スエトニウスは、「煽動者クレスタス(Chrestus)」によって引き起こされた、クラウディウス統治下のローマ帝国におけるユダヤ人の不安について記している。[125]この「クレスタス(Chrestus)」が、イエス・キリスト(Christus)と同一のものと考えられることがある。とはいえこの場合は死後のイエスによる間接的な影響について述べていることになり、その生涯の情報を語るものではない。
  • 小プリニウスの手紙の中にもキリスト教徒に触れている部分がある[126]が、この社会運動の創設者に関する情報は特にない。

バビロニア・タルムードにはイェシュという名前が何度か登場する。このイェシュという名前は、伝承の上ではナザレのイエスと同一人物とみられてきたが、一方でこれらのくだりは、聖書のイエスが、紀元前100年ごろに生きていたより早い時代の人物に基づいていることを示す証拠として使われてもいる[6][127]。また、伝承によればバビロニア・タルムードは3世紀後期から4世紀初期に編纂されたとされており、1世紀の出来事を語る資料的価値は限定される。

これらの資料によってキリスト神話説を否定することはできない、とする研究者もいる。シャルル・ギニュベール(ソルボンヌのキリスト教歴史学教授)は、福音書に登場するイエスはティベリウス帝の時代までガリラヤで生きていたと主張していたが、イエスの存在の証拠としての非キリスト教の資料は、低く評価しており、「異教徒やユダヤの、いわゆる証言は、イエスの生涯に関するなんらの情報も明かしてはくれず、イエスが生きていたという確認すらできない……」と述べている[128]

ロバート・M・プライスは、これらの異教徒による言及は、本物であったとしても、古代のキリスト教徒がイエスについてどう語っていたかを示すにすぎず、これらの異教徒の著者はイエスを同時代人とみなしていない、と述べている。

古代の資料の欠落[編集]

キリスト神話説の賛同者の多くは、1世紀終盤以前のイエスについて語っている非キリスト教徒による資料が完全に欠落していることを指摘しており、またかなりの数のローマやユダヤの著述家・歴史家の文章が現存しているにもかかわらず、それらの中に福音書で述べられる出来事についての記述がないことに注目して、これがイエスが後世に作られた証拠だと述べている。反対者は、これを信頼できない沈黙論法だと主張している。

ティベリアスのユストゥスは、1世紀の終わりごろにユダヤの王(福音書中でイエスと関連づけられている)の歴史を書いている。ユストゥスの書いた歴史書は現存していないが、9世紀にこれを読んだフォティオスはこの書には「キリストの来訪、彼の生涯の出来事、彼によってなしとげられた奇跡」については書いていないと述べている。[129]ユダヤ人の歴史家フィロンは1世紀前半を生きた人物だが、同時代の著述家と同様、イエスについては述べていない。[130]

これらの指摘への反論、もしくは正当性への疑問として、R・T・フランスは「偉大なタキトゥスの歴史書でさえ2冊の写本しか現存しておらず、その2冊を合わせてもタキトゥスが書いたとされる内容の半分がかろうじて含まれていたにすぎず、残りは失われて」おり、ローマ人から見ればイエスの生涯は大きな出来事ではなかった、と述べている。[119]

R・T・フランスは、ローマ帝国とユダヤ権力の両方から敵対されており、もしもイエスが歴史的に実在する人物ではないと分かれば口に出して非難しただろう、と述べている。小プリニウスやヨセフスなど、当時のローマ・ユダヤの資料がキリスト教について触れているにもかかわらずそのような記述をしていないことが証拠だと主張している。[119]

地中海神秘主義宗教との比較[編集]

キリスト神話説の賛同者の中には、キリスト教を生んだヘレニズム文化の神秘主義宗教(参考:en:Greco-Roman mysteries)にみられる死と再生の神と、福音書におけるイエスの物語との間に明らかな類似点が見られると主張する者もいる。エイレナイオスユスティノスといった初期の有名なキリスト教徒も、この類似点に気づいていた。ユスティノスはいくつかの類似点を引き合いに出してキリスト教は新興宗教ではなく、「悪魔的な模倣」であった古代の預言にも根ざしていることを示そうとした。[131]

最も広く知られた人物像にはオシリス=ディオニュソス(en:Osiris-Dionysus)がある。オシリス=ディオニュソスはそれぞれの地方ごとに分化し、ゆっくりとそれぞれの神と融合されてきた。これは告げる方法ではなく、告げられた神秘こそが重要だと考えられたためである。キリスト神話説の立場から、ユダヤの神秘主義者たちがモーセやヨシュアといった先行するユダヤの英雄に合致するように彼らなりのオシリス=ディオニュソス像を作り上げた結果がイエスの創造である、という見方もあり、これはティモシー・フレークとピーター・ガンディーが『The Jesus Mysteries』で述べたものが特に有名である。[95]

いくつかの類似点は賛同者によって頻繁に引用され、その他の類似点を加えてインターネットで公開されることも多い。[132]その中でも目立つのは、ホルス[133]ミトラ[134]である。ホルスは死と再生の神であり、同じく死と再生の神のオシリスと関連づけられていた。[133]

マイケル・グラントはキリスト教とそれ以外の宗教の間にこれといった関連性を見いだしはしなかった。グラントは、「ユダヤ教は、秘教の神々における死と再生の概念にとって完全に無関係な環境であり、そのような創作がユダヤ教の中から現れたのを、ユダヤ教が原因だと考えるのは難しい。」[135]と書いている。


批判[編集]

リチャード・バーリッジ(Richard Burridge)とグレアム・グールド(Graham Gould)[136]は、イエスの存在を疑問視する見方は批評的な学問領域の主流として受け入れられてはいないと発言している[8]ロバート・ヴァン・ブースト(Robert E. Van Voorst)は、聖書研究者や歴史家は、イエスが存在しなかったという説は「事実上反駁された」と述べた[9]。グレアム・N・スタントンは、「キリスト教徒であろうとなかろうと、現在ほとんど全ての歴史家は、イエスが存在していたこと、および福音書には重要視や批判的検討に値する有用な証拠が多く含まれていることを認めている。一般的に合意されているように、我々は、パウロは例外として、1世紀・2世紀のユダヤおよび異教徒の宗教学の教師が知っていたよりもナザレのイエスについて多くを知っている。」[10]と書いている。ジェームズ・チャールズワースは「現在、信頼できる学者で、ヨゼフの子のイエスというユダヤ人が生きていたことに疑問をはさむものはいない。ほとんどの学者は、現在の我々は、イエスの行動や基本的な教えについてかなり多くを知っている、ということをすぐに認める……」[11]と書いている。マイケル・グラントは、キリスト神話説は現代的な批評の方法論の条件を満たしておらず、ほぼ全ての現代の研究者から否定されていると述べている。[12]

脚注[編集]

  1. ^ 「革新的な解決方法は、イエスの信頼できる情報の可能性を捨てることであった。ここからキリスト神話説が生まれたのである。これに従えば、イエスは歴史上の人物として実在せず、福音書に出てくるキリストはメシア信仰のコミュニティによる社会的な創作だったということになる。」Farmer 1975, p. 43(ウィキペディアユーザーによる訳)
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  9. ^ a b 「この史実を否定する論点はつねに議論の的であった。そして、様々な分野や信条の学者を説得するのにつねに失敗してきた。……聖書学者や古代歴史家は、もはやこの説を事実上反駁されたものと見なしている。」 - Van Voorst 2000, p. 16(ウィキペディアユーザーによる訳)
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  112. ^ 「パウロが提示したような1世紀頃のキリスト教団に関する資料がほとんどないことは、2世紀の神学を研究する人々の間で長く知れ渡っていた。したがってこの立場の研究者達は、この不連続性を説明する必要に迫られることになった。パウロ以前、1世紀の神学者達に代表される流れを何が断ち切ったのだろうか?この神学者のグループはにはタティアノス、テオフィロス、ミヌキウス・フェリクスなどがいた。これらのグループは(私の主張では)最初期のユスティノスの思想に基づいており、具体的な歴史上の創設者も考えられておらず、また受肉の概念・ゴルゴタの丘・人間の復活・死から帰った聖なる存在なども考えられていなかった。これらの概念の大きな欠落や、考えられる原初の信仰運動からのあきらかな逸脱は、現代の研究者が説くような、やや弱い論理では説明しきれない。だが研究者たちは自らの思いこみによって骨抜きにされているのだ。研究者たちは、ひとそろいの資料や伝承を他の材料から読み取ろうとしている。パウロなどの初期の教父たちの断裂・分裂・分化などはもとから存在しなかった、というのが最も妥当な説明である。むしろ、これら<の断裂しているように見える記述(訳者による補)>は、帝国全体で一般的に信じられていたことをそれぞれ異なるで表現したものなのだ。この流行は実にゆっくりとした合体・発展の末に、福音書によって作られた、さらに人の心に訴える強力な人物に基づいた一般概念になった。 Earl Doherty, reply to Gakusei Don find original!(ウィキペディアユーザーによる訳)
  113. ^ Jesus in the Apostolic Fathers at the Turn of the Second Century Earl Doherty
  114. ^ タティアノスの謝罪の例: 「ギリシャの人々よ、我々は、神が人間の形をとって生まれてきたとは主張しますが、愚か者ではありません……あなたがた自らの物語と比べてみてください……あなたがた自身の記録を見て、我々もまた物語を語っている、という点でだけでも、私たちを受け入れてください。」
  115. ^ Doherty (1999) page 269-71
  116. ^ ニカイア以前の新約聖書(英語)の中で、ドハティとプライスはともにジョン・ノックスが『Marcion and the New Testament』で説いた説(参照:en:Gospel_of_Marcion#Marcion_as_pre-dating_Luke)に触れている。これは、ルカ福音書はマルキオンの『主の福音書』(en:Gospel of the Lord 140年-160年ごろ)に拠っているという説である。
  117. ^ a b c 訳は日本聖書教会 聖書本文検索 新共同訳による。
  118. ^ Barnett,P (1997). Jesus and the Logic of History, Apollos, ISBN 978-0851115122, pp. 57-58. Among others, he mentions 1) descent from Abraham, 2) direct descent from David, 3) 'born of a woman', 4) lived in poverty, 5) born and lived under the law, 6) had a brother called James, 7) led a humble life style, 8) ministered primarily to Jews, etc.
  119. ^ a b c d e France, RT (1986). Evidence for Jesus (Jesus Library). Trafalgar Square Publishing. pp. 19–20. ISBN 0340381728. 
  120. ^ Doherty, E. “Christ as "Man": Does Paul Speak of Jesus as an Historical Person?”. The Jesus Puzzle: Was There No Historical Jesus?. 2007年1月11日閲覧。
  121. ^ a b ユダヤ古代史20巻9章24節(英訳)”. 2009年5月19日閲覧。 Project Gutenbergより、記事本文はウィキペディアユーザーによる重訳
  122. ^ Remsburg, John E. (1909). The Christ. New York: Truth Seeker Co. ISBN 0879759240. http://www.positiveatheism.org/hist/rmsbrg00.htm. 
  123. ^ Tacitus, Cornelius (2005). The Annals of Imperial Rome. Digireads.com. ISBN 978-1420926682.  ウィキペディアユーザーによる英語訳からの重訳
  124. ^ 例えばR・T・フランスは「タキトゥス年代記15巻44章での軽い記述には、彼<イエス>の称号であるクリストス、およびポンティウス・ピラトゥスの命によってユダヤで行われた処刑のみが書かれている。タキトゥスが独立した情報源に基づいていると考えるべき理由もなく――2世紀初頭のキリスト教徒も、ローマでこう主張してきたことであろう……また他の異教徒によるイエスへの言及で、紀元150年以前と推定されるものもない。150年ごろにはもう、あらゆる情報源は、独立した記録ではなくキリスト教徒のプロパガンダであったようだ。」と書いている。(The Gospels As Historical Sources For Jesus, The Founder Of Christianity, Truth Journal [4] ウィキペディアユーザーによる訳)
  125. ^ スエトニウス, 『クラウディウス』 25.4
  126. ^ Pliny, Letters 10.96-97”. 2007年3月18日閲覧。
  127. ^ Gil Student, The Jesus Narrative In The Talmud
  128. ^ シャルル・ギニュベール『Jesus(イエス)』 原文フランス語、S. H. Hooke, Samuel Davidson による英訳(University Books, New Yory, 1956, p22)の、ウィキペディアユーザーによる重訳
  129. ^ Photius (1920). “33: Justus of Tiberias, Chronicle of the Kings of the Jews. The library of Photius. trans. J. H. Freese. London: SPCK. http://www.tertullian.org/fathers/photius_03bibliotheca.htm#33 2007年1月3日閲覧。. 
  130. ^ Wells, G.A. (1971) The Jesus of the Early Christians, A Study in Christian Origins, Pemberton Books, page 2.
  131. ^ Turcan, Robert (1996). The Cults of the Roman Empire. Blackwell. p. 233. ISBN 9780631200475. 
  132. ^ examples [5][6][7]
  133. ^ a b Murdock (1999) p 114-6 and Murdock (2009)
  134. ^ Murdock (1999) p 118-20
  135. ^ グラントAn Historian's Review of the Gospels(ある歴史家による福音書の検討)より。論の補足としてS・ニールのWhat we know about Jesus(イエスについて知っていること) (Eerdmans, 1972 ed), p. 45を引用している。
  136. ^ Burridge, R; Gould, G (2004), Jesus Now and Then, Wm. B. Eerdmans 

参考文献[編集]

関連書籍[編集]

Price, Robert M. (2005). “New Testament narrative as Old Testament midrash”. In Jacob Neusner and Alan J. Avery-Peck. Encyclopaedia of Midrash: Biblical Interpretation in Formative Judaism. Leiden: Brill. ISBN 90-04-14166-9. 

外部リンク[編集]