オウサマゲンゴロウモドキ

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オウサマゲンゴロウモドキ
Dytiscidae - Dytiscus latissimus.JPG
保全状況評価
VULNERABLE
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Status iucn3.1 VU.svg
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
: 昆虫綱 Insecta
: コウチュウ目(鞘翅目) Coleoptera[1]
亜目 : オサムシ亜目(食肉亜目) Adephaga[1]
上科 : オサムシ上科 Caraboidea
: ゲンゴロウ科 Dytiscidae[1]
亜科 : ゲンゴロウ亜科 Dytiscinae[1]
: ゲンゴロウモドキ族[2] Dytiscini[1]
: ゲンゴロウモドキ属 Dytiscus[1]
: オウサマゲンゴロウモドキ
D. latissimus[3]
学名
Dytiscus latissimus Linnaeus, 1758[1]
和名
オウサマゲンゴロウモドキ[3]

オウサマゲンゴロウモドキDytiscus latissimus)は、コウチュウ目オサムシ亜目ゲンゴロウ科ゲンゴロウ亜科ゲンゴロウモドキ属に分類される水生昆虫の一種[1]

ヨーロッパに分布する希少種で、現存するゲンゴロウ類としては世界最大種である[注 1][3]

特徴[編集]

体長は日本のゲンゴロウ(ナミゲンゴロウ)より一回り大きい36 - 44 mmである[注 2][7]。本種は腹部が大きく張り出し[7]、ゲンゴロウより体幅があるほか[8]、他のゲンゴロウ類と比べても厚みがある[9]

背面は深緑色で[10]、黄色い縁がある[11]。メスの上翅にはゲンゴロウモドキ属の特徴である縦溝があるが[6]、オスは縦溝がなく[11]、濃緑色の翅に光沢がある[12]

分布[編集]

北ヨーロッパ中央ヨーロッパ諸国に分布する[13]オーストリアベラルーシボスニア・ヘルツェゴビナチェコ共和国デンマークフィンランドイタリアラトビアノルウェーポーランドロシア連邦スウェーデンウクライナの各国に現存する[14]。一方でベルギーフランスドイツルクセンブルクオランダの各国では絶滅したと考えられるほか、クロアチアハンガリールーマニアスロバキアスイスでも絶滅した可能性がある[14]

生態[編集]

巨大な湖[10]・水深が深く植物の多い池などに生息するが、生態は不明点が多い[7]

生息地の水温は約15℃程度で[11]、野生個体のメスは交尾後に水温0℃程度の冷水中で過ごすことにより体内の卵を成熟させる[注 3]と考えられている[16]。成虫は水中の水草など[注 4]に産卵し、卵から孵化した幼虫は約1か月ほどで蛹化する[9]。産卵 - 羽化までの期間は不明だが、本種と同じゲンゴロウモドキ属に属するシャープゲンゴロウモドキ D. sharpi (約2か月)より長期間と考えられている[11]

日本国内に生息するゲンゴロウ類の幼虫は主に小魚(メダカなど)・オタマジャクシを餌とするが[注 5][7]、本種幼虫は主にトビケラの幼虫を好んで捕食する特異な食性を持ち[11]、特に1齢幼虫が成長するためにはトビケラの仲間 Limnephilidaeエグリトビケラ科)の昆虫の幼虫を摂食することが必要となる[21]。2齢幼虫になるとオタマジャクシも食べるようになり、3齢幼虫にまで成長すればトンボ科の幼虫(ヤゴ)も摂食できるようになるが、全幼虫期を通じてトビケラ幼虫を最も多く摂食し[21]、孵化 - 蛹化までに1頭の幼虫が捕食するトビケラの幼虫は100頭以上と推測される[9]。2019年11月時点で代用の餌は確立されていない[注 6][11]

成虫の寿命は約2 - 3年である[24]

保全状況[編集]

1980年代以降は宅地化[12]・気候変動などの影響で減少傾向にあり[10]、2019年時点で国際自然保護連合(IUCN)が発行したレッドリストでは危急種(日本の環境省レッドデータブックでは絶滅危惧II類に相当)に選定されている[25]ワシントン条約では保護対象種として選定されていないが[26]ヨーロッパの野生生物と自然生息地の保全に関するベルヌ条約英語版では保護動物リストに選定されているほか、分布地の大半で採集禁止など保全対策が取られている[25]

人間との関わり[編集]

本種は幼虫がトビケラを主食とすることが知られているが、大量のトビケラを現地で集めることは非常に困難である[3]。トビケラは生息地ごとに生態が異なるため、原産国の北欧以外で飼育する際には餌の確保が課題だが[9]、本種の繁殖目的でトビケラを大量に捕獲することはその地域の生態系の破壊につながることが懸念される[10]

高度な水生昆虫飼育技術を有する水族館昆虫館がある日本で代用食を開発することができれば、本種の域外保全・生態の研究機会増加や原産国(ヨーロッパ各国)における飼育繁殖の難易度を低下させられることなどが期待される[3]。そのため、2019年11月16日からはゲンゴロウの飼育・繁殖経験が豊富なアクアマリンいなわしろカワセミ水族館福島県耶麻郡猪苗代町)・石川県ふれあい昆虫館石川県白山市[注 7]北杜市オオムラサキセンター山梨県北杜市)の3館で本種の保全に向けた飼育・展示が開始された[10]。生息国・ラトビアにあるラトガレ動物園(Latgale Zoo)勤務の博士Valerijs Vahrusevs と日本国内における希少ゲンゴロウ類の研究者・小野田晃治の協力により[26]、ラトビア政府から生体捕獲・輸入の許可を取り付けて実現したもので、生体の国内輸入はこれが初めてである[注 8][28]。今後は3館で互いに情報を共有しながら飼育・研究を進める方針で[9]、2020年3月には3館それぞれで産卵が[17][29][18]、同年4月には北杜市オオムラサキセンター・石川県ふれあい昆虫館でそれぞれ孵化が確認された[30](いずれも日本国内では初)。その後、2020年6月には石川県ふれあい昆虫館にて国内初となる成虫(メス・同年4月18日に孵化した個体)の羽化が確認された[22]。その後、オオムラサキセンター・アクアマリンいなわしろカワセミ水族館でも相次いで羽化まで育成することに成功した[31][32]

石川県ふれあい昆虫館では展示開始以降、沖縄県千葉県など日本全国から本種を見ようと昆虫ファンが多く訪れるようになっている[注 9][9]

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 過去に記録された種を含めればブラジルアマゾン川にて発見されたオウサマゲンゴロウ[4] Megadytes ducalis (Bifurcitus ducalis) Sharp, 1882 は体長47 mmに達し、本種をさらに上回る世界最大種である[5]。しかしオウサマゲンゴロウは2019年時点でロンドン自然史博物館に所蔵されているホロタイプ標本(オス1個体)が残存しているのみで[5]、1994年に絶滅宣言が出されている[4]
  2. ^ ゲンゴロウ(ナミゲンゴロウ)の体長は34 - 42 mmである[6]
  3. ^ シャープゲンゴロウモドキの場合は水温15℃超で卵発生・幼虫の発育に悪影響が発生する[15]
  4. ^ リュウキンカに産卵することが確認されている[17][18]
  5. ^ シャープゲンゴロウモドキの幼虫はミズムシ甲殻類ワラジムシ目)やフタバカゲロウの幼虫・アカガエルの幼生(オタマジャクシ)などを[19]、エゾゲンゴロウモドキ(D. marginalis czerskii 、キタゲンゴロウモドキ D. marginalis の亜種)の幼虫はミズムシやオタマジャクシ・サンショウウオの幼生などを捕食する[20]
  6. ^ そのため、石川県ふれあい昆虫館ではシャープゲンゴロウモドキなどを参考に代用の餌を模索しようとし[11]、その候補には日本産のトビケラやコオロギヤゴトンボの幼虫)などを挙げていた[9]。しかし2020年6月に初めて羽化まで育成することには成功したものの、餌として与えたトビケラの幼虫が逆に本種の幼虫を捕食したり、トビケラの種類によっては食べた後に幼虫が死亡するなどの事態もあった[22]。またアクアマリンいなわしろカワセミ水族館でも代用の餌としてカイコなどを与えたが、好結果は得られなかった[23]
  7. ^ 同館は1998年の開館当初から同県に生息する希少種シャープゲンゴロウモドキ(環境省レッドリスト・絶滅危惧IA類)の保全活動を続けているほか[27]、2016年には世界で初めてコセスジゲンゴロウ(京都府などに生息する日本固有種)の繁殖に成功しており[12]、ゲンゴロウ類の飼育について日本国内トップレベルの知見がある[10]
  8. ^ それ以前は標本でもほとんど日本国内に輸入されたことはなかった[9]
  9. ^ 同館学芸員・渡部晃平は『朝日新聞』記者・堀越理菜の取材に対し「本種を飼育することは死ぬまでに叶えたい夢だった」「(展示開始後、県外から多数の来客があることについて)1種類の昆虫を見るために県外からこれほど人が来るのは開館以来初めてだ」と述べている[9]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h "Dytiscus latissimus" (英語). Integrated Taxonomic Information System. 2020年1月19日閲覧
  2. ^ 森 & 北山 2002, p. 139.
  3. ^ a b c d e 国内初となるオウサマゲンゴロウモドキ生体の展示開始” (日本語). アクアマリンいなわしろカワセミ水族館. 日本の旗 日本・福島県耶麻郡猪苗代町: 公益財団法人:ふくしま海洋科学館 (2019年11月15日). 2020年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月18日閲覧。
  4. ^ a b リチャード・ジョーンズ『ビジュアル 世界一の昆虫』伊藤研(日本語版監修)・石井ひろみ・葛西陽子(編集)、木谷美杉訳、日経ナショナル ジオグラフィック社(発売元:日経BPマーケティング)、2010年9月13日、第1版1刷、282頁。
  5. ^ a b (英語) The return of the Duke—locality data for Megadytes ducalis Sharp, 1882, the world's largest diving beetle, with notes on related species (Coleoptera: Dytiscidae). ResearchGate. (2019-04). オリジナルの2020-01-28時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20200128151710/https://www.researchgate.net/publication/332512516_The_return_of_the_Duke-locality_data_for_Megadytes_ducalis_Sharp_1882_the_world's_largest_diving_beetle_with_notes_on_related_species_Coleoptera_Dytiscidae 2020年1月28日閲覧。. 
  6. ^ a b @InawashiroAQ (15 November 2019). "アクアマリンいなわしろカワセミ水族館公式ツイッター:「オウサマゲンゴロウモドキ 体長36-44mm…」" (ツイート). 2020年1月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。Twitterより2020年1月19日閲覧
  7. ^ a b c d 鈴木経史「国内初となるオウサマゲンゴロウモドキ生体の展示開始」『読売新聞オンライン読売新聞社、2020年1月15日。2020年1月18日閲覧。オリジナルの2020年1月18日時点におけるアーカイブ。
  8. ^ @InawashiroAQ (15 November 2019). "アクアマリンいなわしろカワセミ水族館公式ツイッター:「オオサマゲンゴロウモドキの方がゲンゴロウより体幅があり大きく見える」" (ツイート). 2020年1月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。Twitterより2020年1月19日閲覧
  9. ^ a b c d e f g h i 朝日新聞』2019年12月28日大阪朝刊石川県版全県・第一地方面23頁「迫力、世界最大ゲンゴロウ 国内初の飼育研究開始 白山・ふれあい昆虫館 /石川県」(朝日新聞大阪本社・金沢総局 記者:堀越理菜)
  10. ^ a b c d e f 白山の県昆虫館 欧州の絶滅危急種国内初展示」『北國新聞』北國新聞社、2019年11月17日。2020年1月18日閲覧。オリジナルの2020年1月18日時点におけるアーカイブ。
  11. ^ a b c d e f g 読売新聞』2019年11月23日東京朝刊石川県版第二地方面26頁「希少水生昆虫 絶滅防げ オウサマゲンゴロウモドキ 国内初の生体展示=石川」(読売新聞東京本社読売新聞北陸支社
  12. ^ a b c 吉田拓海「昆虫館 繁殖目指す 世界最大の希少ゲンゴロウ 国内初 生体展示」『中日新聞中日新聞社、2019年11月17日。2019年11月17日閲覧。オリジナルの2019年11月17日時点におけるアーカイブ。
  13. ^ EEA 2009, p. 1.
  14. ^ a b IUCN 1996, p. 2.
  15. ^ 千葉県生物多様性センター「千葉県シャープゲンゴロウモドキ回復計画(公表版) (PDF) 」、千葉県環境生活部自然保護課、2010年3月31日、2019年3月5日閲覧。
  16. ^ 暖冬 希少昆虫の飼育に苦労」『NHKニュースNHK金沢放送局、2020年1月29日。2020年1月29日閲覧。オリジナルの2020年2月1日時点におけるアーカイブ。
  17. ^ a b 吉田拓海「昆虫の命 すくすく ゲンゴロウモドキ国内初産卵 昆虫館」『中日新聞』中日新聞社、2020年3月11日。2020年4月6日閲覧。オリジナルの2020年4月6日時点におけるアーカイブ。
  18. ^ a b 湯浅聖一「絶滅危惧の世界最大ゲンゴロウが産卵 ふ化には1カ月 福島の水族館」『毎日新聞』毎日新聞社、2020年3月26日。2020年4月6日閲覧。オリジナルの2020年4月6日時点におけるアーカイブ。
  19. ^ 千葉県生物多様性センター「千葉県シャープゲンゴロウモドキ回復計画(公表版) (PDF) 」、千葉県環境生活部自然保護課、2010年3月31日、2019年3月5日閲覧。
  20. ^ 平澤桂 (2016年10月16日). “平澤桂による「ふくしまを生きる水辺のいきものたち」Vol.2 エゾゲンゴロウモドキ” (日本語). どうぶつのくに.net. 百瀬製作所. 2019年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月1日閲覧。
  21. ^ a b Wiley 2018.
  22. ^ a b 鴨宮隆史「国内初の羽化 世界最大のゲンゴロウ 県昆虫館」『北陸中日新聞中日新聞北陸本社、2020年6月8日。2020年6月19日閲覧。オリジナルの2020年6月11日時点におけるアーカイブ。
  23. ^ 危急種ゲンゴロウ 繁殖成功成虫展示へ」『読売新聞オンライン』読売新聞社、2020年6月25日。2020年6月25日閲覧。オリジナルの2020年6月26日時点におけるアーカイブ。
  24. ^ 湯浅聖一「世界最大のゲンゴロウ、国内初展示 繁殖研究でラトビアから輸入 福島・猪苗代」『毎日新聞毎日新聞社、2020年1月8日。2020年1月20日閲覧。オリジナルの2020年1月20日時点におけるアーカイブ。
  25. ^ a b 国内初!「オウサマゲンゴロウモドキ」の生体展示” (日本語). 石川県ふれあい昆虫館. 日本の旗 日本・石川県白山市: 石川県ふれあい昆虫館 (2019年11月16日). 2020年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月18日閲覧。
  26. ^ a b 世界最大のゲンゴロウの飼育展示” (日本語). 北杜市オオムラサキセンター. 日本の旗 日本・山梨県北杜市: 北杜市オオムラサキセンター (2019年11月15日). 2020年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月18日閲覧。
  27. ^ 『読売新聞』2012年12月12日中部朝刊特集A面22頁「守ろう地球の昆虫たち 東海3県・北陸のレッドデータ昆虫編=中部」「◆絶滅の危機、何代も飼育 シャープゲンゴロウモドキ 石川県白山市」(読売新聞中部支社記者:池田創)
  28. ^ 国内初!「オウサマゲンゴロウモドキ」の生体展示 (PDF)” (日本語). 石川県公式サイト. 石川県県民ふれあい公社 (2019年11月15日). 2020年1月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月18日閲覧。
  29. ^ オウサマゲンゴロウモドキ 産卵” (日本語). 北杜市オオムラサキセンター. 日本の旗 日本・山梨県北杜市: 北杜市オオムラサキセンター (2020年3月21日). 2020年4月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年4月6日閲覧。
  30. ^ 鴨宮隆史「オウサマゲンゴロウモドキ 世界最大種、ふ化 県昆虫館では初」『中日新聞』中日新聞社、2020年4月19日。2020年4月19日閲覧。オリジナルの2020年4月19日時点におけるアーカイブ。
  31. ^ 世界最大のゲンゴロウの繁殖に成功” (日本語). 北杜市オオムラサキセンター. 日本の旗 日本・山梨県北杜市: 北杜市オオムラサキセンター (2020年6月11日). 2020年6月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年6月20日閲覧。
  32. ^ 世界最大級のゲンゴロウ サナギ羽化 猪苗代・カワセミ水族館」『福島民報』福島民報社、2020年6月17日。2020年6月20日閲覧。オリジナルの2020年6月20日時点におけるアーカイブ。

参考文献[編集]