カスモサウルス

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カスモサウルス
カスモサウルス
カスモサウルス想像図
地質時代
白亜紀後期
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 鳥盤目
亜目 : 周飾頭亜目 Marginocephalia
下目 : 角竜下目 Ceratopia Ornithischia
: ケラトプス科 Ceratopidae
亜科 : カスモサウルス亜科 Chasmosaurinae
: カスモサウルス属 Chasmosaurus
学名
Chasmosaurus
Lambe1914
シノニム
  • Ceratops? Marsh, 1888
  • Proceratops? (Marsh, 1888) Lull, 1906
  • Eoceratops? Lambe, 1915
  • Vagaceratops? Holmes et al.,2001
  • Mojoceratops? Longrich, 2010

カスモサウルスChasmosaurus)は、中生代白亜紀後期に北米大陸に生息していた角竜下目恐竜の一つ。

属名カスモサウルスは、「穴のあいたトカゲ」を意味する。これは、頭部のフリルに(軽量化のためと考えられている)穴があいているからである。しかしこの「穴」は、トリケラトプスを除き、ほとんどの角竜に見られるため、カスモサウルス特有の物ではない。

特徴[編集]

頭部のフリルは縦に長い形で、角竜最大級の長さを誇る。フリルの左右の先端には、ごく短いホーンレットが二つずつ付いている。角はトリケラトプス同様、3本ある。体長は5~8メートルとされる。

種の分け方[編集]

カスモサウルスはであり、数種が知られている。多い時は7種ほどあったが、C. mariscalensisアグジャケラトプス属とされるなど整理された結果、現在では1から3種類程度だろうといわれている。模式種であるC.ベリが最も有名である。

ケラトプス[編集]

ケラトプス(Ceratops)は、北米の白亜紀後期カンパニアンの地層より発見された断片的な角竜の化石に基づき命名された属名である。ケラトプス類の中ではモノクロニウスと共に最初期に発見されたものの一つであるため、その分類には混乱が多い。1906年にリチャード・スワン・ルルによりケラトプス属の一種、ケラトプス・ベリがカスモサウルスとして独立させられた経緯はあるが、ケラトプス=カスモサウルスではなく、ケラトプスは2017年現在でも書類上は有効名である。これまでにカスモサウルス以外にもメデューサケラトプススピクリペウスセントロサウルスアヴァケラトプスなどがケラトプス、あるいはその一種ないし単一の標本と同一ではないかと議論されてきた。

マーシュによる模式標本の図

ケラトプスの最初の標本は後頭骨と角芯で、1888年の終わりにジョン・ベル・ハッチャーによって、モンタナ州ブレイン群カウクリーク近郊にあるジュディスリバー累層最上部で発見された。標本は同年、マーシュによって新属新種の剣竜類ケラトプス・モンタヌスとして記載された。なにしろ角竜類の科学的発見第一号であったので、まだ角竜類は世に知られておらず、マーシュはそれについて「非常に奇妙な外観を表している」と記述した。この際、目の上の角は前後が逆向きに復原された。[1] [2]

ホロタイプ USNM 2411 はカンパニアン期の地層から見つかった。後頭骨とは別に、約22cmの長さの2つの眼窩上部もホロタイプに含まれている。[2]その内、右のものは前頭骨の一部を伴っていた。マーシュはその後、2つの鱗状骨の標本、USNM 4802とUSNM 2415を記載した。しかし、これらは現在セントロサウルスあるいはアヴァケラトプスであると言われている。 [3]

1906年、リチャード・スワン・ルルは、ケラトプスという学名は既に1815年にコンスタンティン・ラフィネスクにより鳥類の一つに使用されていると指摘した。しかし実際にはそれは無効名であり、本来は使用可能だったのだが、ルルはそれにも関わら暫定的にプロケラトプス Proceratopsプロトケラトプスではない)という代替名を提案した。[4] こうしてプロケラトプスが意味も無くケラトプスの シノニムとなった。

すでに20世紀初頭には、新たな発見により、ケラトプスの限られた標本を他の関連する形態と区別することが如実に困難になっていた。今日ケラトプスは無効名ではないにしろ、疑問名と考えられている。[5] しかし、ケラトプスのホロタイプとの検証可能な関係を持つ可能性のある新規の標本の発見があれば参照され、時折名称の有効性に関する主張がなされる。

1995年、トレクスラーとスウィーニーはモンタナ州で発見されたボーンベッドに保存されていた頭骨化石が USNM 2411 と同じ形質をもつとしてケラトプスの新模式標本として再記載可能であると主張した。その場所はマンスフィールド・ボーンベッドとして知られ、オリジナルのケラトプスを産出した地層と層序的にも同じ年代である。それは最初にスパイク状のホーンレットからスティラコサウルスであると思われていたが、後に同ボーンベッドから発見された上眼窩角の存在から再考察され、ケラトプスである可能性が示唆されたのである。[6] しかしそのケラトプス類は後にアルベルタケラトプス・ネスモイとして新種記載されることになり、更にその後、メデューサケラトプス・ロキーとして改めて新種記載された。[7]

1999年、ポール・ペンカルスキとピーター・ドッドソン疑問名として扱われるべきであると主張した。なぜならケラトプスはアヴァケラトプスと限りなく近縁で、恐らくはその成体であると思われるのだが、それを証明するにしては標本のもつ情報があまりにも貧弱であり、十分な資料がないためである。[8]

1889年に、マーシュはケラトプス第二の種、ケラトプス・ホリドゥス Ceratops horridus を記載した。 [9] これは間もなくトリケラトプス・ホリドゥスとして記載しなおされることになった。これによりC. ホリドゥスはトリケラトプスの模式種となった。その記載論文中でマーシュ自身が1887年にバイソンの絶滅種として記載していたビソン・アルティコルニス Bison alticornis (当初、ケラトプス類特有の上眼窩角が巨大なバイソンの角であると誤解した)がケラトプス・アルティコルニス Ceratops alticornis として再記載された。[10] 1890年、マーシュはハドロサウルス・パウキデンス Hadrosaurus paucidens もケラトプス・パウキデンス Ceratops paukidens に変更した。[11] but the original assessment of Hatcher that this represented hadrosaurid material is probably correct.[2]

1905年、ハッチャーが3種のモノクロニウスを改名し、ケラトプスの種として再記載した。M.レクルヴィコルニス M. recurvicornis 、M. ベリ Monoclonius belli 、M.カナデンシス Monoclonius canadensis をそれぞれ C.レクルヴィコルニス、C.ベリ、C.カナデンシスとしたのである。[12] C. ベリは20年後の1925年にウィリアム・グレゴリーによって新属カスモサウルスを与えられる。グレゴリーは、ケラトプスとされる恐竜は全てカスモサウルスと同じであると考えた。[13] しかしその考えは現在ほとんどの研究者に否定されている。

2005年、モンタナ州ファーガスカントリーのジュディスリバー累層で非常に保存状態の良いケラトプス類の頭骨と後頭骨が発見された。「ジュディス」という愛称をつけられたその標本は、 予備調査の段階で C.モンタヌスに近いことが指摘された。ロケーション的にはC.モンタヌスが見つかった場所と数キロメートルしか離れておらず、層序的にも近い、もしくはわずかに上層である。[14] 2016年、新種がスピクリペウス Spiclypeus と命名された。記載者はケラトプスがスピクリペウスと同一、もしくはアルベルタケラトプスの成長途中の個体であるとし、疑問名であると改めて指摘した。[15] 疑問名となった後も、ケラトプス科とケラトプス亜科(カスモサウルス亜科)の2つの分類群でその名が使用され続けている。

モジョケラトプス[編集]

モジョケラトプス・ペリファニア Mojoceratops perifaniaロイヤル・ティレル古生物学博物館アメリカ自然史博物館所蔵の複数個体分の部分的な頭骨から2010年、ロングリッチによって記載され、それに基づいて他の5個体分の標本も同種と見なされた。モジョケラトプスとされた全ての個体はカナダのダイナソーパーク層から算出されたものだった。 属名のモジョはアフリカ系アメリカ人文化のスラングで(ドラッグなどに)「虜になる、溺れる」という意味のモジョ に由来し、種小名は古代ギリシャ語で「目立つプライド」を意味する。どちらも派手なフリルに因んでいる。この種は他の研究者たちがカスモサウルスのものであると考える頭骨に基づいている。[16] AMNH 5401と呼ばれる一個体分のほぼ完全な頭骨にはもともとカスモサウルス・カイセニ Chasmosaurus kaiseni の学名が与えられていた。C. カイセニはモジョケラトプスと同じ特徴をもっていると考えられた為、M. ペリファニアの同物異名とされた。しかしながらAMNH 5401 には縁後頭骨 (ホーンレット) が保存されておらず、別のカスモサウルスの種のものをもとに人工的に補われていた。このことが過去10年間科学者達の混乱を招き続けていた。縁後頭骨はカスモサウルスのようなケラトプス類の同定において非常に重要な決め手となる部分である。そのためC.カイセニは疑問名であり、M.ペリファニアの同物異名ではないと考えられた。ロングリッチはまた、エオケラトプスの模式標本がモジョケラトプスにあてはまるのではないかとも指摘していた。しかしその標本はあまりにも保存状態が悪く、更に亜成体であると考えられる個体で、以前から疑問名とされていた。信憑性に乏しいということで、こちらもM.ペリファニアの同物異名ではないと考えられる。[16] 2016年のカスモサウルスのオーバービューでは、C.カイセニとエオケラトプスは双方とも、ホロタイプとしては保存が部分的過ぎるため、種不詳のカスモサウルスであるということで纏まっている。[17] ホロタイプの原記載やモジョケラトプスとされた他の頭骨標本について、複数の研究者たちは出版物の中で本属の有効性を疑問視している。例えば、2011年、 メイドメントとバーレットはモジョケラトプスについていかなる独自性も見出すことはできず、カスモサウルス・ルッセリの同物異名ではないかと指摘している。キャンベルらは2016年に著したカスモサウルスの種に関する分析の中で、メイドメントらに賛同した上、モジョケラトプスの固有形質とされていた頭頂骨の血管の溝はC.ルッセリのホロタイプや他のカスモサウルスの標本においても散在的にも見受けられると付け加えた。これらの主張はモジョケラトプスが単なるC.ルッセリの成長段階に過ぎないことを示唆している。[17]

エオケラトプス[編集]

エオケラトプス UALVP 40、アルバータ大学収蔵

1901年、 ローレンス・ラムはカナダ・アルバータ州・ベリークリークで恐竜の頭骨を発見し、モノクロニウス属の新種、M.カナデンシスとして発表した。[18]

その 模式標本NMC 1254 はカンパニアン中頃のものと思われるベリーリバー層群から発見された。それは部分的な頭骨、下顎、脊椎の前部を含んでおり、亜成体と思われた。頭部は右の上眼窩角、右眼窩、右側の鱗状骨、フリルの縁の断片、そして左の下顎の後部の要素からなる。この時、ラムは右頸部も発見したと思っていたが、これは後に正しくは鼻骨と特定された。彼は1897年に右下顎を NMC 284 とし、それと別に上眼窩角を NMC 190とした。[18]

1905年にスタントンとジョン・ベル・ハッチャーは、本種をケラトプス・カナデンシス Ceratops canadensis として、つまりケラトプス属に含まれるとして再記載した。[19] これは1907年のハッチャーの死後の出版で確認された。その中で、ハッチャーはさらに上顎と歯を参照し、カスモサウルス・ベリのとの同一性を示唆していた。 [20]

ハッチャーによる鱗状骨の図 (1907年)

1915年、ラムは新属エオケラトプスを設立した。この名は古代ギリシャ語で「暁のケラトプス」を意味するが、本属がケラトプスより更に古い時代に生きていたと考えた故である。[21] モノクロニウス・カナデンシスに代わってE.カナデンシスがその模式種とされた。

後の1915年、複数の標本がエオケラトプスに含められた。 その内の一つが1913年にウィリアム・エドマンド・カトラーによって発掘された化石である。それはカトラーの不慮の死後、カルガリー動物園に保管されていたが最終的に破壊され失われたものとアメリカの古生物学者たちは推定していた。しかし実はカトラーが自然史博物館に売却して、それがカスモサウルス BMNH R4948 として収蔵されていたことが2010年に発覚した。[22] 別の標本 UALVP 40 は、1921年にジョージ・フライヤー・スタンバーグによって発掘され、1923年にエオケラトプスとしてチャールズ・ホイットニー・ギルモアによって記載されたものである。[23]1933年、 リチャード・スワン・ルル はそれがカスモサウルス・カイセニのメスかもしれないと考えた。[24] 1990年、 トーマス・ラーマンはカスモサウルス・カイセニとエオケラトプスを合併し、カスモサウルス属の新種、カスモサウルス・カナデンシスに含めた。[25]

2010年にニコラス・ロングリッチは、ラーマンがC.カナデンシスとした TMP 1983.25.1を新属新種モジョケラトプス・ペリファニアとして記載した。(詳細は前項モジョケラトプスを参照)その顛末でエオケラトプスは疑問名となった。[16]

キャンベルらは、2016年のカスモサウルスの種についての分析でエオケラトプスおよび C. カイセニはどちらもホロタイプとしての独自性に欠くため種不詳のカスモサウルスとした。[17]

ホロタイプはかなり小さい個体であることを示している。その鱗状骨は外側の曲線に沿って計測して、長さ57cm、幅38cm。縁後頭骨は6つ。[20] 亜成体であることは、短く幅の広い鱗状骨、短い鼻面と癒合していない縁鼻骨によって判断することができる。[16] 鼻角の基底部には、三日月形の構造があり、鼻骨との接触面が見える。これは、1915年にラムが縁鼻骨を形成する別の骨化であることを示唆している。 [21] エオケラトプスの上眼窩角は通常のカスモサウルスと比べかなり長く、216mmある。これは基底部の直径の二倍の長さになる。[16] 上眼窩角は後ろに反っている。ラムはこの角の反りは個体が成長段階の途中であったことを示すわけではなく、タクソンが有効であることを示す独自の特徴であると唱えた。[21] しかし今日ではこの角の反りはカスモサウルス亜科において、その個体が未成熟であることを示す特徴として理解されている。[16]

1902年、ラムはモノクロニウス・カナデンシスをケラトプス亜科に分類した。[18] 1915年、ラムはエオケラトプス亜科 Eoceratopsinae を設立し、そこアンキケラトプストリケラトプス、そしてネドケラトプス(当時はディケラトプス)も含め、カスモサウルス亜科よりもコンパクトで頑丈なフリルをもつ別のグループと考えられた。 [21] 今日ではそういった形態はエオケラトプスも含め、カスモサウルス亜科に含まれることになっている。

関連項目[編集]

  1. ^ Marsh, O.C. (1888). “A new family of horned Dinosauria, from the Cretaceous”. The American Journal of Science, series 3 36: 477–478. 
  2. ^ a b c J.B. Hatcher, O.C. Marsh, and R.S. Lull, 1907 The Ceratopsia. Monographs of the United States Geological Survey 49 pp 198
  3. ^ Penkalski, P.G., 1993, "The morphology of Avaceratops lammersi, a primitive ceratopsid from the Campanian of Montana", Journal of Vertebrate Paleontology 13(3, supplement): 52A
  4. ^ Lull, R.S. (1906). “A new name for the dinosaurian genus Ceratops”. The American Journal of Science, series 4 21: 144. 
  5. ^ P. Dodson and P. J. Currie, 1990, "Neoceratopsia". In: D.B. Weishampel, H. Osmolska, and P. Dodson (eds.), The Dinosauria. First Edition. University of California Press, Berkeley pp 593-618
  6. ^ Trexler, D. and Sweeney, F.G. (1995). "Preliminary work on a recently discovered ceratopsian (Dinosauria: Ceratopsidae) bonebed from the Judith River Formation of Montana suggests the remains are of Ceratops montanus Marsh." Journal of Vertebrate Paleontology, 15(3, Suppl.): 57A.
  7. ^ Ryan, Michael J.; Russell, Anthony P., and Hartman, Scott. (2010). "A New Chasmosaurine Ceratopsid from the Judith Riveir Formation, Montana", In: Michael J. Ryan, Brenda J. Chinnery-Allgeier, and David A. Eberth (eds), New Perspectives on Horned Dinosaurs: The Royal Tyrrell Museum Ceratopsian Symposium, Indiana University Press, 656 pp. ISBN 0-253-35358-0.
  8. ^ Penkalski, P; Dodson, P (1999). “The morphology and systematics of Avaceratops, a primitive horned dinosaur from the Judith River Formation (Late Campanian) of Montana, with the description of a second skull.”. Journal of Vertebrate Paleontology 19 (4): 692–711. doi:10.1080/02724634.1999.10011182. 
  9. ^ Marsh, O.C. (1889). “Notice of new American Dinosauria”. American Journal of Science 37: 331–336. 
  10. ^ Marsh, O.C. (1889). “Notice of gigantic horned Dinosauria from the Cretaceous”. American Journal of Science 38: 173–175. 
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  14. ^ "Judith the Dinosaur". Accessed 17-AUG-2013.
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  16. ^ a b c d e f Nicholas R. Longrich (2010). “Mojoceratops perifania, A New Chasmosaurine Ceratopsid from the Late Campanian of Western Canada”. Journal of Paleontology 84 (4): 681–694. doi:10.1666/09-114.1. 
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  24. ^ Lull, R.S., 1933, A revision of the Ceratopsia or horned dinosaurs. Memoirs of the Peabody Museum of Natural History 3(3): 1-175
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